第一章5——『祈りの葬送』——
鐘が鳴っていた。
王都の空に、ゆっくりと、悲しみの鐘が響き渡る。
その音は、全ての人々に告げていた。
——“黄昏の巫女、ミディア・エルフェリア、逝去”。
王城前の大広場。
無数の花が敷き詰められたその中心に、純白の棺が安置されていた。
周囲には王族、騎士、学園の生徒、市民までが集まり、誰一人として声を発する者はいない。
澄み渡る空に、ミディアのための祈りが静かに捧げられる。
彼女の功績は、もはや神話だった。
一人で魔王を退け、この世界を救った“英雄”。
けれど、彼女自身はもうこの世にいない。
リリィは棺のそばに立ち尽くしていた。
その手には、ミディアの杖の欠片。
顔は涙で濡れ、唇は震えている。
「……嘘だよね、ミディア。
ねぇ……目を開けてよ。起きて、いつものみたいに“おはよう”って言ってよ……」
隣に立つカイルは、何も言えなかった。
拳を握りしめ、ただ沈黙の中で彼女を見つめていた。
棺の中のミディアは、まるで眠っているように穏やかな顔をしていた。
白い衣に包まれ、髪には薄紫の花が添えられている。
その姿が、余計に悲しかった。
「……あんなに、強かったのに。」
カイルが呟く。
「世界で一番、優しくて、強くて……誰よりも希望を信じてたのに。
それでも、勝てなかったんだな……魔王には。」
リリィはその言葉に唇を噛み、うつむいた。
「……怖いよ。だって、ミディアですら勝てなかったんだよ?
私たちなんかが、どうやって……どうやって戦えばいいの?」
彼女の声は掠れていた。
絶望の重みが、胸の奥で鈍く響く。
その時、王が静かに歩み出た。
白銀の衣を纏った老王——アルトレイン三世。
彼は棺の前に立ち、深く頭を垂れた。
「……ミディア・エルフェリア。
そなたの犠牲がなければ、この国は今ここにない。
王としてではなく、一人の人間として、心から感謝を捧げよう。」
王の声は震えていた。
民の中からも、嗚咽が漏れ始める。
誰もが、彼女を心から愛していた。
それほどまでに、ミディアは人々に“希望”を与えたのだ。
葬儀が終わると、夕暮れが王都を包み始めた。
棺は聖堂の奥深くに運ばれ、永久の安息が与えられる。
その帰り道。
リリィとカイルは無言のまま歩いていた。
やがて、リリィが立ち止まり、夜空を見上げた。
「……ミディアが守った空、こんなにきれいなんだね。」
カイルはその横顔を見つめ、ゆっくりと頷く。
「……あぁ。でも、きれいすぎて、余計に悔しいな。」
「え……?」
「だって、これを守るために……あいつは死んだんだ。
もし、次に魔王が現れたら、今度こそ全部が終わる。
もう誰にも、ミディアの代わりなんてできない。」
カイルの声は怒りと悲しみに満ちていた。
リリィも拳を握る。
「……だったら、私たちがやるしかないよね。」
その言葉に、カイルは目を見開いた。
「リリィ……?」
「私たちが、ミディアの想いを継ぐの。
あの人が守ってくれた“明日”を、ちゃんと繋ぐんだよ。
ミディアはきっと、それを望んでる。」
彼女の瞳には、涙ではなく光が宿っていた。
——それは、ミディアの祈りと同じ色。
カイルは静かに剣を抜き、夜空に掲げた。
刃が月光を反射し、銀の光を放つ。
「……わかった。
俺は剣で、リリィは祈りで。
そして、ミディアが残した希望で……必ず魔王を討つ。」
リリィは涙を拭い、力強く頷いた。
「新しい仲間を集めよう。
ミディアが一人で戦ったように、今度は私たちが——みんなで戦う番。」
二人は見上げる。
夜空には、まるで見守るように一つの星が輝いていた。
それは、誰も知らない——“ミディアの星”。
そして、その星の光が、確かに二人の心に火を灯した。
“黄昏の巫女”は眠った。
だが、“暁の継承者”たちが歩き始めた。
これは、悲しみの果てに生まれた——新たなる希望の物語。




