第9話 チキンカツバーガー
時計は夜の二十三時を示していた。
「あぁ、眠れない……」
金澤茉莉奈はベッドの上でうめいていた。明日も学校があるのに。早く寝た方がいいはずなのに。頭は重く、目が冴えてしまう。
茉莉奈は最近悩んでいた。高校一年生の茉莉奈だったが、最近クラスの「一軍」グループに入ってしまった。
メイクやファッションも好きだったが、元々、オタクよりの茉莉奈。本来ならアニメや漫画の話で盛り上がるのが好きだったが、なぜか「一軍」女子、猪瀬星楽もアニメにハマり、趣味があってしまい、「一軍」入りをスカウトされ、断りきれなかった。
星楽のことは好き。派手な見た目の割に庶民的だし、気さくだし、誰にでも平等だ。意外と正義感も強い。しかし「一軍」メンバーは基本的に気が強く、派手で、要領もよく、ついていけない。文化が合わない。
ただ、いい面もあった。おかげで、掃除や雑用を押し付けられることも無くなったし、悪口やいじめとも遠くなった。
「でもなぁ。星楽以外の面子、本当に合わないんだよなぁ。もう辞めたい」
今は好きなアニメや漫画も見る気がしない。
「はー、どうしよう」
その時、適当に見ていたSNSで変な画像が流れてきた。
「何これ? 昭和レトロな自販機の食堂?」
画像は昭和レトロ風な自動販売機だった。自販機のパネルは、どう見ても昭和レトロ風なイラストやロゴがデザインされていたが、おかしいのはそれだけじゃない。
「え、自販機でうどんとかハンバーガーが食べられるの? 何それ……」
自販機というとペットボトルの飲料か缶コーヒーしか出てこないイメージがある。コロナの時はマスクの自販機が話題になっていたが、食事が提供される自販機ってなんだろう。
「き、気になる……」
そんな画像を見ていたら、悩みを忘れてしまう。しかも、この町の寂れた商店街にあるらしい。自転車でいける距離だ。夜中に出かけるには、どうかと思ったが。両親は仕事だし、この街は犯罪率が極端に低い。確かに自動販売機は多い地域は治安がいいイメージがある。
「ちょっと行ってみるか?」
茉莉奈は服を着替え、コートを羽織ると外に出てみた。
もう秋も終わりかけ。風は肌寒い。はいた息も少し白くなったが、見上げたら、大きな月が見える。満月より少し欠けてはいたは、穏やかな月明かりは悪くない。静かな夜。もしかしたら、夜食にうってつけかもしれない。
「ここ?」
地図アプリを使いながら、目的地に到着した。電光掲示板には「オートパーラー・オリーブ」とある。SNSで見た情報と間違いなさそうだった。外観はボロいが、かえって昭和レトロ風の趣きはある。
「おぉ……」
事前にSNSで確認していたとはいえ、店に入ると、ずらりと並んだ昭和レトロ風自動販売機に圧倒されそうだった。
案外、錆や傷も見えない。丁寧に扱われてきたことがわかる。自販機なのに、人の温もりもあるような。
そうは言っても、昭和時代につくられた自動販売機だ。サイズも大きめだし、スマートさやコンパクトさはない。自販機のパネルのデザインもかなり古めかしい。うどん、そば、ラーメンのパネルは版画調だ。少しステンドグラスぽくも見えるが、悪く言えば古めかしい。令和には絶対ないような趣き。よく言えば昭和レトロといったところ。
それにハンバーガーの自動販売機のパネルデザイン。昭和レトロ風のイラストだったが、ニワトリキャラクターがチキン料理を作っていた。笑っていいのか謎だ。シュール。昭和らしい自由さがある。SNSやネットの炎上など、夢にも思っていないだろう。多様性もポリコレもコンプラも全く眼中に無いだろう。AIには絶対に描けないような質感。
ついついこのイラストを見つめてしまう。見逃せない何かに捕まってしまう。
「何この、イラスト……。肉屋を支持する豚みたいな……?」
共食いか。このイラストを見ていたら共食いという言葉がぐるぐると頭の中を回ってしまう。
同時に「一軍」にいる今の状況もオーバラップしてしまう。本当は合わないのに、無理矢理このグループにいる。おかげでいじめや悪口から逃れられてはいるが、それで本当にいいのかわからなくなってきた。
最近では星楽以外のメンバーが、二軍以下グループやや陰気なクラスメイトへのあたりも強い。一番美人でリーダー格の星楽が目を光らせているにで、いじめには発展していないが、本当に「一軍」にこのまま居ていいのかわからない。また、悩んできた。頭が重い。目が余計に覚めてきた。
「いや、もう考えてもしょうがないし。っていうか、このチキンカツバーガーでも食べるか?」
当初の目的を忘れそうになり、自販機で買い物することにした。結局、あのハンバーガーの自販機でチキンカツバーガーを買ってしまった。
チャリン、チャリンと百円玉を三枚入れ、ちょうど一分待つ。
「なんか、待っている時間がいいね」
誰もいないせいか独り言がこぼれてしまったが、出来上がったチキンカツバーガーは、小さな箱に入っていた。しかも温かい。
「やっぱり自販機であたたかい食事が出てくるのは、変な気分だなぁ……」
なんか騙されたような気がしたが、テーブルにつき、箱を開けてみた。
サイズは大きくない。パンズはぺしゃっと潰れ、肉も薄い。なんともチープなハンバーガー。ファストフードのハンバーガーと比べ、手作り感溢れてる。
それでも、悩める夜に食べるハンバーガーは、これぐらいでちょうどいい。この安っぽさ、悪くはない。今の気分ではピッタリ。おいしさよりも、別のものを求めている気がする。
「ごちそうさま。っていうか、何これ?」
ふとテーブルの端をみると、ノートがあった。ノートは客が自由に感想やクレームを書けるらしい。クレームはほとんどない。まだ新しいノートだったが、何行も絶賛コメントを残している人もいた。こんなチープなハンバーガーにも、良い部分を見つけ、褒めている。いや、褒めてまくっていた。
思わずクスッと笑ってしまう。文字から肯定的で愛のエネルギーが伝わってくる。気が抜けた。肩の力も抜けてきた。今の悩みも、些細なことかもしれない。そんな気がしてきた。
「そうだ、ここ星楽と一緒に来てもいいかも」
思うたった茉莉奈は、写真を何枚も撮り、SNSにあげると、星楽も誘ってみた。翌日の放課後、さっそく二人で行くことになったが。
「何この昭和レトロ! エモい!」
星楽は茉莉奈以上にツボにハマったらしい。店に着くと、子供のように目をキラキラさせながら、写真を何枚も撮っていた。
「えー、ハンバーガー、こんな可愛い箱に入ってるの? エモい! レトロ!」
星楽の語彙は崩壊気味だった。思わず茉莉奈は苦笑してしまう。
今のところ、「一軍」から抜けられるかどうかは不明だが、星楽が笑顔なら、まあ、それでいいかもしれない。




