第3話 小倉トーストサンド
部屋が全く片付かない。
「あぁ、どうしよう」
一峰伽耶子は、田舎の古民家など買ったことを後悔中。頭を抱えている。捨てても捨ててもゴミが溢れ、仕事部屋以外は足の踏み場もない。
「わー、なんで、こんなゴミがあるの?」
そんな伽耶子、仕事はできるタイプだった。元々コンサル会社にいたが、転職し、出世した。その経験を活かし、転職のノウハウなどをSNSで伝えていたら、相談が急増し、今は転職専門のキャリアアドバイザーをしていた。年齢は三十五だが、同年代の女性より、かなり稼いでいた。仕事に関してだけは自信がある。いわゆるバリキャリ。
仕事ではオンラインで相談にのることも多い。都会で暮らす意味を失ったころ、田舎暮らしに理想をもった。田舎で丁寧な暮らしをしながら、スローライフ的に生きようと思ったが、どうも理想と違う。
田舎では疫病を怖がっている人もいて、東京からきた伽耶子を露骨に差別する者もいた。ご近所付き合いもなく、ニートだと悪い噂も流れているらしい。実際は在宅の仕事が多いだけなのだが。
それに、古民家もあちこちガタがきている。戸もさびつき、雨漏りもして、そのメンテナンスだけでも、心が折れた。憧れの井戸水も故障しているので、全く使えない。窓もくすみ、防音もされてないから、夜中はヤンキー達のバイクの音なんかも響く。虫も出やすく、殺虫剤が手放せない。雑草もすぐに生え、庭仕事に時間が食われることも多い。冬の雪かきも大変。
そのストレスは結局、消費に向かった。サブスクでブランドもののバックや服をレンタルするぐらいなら、まだマシだった。レンタルしているうちに、結局、自分ものにしたいと欲が出て、衝動買いしてしまう。
ネットで買い物する時だけは、すっと気分がよくなったのに、うちに届くと、急に色褪せて見え、ろくに開封せず、モノだけが増えていった。
結果、この有様だった。片付けても片付けても、ゴミの山。仕事部屋だけは綺麗にしていたことは、一応分別はあったらしいが、それ以外はズタボロといっていい。理想とどんどんかけ離れていく。
「あーあ、何でこんな田舎暮らししいるんだろう。もしかしたら、スローライフの漫画とか、ほっこり系小説とか、丁寧な暮らしの雑誌とか、北欧ムーミン的な暮らしがいいと思い込んでた?」
片付けながら、こうなった理由を自己分析できたが、疲れてきた。気づくともう午後二十三時だった。
お腹もすいてきた。といっても、丁寧な暮らしを諦めた今、冷蔵庫の中は空っぽだ。キッチンも昭和レトロな食器や北欧風カフェボウル、使っていないホームベーカリーやスムージーメーカー、豆乳メーカーなどもある。それらを思い出すだけでも気が滅入る。
結局、どこかに食べに行こうと思い、地図検索で飲食店を探す。
この時間はどこも営業していないらしい。かといって大手チェーンの宅配ピザなども重いし、コンビニも近くにない。
「どっかいい店ないの?」
しつこく検索し続けると、二十四時間営業の奇妙な食堂を見つけた。名前はオートパーラー・オリーブといい、昭和レトロな自動販売機でラーメンやトースト、ハンバーガーなどが買えるらしい。
一部の外国人やマニアに人気らしい。SNSでも話題になっていた。
SNSにはそのショート動画も上がっていた。本当に昭和時代に使われていた自販機が今で現役らしく、ものの数十秒でうどん、ラーメン、トーストサンドなどが自販機から出てきた。まるで手品だ。丁寧な暮らしとは逆方向の荒々しさもある。昭和らしい何でもアリな雰囲気。
とはいえ、夜中にこんなものを見せられて腹がなった。特に小倉トーストサンドが美味しそうで、唾を飲み込んでしまった。
ほぼ衝動的に財布をつかみ、その妙な食堂へ向かった。意外と近所だった。徒歩十五分でついたが、いつも利用しているショッピンモールとは逆方向で気づかなかったらしい。
SNSで画像や動画を見ていたので、オートパーラー・オリーブの外観の古めかしさには、驚かない。むしろ、うらぶれた昭和商店街にあるのがピッタリな雰囲気だったが、中に入ると伽耶子は困惑した。
案外清潔で、綺麗だった。食事できるテーブルもピカピカに磨かれ、蛍光灯も明るい。
それに、昭和レトロな自販機たちも側で見ると、意外とボロくない。傷や錆も最低限だった。塗装も塗り直し、丁寧に扱っていることが伝わってくる。無人の自動販売機の店だが、人の手の温もりや丁寧さ、愛情みたいなものが染みこんでいる。
「は? もしかしてこれが本当の丁寧な暮らしということ?」
他に誰もいないから、ついつい独り言を呟いてしまったが、お腹は減りつづける。
「本当に五百円玉が使えないんだ」
財布の中の五百円玉は使えないから、両替機で百円玉にし、ようやくお金を入れられた。チャリン、チャリンと百円玉を三枚入れ、ほんの数十秒後、トーストサンドが出来上がった。
「早くない?」
まるでて手品のよう。この昭和レトロな自販機に一体どんなタネや仕掛けがあるのか?
首を傾げつつも、自販機に備えつけられていたトングを使い、トーストサンドをテーブル席まで持っていく。
アルミホイルに包まれたトーストサンドは熱々だ。素手で触ると火傷しそう。しばらく冷めるのを待った後、アルミホイルを開く。
「おぉ……。そっか」
焦げ目は均一ではなかった。端の方は焦げすぎていたが、焼きたてのいい匂いに負けた。サクリと一口目。甘い。小倉あんとバターの甘みが口の中で暴れる。
サク、サク、サクとしばらく無言で食べてしまった。おいしいかはわからない。焦げ目は苦いほどではないが、ムラがあるのは事実。コンビニやスーパーのような綺麗さはない。
それでも、完食してしまった。現状、憧れの丁寧な暮らしはできていない。部屋は散らかり放題だ。今はこうして完璧ではない小倉トーストサンドを食べている。よく言えば手作り感のあるトーストサンド。悪く言えば昭和風の何でもアリな食べ物。
理想通りなら北欧風の食器で、のんびりとアフタヌーンティーをしているはずだったが、どうも思った通りにはいかないらしい。それでも、今はそれも悪い気もしていないから不思議なもの。
「まあ、いっか。理想通りじゃなくても、そんなもんなのかね? 完璧主義やめろってことかも」
小倉トーストサンドを完食したら、何だか気が抜けてきた。もう何でもアリだって許せるかもしれない。
明日も掃除の予定だが、まあ、それも、適当にゆるくやってもいいかもしれない。
「お、なんかノートがある」
テーブルの端に来客日誌というノートがあった。客が自由に感想やクレームを書けるらしい。外国人にも人気なのか、英語や韓国語、中国語の文も並んでる。
「へぇ」
ノートをペラペラめくると、トーストサンドの焦げ目やムラがあるところが好かれているらしい。うどんやそば、ラーメンの安っぽい容器にもファンがいるらしく、驚いた。
さらにノートをめくると、ハンバーガーのパンズがペシャっと潰れているのも好きだという英文コメントもあった。日本以外では味わえないと絶賛されてる。最後はカタカナで「アリガト!」と書いてあるぐらいだ。拙い筆跡が妙に可愛らしい。
「世の中には、変わり者もいるのね……」
さらに肩の力が抜けてきた。理想通りの暮らしと遠くても、今は全部許せそう。




