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『黄昏ノ巫女』  作者: 由良神零
第一章『狂気の崇拝者』

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第一章2——『夜明け前の約束』——

——あの夜から、湖の光が変わった。

 かつては柔らかく黄金に輝いていた水面が、今ではどこか冷たく、灰色を帯びている。

 まるで世界そのものが息を潜めているようだった。

 魔獣騒動の翌日。

 学園は一時的に封鎖され、教師たちは原因究明のために奔走していた。

 だが、誰も“あの光”の正体を知らない。

 知っているのは——ミディアだけ。


「ミディア、本当に大丈夫? 昨日の、あの……」


 寮の部屋で、リリィが不安げに尋ねた。

 ミディアは微笑んで首を振る。


「大丈夫。私は……少しだけ、昔の練習を思い出しただけよ」


「でも、あんな強い魔法、先生たちでも無理って言ってたよ……?」


 言葉を濁すリリィに、ミディアは視線を落とす。

 嘘は、もう何度目だろう。

 だが、真実を話すことはできない。

 “黄昏ノ巫女”の名が広まれば、平穏は消える。


「ありがとう、リリィ。でも、本当に平気。今は内緒にしておいて?」


 リリィは少しだけ黙り——それから笑った。


「わかった。友達の秘密は守るのがルールだからね!」


 その言葉に、ミディアの胸の奥が温かくなる。

 初めて、“信じてもらえた”気がした。

 数日後。

 学園長室では、重苦しい会議が開かれていた。


「……黒い召喚陣が突然出現したと?」


「はい。陣式は古代語です。恐らく、魔王崇拝派の仕業かと。」


 報告を聞く学園長エリオット・セイランは、深く眉をひそめた。

 長年魔法界を見てきた老魔導師でも、その文様には見覚えがなかった。


「封印が……緩み始めているのか?」


 机の上には古びた書物が置かれている。

 そこに記された名——《黄昏ノ巫女 ミディア》。

 数百年前、魔王を封じた伝説の巫女。

 エリオットはその名を指先でなぞり、かすかに呟いた。


「まさか、再び“彼女”が……」


 放課後の図書室。

 ミディアは人のいない隅で、古い魔法文献を読んでいた。

 そこに影が差す。


「……やっぱり、ここにいたか。」


 カイルだった。

 彼は椅子を引き、静かに隣へ座る。

 手に持つのは《魔王戦記》。学園の禁書指定に近い古文書だ。


「お前、あの魔法……ただの学生が出せるもんじゃないだろ。」


 真っ直ぐな瞳が、ミディアを射抜く。

 誤魔化せないと悟り、ミディアは目を閉じた。


「……お願い、誰にも言わないで。」


「理由を聞いてもいいか?」


「昔、力のせいで……大切な人を失ったの。」


 沈黙が落ちる。

 カイルはやがて息を吐き、そっと立ち上がった。


「……わかった。けど、何かあったら俺が守る。お前が隠すなら、その分、俺が前に立つ。」


 その言葉に、ミディアははっと顔を上げた。

 胸の奥が熱くなり、何かが崩れ落ちそうになる。


「……ありがとう。」


 その夜、ミディアは久しぶりに穏やかな夢を見た。

 草原の上で、誰かと笑い合う夢。

 しかし、その最後に黒い羽が落ちる——警告のように。

 翌朝。

 王都から、一人の使者が学園にやってきた。

 王国魔法局の査察官ジーク・ハルヴェン

 整った顔立ちに冷たい瞳を持つ青年だった。


「今回の召喚事件、詳細を調べさせていただきます。」


 彼の声は穏やかだが、どこか刺すような鋭さがある。

 生徒一人ひとりに事情聴取を行う中——ミディアの名が呼ばれた。


「ミディア・エルフェリアさん。あなたが現場にいたそうですね。」


 静かな視線が、彼女を射抜く。

 ミディアは一歩下がり、微笑みで応じた。


「はい。でも、私は何もしていません。倒したのは……先生方です。」


 完璧な嘘。

 だがジークは目を細め、「そうですか」とだけ答えた。

 去り際、彼は低く呟いた。


「黄昏の光——あなたの瞳に、確かにそれが映っていましたよ。」


 ミディアの心臓が跳ねる。

 背筋を冷たい汗が伝う。

 ——見られていた。

 夜。

 湖畔のほとりで、ミディアは再び月を見上げていた。

 風に花が舞い、遠くでフクロウが鳴く。

 静かな夜のはずだった。


「……来るのね。」


 彼女は目を閉じ、両手を胸に組む。

 その瞬間、地面に淡い魔法陣が浮かび上がった。

 どこからか聞こえる声——かつての自分と同じ“巫女”の声。


《ミディア。封印が、解かれかけている。黄昏の時は近い。》


《再び、世界は選択を迫られる。》


「そんなの……嫌。もう、誰も傷つけたくない……!」


《それでも、お前しかいない。——黄昏ノ巫女よ。》


 光が走り、湖が金に染まる。

 風が吹き抜け、夜空の星々が一瞬だけ消えた。

 そして遠くの森の奥、黒い炎が灯る。

 魔王の眷属が——再び動き出したのだ。

 翌日。

 ミディアは寮の窓辺に立ち、朝の光を見つめていた。

 リリィとカイルはまだ眠っている。

 静かな時間。けれど、胸の奥はざわついていた。

 ふと、テーブルの上に一枚の紙が置かれているのに気づく。

 そこには、見慣れない筆跡でこう書かれていた。

“夜明け前に、旧礼拝堂で待つ。——J”

 ジーク・ハルヴェン。

 その名を思い出した瞬間、ミディアの瞳に黄昏の光が宿る。


「……もう、逃げられないのね。」


 静かに呟くと、彼女はマントを羽織り、扉を開けた。

 朝焼けが差し込む中、その背に柔らかな光が差す。

 まるで祈りを捧げる巫女のように——。

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