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昭和レトロ自販機来客簿〜悩めるお客様のあたたかい夜食〜  作者: 地野千塩


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第5話 チーズバーガー

 ずらりと並んだ昭和レトロな自動販売機。それだけで圧があるが、観光客に受けている理由は、なんとなくわかる。


「へえ。あ、五百円玉使えないって本当? クレカやPayPayは使えないだろうと思ってたけど……」


 滝口雛子は、誰もいないことをいいことに呟いてしまう。


 今、奇妙な食堂にいた。名前はオートパーラー・オリーブという。無人で二十四時間営業されていたが、料理は全て昭和レトロな自動販売機で提供されているらしい。


「へえ……」


 雛子は改めて自販機を見渡すが、うどんやそばの自販機のロゴは渋い。風格も漂う。単にレトロってわけでもない。トーストサンドの自販機も似たような雰囲気だったが、本当に温かい料理が自販機から出てくるのか疑問だ。


「まあ、ちょっと買ってみるか」


 雛子はハンバーガーの自販機に近づいた。特に理由はない。この中で一番、妙なイラストがついていて気になっただけ。鶏のキャラクターがチキンを調理しているイラストだが、シュールすぎるというか、昭和風というか。コンプライアンスとか、ポリコレとか、多様性の令和では、生まれないデザインかもしれない。


「はや!」


 ハンバーガーは一分たらずで出てきた。可愛らしい箱にも入っていた。手のひらサイズで、可愛らしくもある。しかも温かい。自販機から温かい食べ物が一分たらずに出てくるとは、手品のようだ。一体どういう仕掛けか。昭和時代の遺物のくせに、かえって現代的な技術も感じてしまうのも謎。


「いただきます」


 テーブル席に座り、ハンバーガーを食べ始めた。一応チーズバーガーを選んだはずだが、パンズはくしゃっと膨らみもなく、チーズも安っぽい味わい。どうも「美味しい」とは言えない味だったが、もくもくと食べてしまう。


 雛子の腕時計が午前三時を示していた。真夜中だ。窓の外からは風の音しか聞こえず、静かなものだったが、雛子の表情は明るくはない。


 仕事は田舎のビジネスホテルでカウンターの仕事をしていた。高卒後入った会社で、もう五年もずるずると働いていたが、夜勤も多く、最近はすっかり生活リズムが乱れ、休日の今日も上手く眠れない。結果、この食堂に来てしまった。


 ここの噂はホテルのお客様から聞いた。日本人だけでなく、外国人のお客様にも好評で一度来てみたかった。ホテルの仕事では周辺の飲食店をお客様にオススメすることが多く、仕事も兼ねていたかもしれない。


「あーあ、なんだかんだいって職業病だな。休日でも、仕事のこと考えているとか、終わってるし」


 食べ終わった後、苦笑してしまったが、本当は仕事をずっと辞めたかった。去年、クレーマー、いや、今でいうカスハラの対応や、上司のパワハラにも参ってしまい、休職寸前だった。今も各種薬を飲みながら、なんとか仕事をしている状態だ。友達や親からは「だったら仕事辞めればいいじゃん」と言われていた。医者にも、休職や退職を勧められていたが、どうも踏ん切りがつかない。


「ハァ……」


 せっかく食事をしたのに、仕事のことを思い出してしまい、雛子の表情は曇る。もし、仕事やめたり、休んだとしたらと想像する。想像しただけでも、身体がぶるっと震えてきた。ろくな学歴やスキルもない。ブランクを作るのも怖い。他人目も気になる。サボっていると思われたら、どうしようかとも思ってしまう。結局、ずるずると働き続けることを選んでしまっていた。


 そんな自分は好きじゃない。嫌いだ。いつも自分に0点をつけ、厳しくジャッジしていた。全部自分が悪いと思ってしまう。おかげで、余計に休職や退職の選択肢を遠ざけている始末。


「あれ、なんだこれは」


 そんな暗い気分だったが、テーブルの端にノートを見つけた。ノートの表紙には「来客日誌」とある。パラパラとめくると、客が自由に感想やクレームなどを書けるノートらしい。


 英語や中国語、韓国語のコメントも多く、想像以上に外国人の客も来ているらしい。中国語と韓国語は読めないが、英語を見る限りは、かなり好評らしい。


 イラストもあった。プロ級に上手いイラストもあり、思わず「すご!」と呟いてしまったが、最後の方のページを見て、身体が強張ってきた。


 クレームだった。ラーメンの味やトーストサンドの焼き加減にいちいちクレームをいれているコメントがあり、かなり怒っている模様だ。


 文字は達筆だ。おそらく高齢層の男が書いたものと思われるが、なぜ、こんなクレームが……?


「どこにでもいるんだなぁ……」


 こんな昭和レトロな自動販売機の店でもクレーマーがいることに、ため息が出る。雛子も遭遇したクレーマーを思い出し、さらにため息をつくが、人間の本質なんてそんなものかもしれない。どんな立派なスーツを着ていても偉そうな客は何人も見てきた。


「そっか。別に私が全部悪かったって感じでもなかったのかな……?」


 そんな事実に気づくと、肩の荷が降りてきた。いつも自分が全部悪いと思い込んでいたが、認知が歪んでいたのかもしれない。


「私はクレームなんて入れないけどね」


 そしてノートには、今日のチーズバーガー感想を書いた。一つ一つ丁寧にチーズバーガーの良さを書いていたら、楽しくなってきた。たぶん、悪いところを見てクレームをつけるより、良い面をみてる方がいい。


 うっかり長文になってしまった。恥ずかしいが、匿名だし、まあ、いいか。今は少し肩の力が抜けていた。


 そして、次の休みも、またオートパーラー・オリーブへ行った。


 前回と同じように夜中に目が覚めてしまったというにのもあるが、あのノートが少し気になっていた。


 予想通り、夜中に他の客はいなかったが、ノートを開くと驚いた。


 相変わらずクレーマーのコメントはあったが、他の客もこの店の食事の良いところを長文で綴っていた。雛子の文体を真似した客がいたようで、火がつくように伝播していったらしい。おかげでノートはもう一枚ぐらいしか書く場所がなかったが、店主からのコメントも綴られていた。「みんなありがとう!」と一言だけだったが、大きな文字で、喜びは隠しきれていない。


 だんだんとクレーマーも勢いを失っているらしかった。最初は何行も文句を書いていたのに、最新のは「まずい!」の一言だけ。クレーマーの悪意が、他の客達の善意で塗りつぶされた。


「何これ、面白い……」


 雛子がクスクスと笑ってまう。さらに気が抜けてしまい、今夜も美味しいとははっきり言えないチーズバーガーを買ってみた。


 とはいえ、このチーズバーガーにもいいところが山のようにある。雛子はノートに、このチーズバーガーのいいところを丁寧に書いていく。おかげでノートは全部終わってしまったが、雛子は笑顔だ。


 やはり悪い部分を見るより、良い部分を見ている方が楽しい。


 相変わらず仕事の悩みも消えないが、チーズバーガーを褒めていたら、自分のことも少し認められそうだ。


「夜勤とか、不規則な仕事でも、よくやってるじゃん、自分って……。けっこう偉いかも?」


 今夜だけは、自分に100点をつけてもいい気がした。

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