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昭和レトロ自販機来客簿〜悩めるお客様のあたたかい夜食〜  作者: 地野千塩


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第4話 ホットコーヒー

 仕事の帰り、腹が減った。今日は残業もあり、時刻はもう日付が変わりそうだった。


 織田才希はため息が出る。田舎の印刷工場でオペレーターをしていたが、仕事時間は不規則だし、体力も使う。上司も田舎のヤンキーが多く、最初入った時は、無法地帯にみえるぐらいだったが、新卒後、十年も働いていると慣れてしまうものだ。


「はあ、腹減ったなー」


 一人、自転車で工場から出ていくが、最近は腹が減って仕方ない。加齢や働きすぎもあるかもしれないと思うと、余計にため息が出た。


「ま、あの自販機の店行こうかな」


 そんな仕事帰り、よく向かうのはオートパーラー・オリーブという奇妙な食堂だった。無人で二十四時間営業の食堂だが、古臭い商店街にある。


 食堂の料理はすべて自動販売機で提供される。昭和時代に一時ブームだった自動販売機らしく、ラーメン、トーストサンド、うどん、弁当などが提供されていた。自販機の食事といっても、店主が手作業で作っているらしく、無機質さはない。むしろ、無人のくせにどこか人の手が実感できるような店だ。


「おー、今夜も誰もいないー」


 こんな時間だからだろうか。店につくと、誰もいない。ずらりと並んだ昭和レトロな自動販売機は圧巻されそう。単なる自販機というより、骨董品や博物館の展示物のような佇まいすらある。


 窓の外から、風の音やバイクの音が響くだけ。自動販売機の音もするが、耳につくレベルではない。静かな夜だ。


 今は秋の終わりで少し肌寒い。才希はうどんの自販機に直行し、きつねうどんを買った。チャリン、チャリンと百円玉を入れると、数十秒で熱々のうどんができた。


 いつも疑問だが、この自販機の中はどうなっているのだろうか。謎だ。確かに一般のペットボトルの自販機よりは大きく見えるが、こんなすぐにうどんが出来るのは、騙されたような気分だ。この店には何度も通っていたが、いまだに慣れない。その感覚が好きでついつい通ってしまったというのもある。


 才希は首を傾げつつも、うどんをすする。安っぽい容器に入っていた。サイズも大きくはないが、空きっ腹に染みる。少し濃い味のスープも、肌寒い時期は染みてくる。


 ウトウトしてきた。仕事で疲れていたせいか。うどんを食べてお腹がいっぱいになったせいかは不明だったが、眠ってしまった。


 夢を見た。子供のころの夢だった。縁側でスケッチブックに絵を描き、ニコニコと笑顔で母に話していた。


「ぼく、将来は絵描きになりたい!」


 ちょうど、そこで目が覚めてしまう。


「なんだ、この夢は……」


 うどんの容器を片付ける場所に置くと、自販機でコーヒーを買った。今はカフェインで目覚めた方が良さそう。コーヒーの自販機は比較的新しいもので、紙コップに熱いブラックコーヒーが注がれた。出来上がると、すぐに一口飲み込み、目元を擦る。


「嫌な夢だったわ……」


 確かに子供の頃、絵は好きだった。一日中書いても飽きず、イラストレーターを目指した時もあった。


 しかし、上には上がいる。様々な才能を目の当たりにし、挫折した。結局、就活もうまくいかず、田舎に帰り、工場で働いていた。


 今はAIですぐにイラストも出来上がる時代だ。昔の仲間も、プロのイラストレーターになった者もいたが、このテクノロジーの進化に不安がっているらしい。


「そうだよ、絵なんて、単なる夢だし……」


 いいわけのように呟きながら、紙カップのホットコーヒーを飲み干すと、テーブルの上にあるノートに気づく。客が自由に感想やクレームを書けるものらしい。


「ふぅん」


 英語や韓国語のコメントもあり、才希には読めない文も多かったが、下手くそなイラストもあった。店主が描いたらしい。三毛猫のイラストだが、子供の落書きみたい。雑だ。全然上手くない。可愛くもない。この町のご当地キャラクターにも似ている。もしかしたら真似て描いるのかもしれない。


 ただ、線は生き生きとし、猫の目は漫画みたいにキラキラしていたが、見ているとなんかイライラしてきた。思わず「下手くそ」とコメントを書き込んでしまった。


 衝動的だった。後から後悔もしてきたが、なぜか消す気分にもなれない。誰もいない。監視カメラもない空間で、すっと魔がさしたらしい。


「まあ、いいか。どうせ匿名だし」


 そう呟いて、店を出た。


 翌日の夜、仕事帰りにもあの店に行ってみた。あのノートのコメントにどんな反応がついたか。少しは気になっていたから。


 さっそくホットコーヒーを購入し、ノートをペラペラとめくる。


「ふーん? え、は?」


 驚いた。店主から返事が返ってきていた。「だったら、君が可愛い絵を描きたまえ」とある。


「描きたまえって偉そうだな」


 とは言え、イラストだったら、自分の方が絶対上手い自信があった。ホットコーヒーをちびちび飲みながら、三毛猫のイラストを描く。


 少し漫画っぽくキャラクターデザインをし、三毛猫二匹がここでトーストサンドやラーメンを食べている構図にしてみた。


 描いていると楽しいもんだ。久々にペンを握り、鼻歌まで出てしまう。


「本当はイラスト描いて生活したかったけどな……」


 挫折した夢を思い出すと、いい気分はすぐに消えてしまったが、イラストは完成した。


「ちょっと、本気で描きすぎたか? まあ、いいか?」


 こうして店を出たが、翌日。また店主からの反応が気になった。店主と文通しているような妙な気分だったが、仕事の帰り、また店へ向かう。


 今日はなにも買わず、テーブルに直行し、すぐにノートをめくる。


 そこには予想外の反応があった。


「は?」


 店主も「うま!」と返事が書いてあったが、他の客からも「可愛い!」、「もっと描いて!」という言葉が連なってた。日本語だけでなく、英語もあった。英語力には自信はないが、翻訳機で調べると「天才!」という意味だった。つまり、才希のイラストは褒められていた。


 あまりにも褒められすぎて違和感しかない。肌寒いのに、頬のあたりだけは熱くなってきた。


 挫折してしまった夢だが、別に全部絵を描くことをやめなくてもいいのか。趣味でも落書きでも、一円にもならなくても、絵を描く楽しさは変わらない。それはいくらAIが発達したとしても、人間から奪えるものではないんだ。


「ま、そうだな。俺って褒めらると、調子乗っちゃうタイプなんだよな……」


 さっそく、ホットコーヒーを買い、ノートに新しいイラストを描き始めた。三毛猫二匹がこの店でトーストサンドを食べている構図にしてみた。


「うん、やっぱ楽しいわ……」


 ペンを持つ手は止まらない。熱々のコーヒーを口を含むと、さらに心が弾んできてしまう。

 

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