第10話 みそ汁
「相変わらず古めかしい店だなぁ」
熊谷伊吹は、オートパーラー・オリーブの前にいた。昭和レトロな自動販売機で食事が提供される妙な食堂だ。二十四時間の無人営業だった。実際、深夜一時過ぎでも営業している。空は真っ暗なのに、店の灯りだけが明るい。
久々にこの店に来ていた。大学生の伊吹だったが、学業やバイトなどで忙しく、なかなか行けなかった。元々、昭和レトロな自動販売機がエモいとSNSに話題となっていて、家も近いのでよく来ていたが、久しぶりだ。今夜はバイトの残業があり、なんとなく気が向いてやってきたが。
「うん? この自販機、見たことないね」
いつ来てもずらりと並んだ昭和レトロ自動販売機に圧倒されそうになったが、珍しい自販機を見つけた。
その自販機は一際古めかしく、ひなびた雰囲気すら漂っていた。
みそ汁の自動販売機だった。ハンバーガー、うどん、ラーメン、トーストサンドの自販機はこの店でよく買っていたが、みそ汁?
そかもみそ汁と合う料理はない。ラーメンとみそ汁、トーストサンドにみそ汁も考えてみたが、合わない。そばならギリギリ合いそうだが、なぜみそ汁の自販機?
そこだけ、ちょっと浮いて見えるぐらいだ。
伊吹は首を傾げつつも、みそ汁の自販機の前に立ち、購入してみた。自動販売機のパネルも一層古めかしいロゴだ。独特な渋さが出てる。
ちなみに白味噌か赤味噌か選べるようだが、白味噌にしてみた。
「一体どういう仕組みだ? どうやってあったかいみそ汁が出来上がるんだ?」
程なくし、本当にあたたかいみそ汁が出来上がった。紙カップに入っていたが、ちゃんと温かい。具もはいってる。湯気とともに出汁と味噌のいい匂いもする。こんなみそ汁が一瞬でできるのは、手品にそっくり。タネや仕掛けも気になるところだが、手品同様、裏側を見ない方がいいかもしれない。
「ま、みそ汁だけでっていうのもいいよな」
テーブル席につき、みそ汁をじっくりと味わう。
静かな夜だ。みそ汁を啜る音だけが、小さく響くだけだ。本当はもっと上品に食べた方がいいだろう。マナーも守るべきなのだろうが、誰もいない。その上、昭和レトロで自由なデザインの自販機を見ていたら、ちょっと雑に食べてもいい気がしてきた。その雑さも含めて美味しい。
半分以上、飲み終えた時、テーブルの上のノートをペラペラめくる。この店には客が自由に感想やクレームを書けるノートがあった。伊吹も、前に来た時にトーストサンドやうどんの感想を書き込んだが、熱心なファンもいるらしい。何行にも渡り、この店の料理を絶賛するコメントもあった。
「お、おぉ……」
正直、その熱量にひいてしまう。その上、文法ミスや誤字も発見してしまった。これは伊吹の癖だった。悪癖だと知りつつ、つい気づいてしまう。
伊吹は高校時代、とある文芸賞を受賞し、作家デビューした。高校生作家と鳴り物いりだった。売り上げは散々だった。その後、二作目も泣かず飛ばずのまま、文芸レーベル自体が潰れ、今は様々な文芸賞にチャレンジ中だったが、二次予選止まりだった。要するに苦戦中で、今は全く筆も進まない。それでも文章に真剣に取り組んでいたため、文法ミスや誤字はすぐに見つけられてしまう悪癖があった。
「あぁ、人の文の誤字とかどうでもいいじゃん……」
自己嫌悪になりつつ、冷めかけていたみそ汁を飲み干し、さらにノートをめくると、店主のコメントがあった。みそ汁の自販機についてのコメントだった。
みそ汁の自販機は廃棄予定だったらしい。知り合いの自動販売機レストランのオーナーから譲り受けたらしい。コインレストラン・佳味という店だったらしいが、壊れかけていて、ボロボロだった。それでも店主が中を分割し外観も塗装して綺麗にしたという。「完全復活!」と大きな文字も書いてある。
「復活ね……」
その文字は、今の伊吹とはとても遠い。特に文芸賞に関しては、一度死んでしまたったと言っていい状態だ。他の就活や人間関係も良いとも言えない。学業も進まない。バイトも正社員と同じような仕事を押し付けられ、残業も多い。
「俺も復活できるかな……」
つい、そうコメントを残してしまう。店主の文字と比べて弱々しい。筆跡も薄い。文字も小さいが、なぜか書いたことに後悔はなかった。
次の日の夜、再びオートパーラー・オリーブへ行ってみた。SNSで調べると、あのみそ汁の自販機はかなり珍しい機種らしいと知った。それに、自分のコメントがどうなったか気になる。
「へぇ……」
テーブルにつき、ノートをめくると、さっそく店主から返事があった。「よくわからないけど、まあ、みそ汁を飲め!」と大きな文字で書いてあった。文字からも店主の大らかな雰囲気が伝わる。少し苦笑してしまうが、さらにノートをめくると驚いた。
そこにはイラストがあったから。猫のキャラクターがこの店でみそ汁を飲んでいる絵だった。昭和レトロ風な可愛い絵で、ちょっと見ただけでもデッサンの狂いもなく、プロ級の上手さだ。
驚いたのは、それだけでない。その猫のイラストの側に作者のコメントがあった。この作者もイラストレーターを目指していたが、挫折したらしい。「チャレンジできるだすごい。俺は挫折したから、そんな人は全員すごいと思ってるよ。君もすごいから、復活できるよ!!!」そんな励ましのコメントを読んでいたら、視界が潤んできた。
ポタ……。涙が一滴、ノートの上に落ちてしまう。
こんな風に励まされるとは予想外。ずっと一人で生きてきたと思ってきたが、そうじゃなかったらしい。無人の自販機の店なのに、かえって人の温かみが伝わってくる。目には見えないものだから余計に。
「そっか……」
涙を拭うと、目の前が急に晴れてきた。そんな気がしながら、再びみそ汁を買ってすする。ゆっくりとすすっていると、胸のあたりがあたたかい。身体はもちろん、心にも沁みるようだ。
「そっか、うん……。俺も一人じゃないはず……」
そう呟き、明日もここに来てみようと思う。未来もどうなるかわからないが、ここに来れたら、もう大丈夫だって気がしていた。




