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昭和レトロ自販機来客簿〜悩めるお客様のあたたかい夜食〜  作者: 地野千塩


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第11話 かき揚げそば

 最近、夜が長く感じる。終わりかけとはいえ、秋だからだろうか。


 鳩沢時歩は、自宅の窓の外を眺めていた。もう夜の二十三時だったが、なかなか寝付けない。


 今は実家暮らしだが、どうも慣れない。ネットでは「子供室おばさん」という言葉を見てしまい、その特徴に当てはまっている気がして、居心地が悪い。


 実際、両親からも正社員就職や結婚までせっつかれていた。ここは田舎町だ。最近はショッピングモールができてきたとはいえ、山や田んぼも多い。そんな田舎で三十過ぎの女が実家暮らしをしているのも世間体が悪いのだろう。


 夜空を見つめながら、将来がどうなるのかわからないと思う。不安は洪水みたいに襲ってきてしまう。なお、助け舟は今のところ無い。


「はぁ……」


 ため息も濃い。


 時歩が新卒入社した会社はブラックだった。連日のようにパワハラを受け、鬱病と円形脱毛症を診断された。その後、短期離職とメンタル疾患の再発も繰り返し、先月、実家に返って来てしまった。今はスキマバイトや日雇い派遣をしていたが、最近はより不安が強く、夜も目が冴えてしまう。


 そんな時、偶然SNSを見た。風村アズというフードライターのSNSで、全国を旅しながらおいしいものを探しているという。最近は昭和レトロな自動販売機の食事にハマっているそうだ。全国各地にある昭和レトロ自販機を探し、旅を続けているという。


「へぇ。っていうか、この近くに昭和レトロな時はの店あるの? 二十四時間営業? 無人で?」


 アラサーとはいえ、昭和時代のことはよく知らない時歩。SNSの画像の古めかしい自販機を見ていたら、気になってしまう。食事も安っぽい器に入っていたり、アルミホイルに包まれていた。コンビニやスーパーには決してない雰囲気だ。手作り感覚や素朴さが溢れてる。


「へぇ。この風村アズさんって好きなことで生きているんだ。いいなぁ」


 時歩には縁遠い話だ。好きなこともわからず、今はろくな仕事すらない「子供部屋おばさん」だったが、こに時間に食事の画像は目に毒だ。お腹が減った。我慢できんくなってしまい、着替え、スマホと財布を掴むと外に出てしまった。


「寒い……」


 外の風は冷たい。まだ冬とはいえない時期だったが、風は容赦ない。


 とはいえ、地図アプリを頼りに早歩きで移動していると、汗が滲んできた。


 それに今日は月も明るい。少し欠けてはいたが、大きな月だった。星は見えないが、ザワザワと風の音だけが響き、静まってる。


「もしかしてここ?」


 そして目的地へ到着。周辺の商店街はほぼ潰れていたから、本当に営業しているか不安になるほどだったが、電光式の看板が光っていた。店名はオートパーラー・オリーブという。二十四時間営業だと、看板にもでていた。


 店の外観はボロっとしている。決して綺麗な店では無さそうだが、中は案外、明るい。こんな時間なので誰もいないが、ずらっと並んだ自動販売機は圧巻だ。その全てが昭和レトロな自動販売機で、雰囲気は出てる。レトロというよりは、ちょっと渋め。こんな雰囲気も令和では決して見られない。


「へえ。なんか、もうアンティークみたいな感じ……」


 しかも自動販売機は目立った錆や傷も見えない。大切にメンテナンスされていることが伝わってくる。


「監視カメラはない? それでいいの?」


 首を傾げつつも、一番目についたうどんと蕎麦の自動販売機の前に立つ。五百円玉は使えないらしいが、今はキャンペーン中の張り紙があった。当たると海老天がつくらしい。しかも張り紙は手書き。下手くそな猫のイラストまである。


「へぇ……。AIには決して描けない絵だね……」


 呟きつつ、百円玉をチャリン、チャリンと投入した。一分もたたずに出来上がる。


「う、嘘、早くない?」


 残念ながら海老天ではなかった。かき揚げそばだったが、手品みたいだ。こんな一瞬で温かい蕎麦が出来上がるのは、一体中身はどうなっているんだ?


 プラスチックの器から、熱も伝わる。ちゃんと温かい。温度にムラも無さそう。


 とはいえ、もう食欲に負けた。湯気とともに出汁のいい匂いもし、テーブルにつくと、さっそく食べ始める。


 案外、手作り感覚の溢れたそばだった。かき揚げは大きく、汁に浸かってふわふわ。サクサク系よりふわふわ系が好みの時歩は、ついつい食べてしまう。


 テーブルの上には七味や割り箸も置いてあり、サービス精神も旺盛らしい。確かに海老天は出なかったが、これはこれでアリだ。


 自動販売機という無機質な箱から、手作り感覚あふれる蕎麦がでてくるギャップ。これは面白い。味は別にすごいおいしいわけでもないが、このシチュエーションが気分を高めているらしい。


 あっという間に完食してしまった。ここは穴場かもしれない。隠れ家みたいで、夜、眠れない時、また来てもいいと思った時だった。


 テーブルの端にノートがあった。どうやら客が自由にコメントやクレームなどを書き込めるらしい。


「へぇ……」


 パラパラとめくると熱心なファンの絶賛コメントも多い。まるでファンレターのようだった。クレームも見当たらないが、なぜか一人の客が人生相談しているようだった。励ましの返信やイラストもたくさん書かれていた。涙の跡まである。確かに手書きの文字で励まされたら、SNS漬けの現代人だったら、余計に胸にくるものがあるだろうか。


 それを見ていたら、時歩も相談してみたくなってしまった。匿名だし、どうせ期待もしていない。返事が来ても来なくても、どっちでもいい。そんな軽い気分で「好きなことややりたいことがわかりません。どうしたらいいですか?」と書き込んでしまった。


「まあ、どうせ期待はしていないし……」


 そう思っていたが、翌日、夜。またこの店に向かい、ノートを開くと驚いた。返信があった。


「嘘……」


 猫の可愛いイラストを描いている人もいた。プロ級に上手いイラストだったが「ゆっくり考えてみるといいよ!」と励ましのコメントがあった。


 他にも、「やりたい事なくても、かえって他人のいい部分に気づきやすいのは良くないですか?」というコメントもあった。男の文字だったが、やわらかな雰囲気。「わかる! 田舎にいると特にそう思うよね!」というコメントもあった。これは丸っこい女性の文字だったが、共感してもらえたのか。


 別に涙は出てこない。泣くほど感動はしないが、肩の力が抜けてきた。心がふわふわと軽く、柔らか。


 こんな悩み、特に自分だけが苦しんでいるわけでもないらしい。悲劇のヒロインにはなり損ねてしまったらしいが、それでいい。


 最後に店主からのコメントもあった。「とにかく目の前の楽しいこと、一生懸命やってみたら? そうしていれば、いつか好きなことややりたいこともわかるよ!」。


 店主の大きな文字を見ながら、さらに気が抜けてきた。


「そうだね。まずは目の前のことだ……」


 とりあえず、今はお腹が減った。また、かき揚げそばを食べよう。自販機に百円玉をチャリン、チャリンと入れ、かき揚げそばを買った。残念ながら、今回もハズレだ。海老天はついてこなかったが、それも悪くはない。


 テーブルにつき、安っぽい器を手に持ち、そばをすする。かき揚げはスープに浸かり、ふわふわ。


「おいしいじゃん」


 今はとりあえず、目の前のかき揚げそばに集中しよう。答えは出るかわからないが、目の前のことに一生懸命だったら、怖くなくなってきた。

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