第2話 唐揚げラーメン
なんか満たされない。心の穴がある。
渋川涼はオートパーラー・オリーブの中にいた。それは妙な食堂だった。
うどんやラーメンなどの食事が全部自販機で提供され、二十四時間営業だという。その自動販売機も全て昭和レトロ。半世紀前に動いているものが、丁寧にメンテナンスされ、今も現役らしい。
涼は時計をみた。時刻はちょうど午前一時だ。普通なら寝静まっている時間だが、今日は仕事が終わらず、残業していたら、日付が変わり、ここに夜食を食べにきてしまった。
「何にすっかなぁ。あ、唐揚げラーメンって何だ? ラーメンに唐揚げ入れるってアリか?」
誰もいないから、独り言を呟きながら、ラーメンの自販機にチャリン、チャリンと百円玉を入れた。五百円玉は使えないらしい。よっぽど古い自販機だとわかるが、外観は丁寧に塗装され、目立った錆や傷なども見えない。無人ゆえに、人の手が入っていることがくっきり浮かぶ。意外と無機質ではない。監視カメラがないからか。
そんなことを考えていたら、唐揚げラーメンはあっという間に完成した。
安っぽいプラスチックの容器に入ってる。サイズも大きくはないが、夜食にはピッタリか。なんか背徳感を刺激されるようなチープさ。悪くはない。
「あっつ」
テーブルまでもっていき、備えつきの割り箸を使い、食べ始めた。
ふわふわと湯気が上がり、醤油の濃い匂いがする。唐揚げはスープにつかり、衣はクタクタになっていたが、よく味が染み込んでいた。
おいしいと言っていいのかわからない。不味くはないが、こだわりのラーメンと比べて良いのかは、謎。
この食堂は妻から知った。正直、食事の件などで妻との関係は悪化していたが、この食堂に一緒に行くようになり、少しずつ仲は回復していた。
思えば、自分にも悪い部分があった。食い意地の汚さにも自覚があるものの、ついつい食い尽くしてしまう。
心の穴があった。食べ物でその穴を塞ごうとしていたが、うまくいかない。食べても食べても満たされないのだ。
仕事も終活や葬儀関連の会社をたちあげ、成功していた。若手の経営者として取材も受けたこともあり、書籍出版の話も来ていた。プライベートでも結婚し、幸せいっぱいのはずだったが、どうも心の穴がある。なぜかそこだけ塞がらず、食べ物で埋めようとしていた。
なぜ食べ物で埋めようとしたかは謎だったが、手軽で安い。健康のことさえ考えなければ、性欲のように誰かに迷惑をかけるリスクも低い。いくらでも食べられる気がしたが。
ここの食事はそんなに食い尽くしたくはない。なぜだろうか。
「あ、そうか。人の手で丁寧に扱われているからかなぁ?」
唐揚げラーメンを食べながら、そんな気がした。あたりを見渡すと、昭和レトロな癖に、やけに整い、大切にされた空気感がある。そんな空間で食い尽くしはできず、ラーメンの麺や唐揚げを噛み締め、スープもゆっくりと飲み込んだ。
「ごちそうさま……」
食い尽くしていた時は、決して食後にそんなセリフは出てこなかった。なのに、ここでは素直にそう言えてしまう。
ふと、テーブルのすみにノートがあることに気づいた。使い込んだノートで来客日誌と表紙に書いてある。
パラパラとめくると、英語や韓国語、中国語まである。外国人観光客にも人気らしく、日本人でも密かなマニアがいるようだ。わざわざ県外から三時間もかけてやってきたカップルのコメントも書かれていた。
そのカップルも倦怠期で喧嘩が多かったらしいが、ここに来て仲直りできたらしい。「自販機が大切にされている感じがいい。愛が伝わってきた。私も目の前にいる人を大事にしたいかも」というコメントも書かれていた。
「そっか……」
自分の心の穴ばかり考えていたが、目の前にいる人を疎かにしていたと気づく。頭に妻の顔が浮かんでしまって消えない。
「もしもし、詩音?」
こんな時間に電話をかけるのもどうかと思いつつ、止められなかった。
「うん、今。あのオートパーラー・オリーブにいる。唐揚げラーメンっていうの食べる」
「唐揚げラーメン?」
妻もこの時間に起きていたらしい。唐揚げラーメンと聞いて、声が弾んでる。
「何でラーメンに唐揚げ?」
「さあ。でも昭和だったら、何でもアリなのかもしれない?」
「はは、そうかもね。なんか、こっちもお腹減ってきちゃったよ。食べたい」
「一緒に夜食食べるか? 迎えに行く」
結局、妻を家まで迎えに行き、再びここに戻ってきた。
「何これ、本当にラーメンの中に唐揚げがあるのね」
妻は目を丸くしながら、ラーメンを啜っていた。
「おいしいかも?」
なぜか妻も疑問系だったが、気持ちはわかる。ここの食事は安易に「おいしい」と言えない空気感はある。
とはいえ、涼ももう一度自販機で唐揚げラーメンを買い、妻と一緒に食べた。
「うん、おいしいかも?」
相変わらず心の穴は塞がった感覚はしない。それでも、妻と一緒に何でもアリなラーメンを食べていたら、食い尽くす必要もない気がしてきた。
もう、食い意地をはらなくても大丈夫。目の前にいる妻の笑顔を見ていたら、ふっと心に「安心」が灯ってきたから。
「ごちそうさま」
最後に妻と二人で声を合わせ、目の前の器は空になっていた。




