第二章7——『偽りのあなた』——
三十一層——そこは時の止まった迷宮。
無数の廊下が空中に浮かび、上下左右の感覚すら消えていた。
足元に広がるのは、鏡のように透き通った床。
その鏡に映るのは“もう一人の自分”。
「……なんだ、ここ。」
カイルが眉をひそめる。
レオンが周囲を見渡す。
「この層は“精神の回廊”。過去と記憶が試される場所だ。」
リリィは鏡に映る自分の瞳を見つめた。
そこに映る彼女は、どこか冷たく笑っていた。
「リリィ・アークライト。黄昏の巫女。
本当に、あなたが世界を救えるとでも?」
鏡の中の“もう一人のリリィ”が、そう呟いた。
空間が歪み、鏡から“影”が抜け出す。
それは黒い衣をまとい、リリィと同じ顔をしていた。
「私の中の……もう一人の私……?」
影は微笑む。
「違うわ。私は“巫女の残滓”。ミディアの記憶が作り出した、偽りの存在。」
レオンが息を呑む。
「……まさか、“ミディアの魂”の欠片がここに?」
影は静かに頷く。
「ミディアは死の間際、全ての感情を封印した。
悲しみ、恐れ、後悔……その全てが“私”になった。」
リリィが震える声で問う。
「じゃあ……あなたが、ミディアの“闇”?」
「そう。
そして、私がいる限り——本当の巫女にはなれない。」
影が杖を掲げ、黒い光を放つ。
「来なさい。あなたが私を超えられるなら、それが“真の覚醒”。」
リリィが光の盾を展開するが、闇の魔法はそれを容易く貫いた。
心臓に冷たい痛みが走る。
——この魔力、まるでミディアそのもの。
「あなたの力は、借り物。
あなたの信念は、憧れ。
そんなものに世界は救えない!」
リリィは必死に抵抗するが、心が削られていく。
その時、遠くでレオンとカイルの声が聞こえた。
「リリィ! 負けるな!」
「お前はもう一人じゃねぇ!」
リリィの中で何かが光を取り戻す。
胸の奥に、確かな声が響いた。
『——リリィ、あなたは私ではない。あなた自身の道を、歩いて。』
リリィが杖を掲げた。
彼女の瞳が蒼く輝き、空間全体が光に包まれる。
「私はミディアの影を追うんじゃない!
——私は、私自身として、世界を救う!!」
「《アストラル・エクリプス》!」
光と闇が衝突する。
空間が裂け、回廊全体が震えた。
影が叫ぶ。
「これが……“巫女”の力……!?」
リリィの光が影を包み込み、溶かしていく。
そして、最後に微笑む声がした。
「ありがとう……。あなたなら、“あの人”を救えるかもしれない。」
光が収まり、静寂が戻る。
リリィの目の前に、一枚の幻影が浮かぶ。
それは——ミディアの最期の記録。
彼女は魔王と対峙し、仲間を逃がすために“自らの命を供物として封印を完成させた”。
しかし、封印の中で彼女は“異なる存在”と契約していた。
『……次に生まれる“巫女”に、すべてを託す。
私の魂は、この世界の“核”とともに、再び巡る。』
その声を聞いた瞬間、リリィは理解した。
——ミディアの魂は、完全には消えていない。
この世界のどこかに、今も生き続けている。
幻影が消え、前方に光の扉が現れた。
レオンとカイルが駆け寄ってくる。
「大丈夫か、リリィ!」
「お前、またひと回り強くなったな……。」
リリィは小さく笑う。
「うん。でも、まだ終わってない。
ミディアは……この世界のどこかにいる。
私たちが辿り着かなきゃ。」
扉が開き、奥から冷たい風が吹き抜けた。
それはまるで、彼女を導くように優しく流れていく。
“巫女は影を超え、真実を知る。
光は、黄昏を裂いて未来を照らす。”




