第6話 海老天うどん
イライラが止まらない。
「だから、何でこんな不用品売りつけるんだよ! お前ら、店員だろ? なんで、そんなサービスしかできないんだ?」
砂岡李仁の大声がコンビニに響く。李仁は小柄な老人ながら、声だけは大きく、目の前の店員はすっかり怯えていた。
「何あの、ジジイ」
「カスハラ?」
「いい歳してみっともないね」
店内の女子高生の声も響き、李仁は戦意を失ってしまった。
結局、コンビニを出て家に帰るが、イライラは全く止まらない。テレビをつけ、缶ビールを開けても、全く変化はない。むしろ、李仁の顔は赤くなり、こめかみに血管が浮いていた。
こんな李仁、近所ではクレーマーとして有名だった。カスハラジジイとも呼ばれていたが、数々の店で迷惑行為を繰り返し、最近では疫病神とあだ名もついていた。「お客様は神様です」といった名言もあったが、李仁はいい神様ではなかったらしい。
自業自得とはいえ、出禁になった店も多く、今では限られた店でしか買い物ができない。困った李仁は色々と検索をし、出禁をくらっていない店を調べた。
すると、妙な食堂にヒットした。名前はオートパーラー・オリーブという。昭和レトロな自動販売機で食事が提供されるらしい。二十四時間、無人営業。
老人の李仁はこういう自動販売機が一時、流行っていた事は知っていたが、子供のころから、お金が大好きで、偏屈だったから、こういった店に誰かと一緒に行った記憶もない。
成人してからも仕事漬けになり、起業し、軌道にのった後は、投資家にもなり、貯金はうなるほどある。今も仕事をせず、遊んで暮らしているが、友達、妻、家族といった存在とは無縁だったが。
「ふん、何が昭和レトロな自動販売機だ」
スマホの検索結果を見つめながら、毒づくが、腹は空く。気づくと夜中だった。
他に選択肢がないなら仕方ない。李仁は財布をつかみ、スマホの地図を頼りに、オートパーラー・オリーブを目指した。
寂れた商店街の一角にあるらしい。周辺の店はほぼシャッターがおりていた。おかげで本当の営業しているのかは不明だったが、割と近所だったらしい。いつもは反対側のショッピングモールの方しか行かない。気づかなかった。盲点とはこういうことか。
「外はボロいな」
文句を言いつつも、入店した。驚いた。本当に自動販売機しかない店だ。食事用のテーブルや椅子、両替機はあるが、ずらりと並んだ自動販売機は、少々圧もある。
おそらく五十年以上も前の自販機だ。五百円玉が使えない。その割には丁寧にメンテナンスもされているようだ。自販機というよりは、骨董品やアンティークのような趣きも見える。
「ふん、何が自販機だよ」
といっても、李仁のイライラは止まらないが、うどんでも買ってみることにした。うどんの自販機には張り紙がしてあり、「アタリ」が出ると、海老天が出るという。クリスマスまでの限定キャンペーンだという。
「ふん、何がキャンペーンだ」
眉間に皺をよせた。そうでなくとも、李仁の顔は皺だらけだったが、こういう呑気で明るいキャンペーンとかもイライラする。子供の頃から、お金が一番大事だと思ってきた。こういうチャラチャラしたもんは全部好きじゃない。
そんなことを考えていたら、あっという間にうどんができた。
「は?」
まるで騙されたような気分だったが、うどんはちゃんと完成していた。安っぽいプラスチックの器でもちゃんと暖かく、スープからふわりと湯気も出ていた。
「なんだ、はずれかよ」
単なるきつねうどんだった。当たりの海老天ではない。
またイライラしてきたが、それでも一応、テーブル席につき、食べ始めた。
スープは温かい。濃いめの味付けで、肌寒いこの時期には合うが、うどんはぺたんとした食感だ。サイズも大きくはない。素直に「おいしい」とは言えないような味。
このうどんの欠点はいくらでも出てくる。あぁ、文句をつけたくて仕方ない。
若い頃、李仁は会社を経営した時もそうだった。少しのミスも目につき、部下も気に入らないとすぐ首にしていた。
なんでも悪い部分が目につく。それは会社経営者としてのスキル面では役に立ったが、次第に部下や顧客も離れてしまった。
自分のこういう悪い部分に目がつく性格、欠点だという自覚はあった。イライラの原因も、多分それだったが、性格はそう簡単に変えられない。むしろ、年がたつにつれてどんどん偏屈になり、今では立派な役病神。
周りに家族も友人もいない。もし、誰かが側にいたら、こんな性格もマイルドになったかもしれないが、今の李仁にはなんのストッパーもなかった。
「なんだ、これは」
ふと、テーブルの上にノートがあるのに気づいた。どうやら、客が自由にコメントを書き込めるらしい。外国人の客も多いのか、英語や中国語、韓国語のコメントもある。イラストもあり、プロ並みに上手いものも目立ってる。
「なんだよ、こういうチャラチャラしたもんは嫌いなんだよ」
またイライラしてきた。ペンを掴むと、この店の料理がどれだけ不味いか全部欠点を書いてやった。
「我ながら、鋭い意見だ」
書いた後はスッとした。厄病神、本領発揮してみた。
次の日の夜も、オートパーラー・オリーブに向かい、トーストサンドやハンバーガー、そばなども食べた後、わざわざ酷評コメントも書いてやった。
「まあ、実際、素直に美味しいとは言えない感じよ」
毎夜のようにオートパーラー・オリーブへ通い、酷評コメントをノートに残していた。
わざわざ文句を書きに来ているようなものだったが、李仁としては、書いた後に気分が良くなり、一瞬だけイライラも止まったような気がした。
しかし、一週間間ほど、通い続けた後、例のノートをめくって気づく。
李仁のコメントは全部無視されていた。それどころか、逆に長文の絶賛コメントが多く寄せられているではないか。ある日を境に、そのコメントを真似した客がどんどん真似していったらしい。
「は?」
絶賛コメントの方は店主も交えて盛り上がりも見せているが、李仁のコメントは黙殺され、誰も返事を書いていない。善意が李仁のコメントを塗り潰してしまったような雰囲気だ。
「なんだよ、これ!」
ますますイライラし「まずい!」とだけ書いてしまったが、負け犬の遠吠えそのもの。
急に虚しさが押しよせる。窓の外からは、風の音しか聞こえず、静かな夜だ。余計に、虚無。李の目元は生気がない。
こんなに厄病神として、クレームをつけていたのに、突然、虚しくなってきた。たぶん、相手にして欲しいだけ。若者の言葉でいえば、「かまってちゃん」というヤツか。
自動販売機相手にクレームをし続けている自分。客観的に見ると、痛々しい。相手は機械だ。全く動かず、決して相手にしないというのに。
「いや、もうクレーマーとか、カスハラとかやめようかね……。急に虚しくなってきたわ……」
同時に、あれだけ悩ませていたイライラも、急に萎んできてしまった。戦意は消失。
「なんかお腹も減った……」
結局、また自販機でうどんを買って食べた。チャリン、チャリンと百円玉を入れると、程なくしてうどんが出来上がり。
ふわふわとした湯気とともに、出汁のいい匂いもした。
「あれ、当たりか?」
器をよく見たら、海老天が入っていた。当たりらしい。
ますます戦意が削がれてしまった。割り箸を使い、黙々と食べ始める。海老天はツユを含み、衣はドロっとしてきた。相変わらず素直においしいとは言えない味だが、今は、文句をつける気にもならない。
「それに、一応当たりだしな……」
ノートも、もう書く場所がほとんどなかったが、明日もまた、ここに食べにこようか。出禁になったわけでもない。無視はされていたが、追い出されてはいない。
次行くときは、ノートに海老天うどんの感想も書いてみるか。今度は少し褒め言葉を入れてみてもいいだろう。もうイライラは完全に消えてしまった。




