第ニ章5——『八魔星レオン』——
第二十一層に足を踏み入れた瞬間、空気が一変した。
吹き荒れる冷気。視界のすべてを覆う純白の塔。
塔は天井へと突き刺さるように伸び、その中に複雑な機構の歯車がうねりを見せていた。
「これが……“深氷の巨塔”か。」
レオンが低く呟く。
リリィは吐く息を白くしながら杖を構える。
「魔力の流れが……変。まるで、生きてるみたい。」
カイルが剣を肩に担ぎ、笑う。
「ここのボスが“氷機兵アークグレイヴ”ってやつだろ? 機械なんざ斬って壊すだけだ。」
その時——塔の壁が光を放ち、氷の柱がせり上がった。
そこから現れたのは、金属と氷が融合した巨人。
紅い魔核が胸に埋め込まれ、魔力が脈動している。
「侵入者確認。排除、開始。」
鈍い声とともに、巨塔が震えた。
巨体の腕が振り下ろされる。
地面が爆ぜ、氷の衝撃波が走った。
カイルが前に出て防御結界を張るが、衝撃で後方へ吹き飛ばされる。
「っぐ……! 硬ぇ……!」
リリィが詠唱を始める。
「《フレア・スパイラル》!」
炎の螺旋が放たれ、巨兵を包み込むが、氷の装甲は一瞬で再生した。
「駄目だ……通常の魔法じゃ通らない!」
レオンが静かに前に出た。
彼の瞳が一瞬、紅く光る。
「リリィ、少し下がってろ。」
「レオン……?」
その瞬間、彼の背から黒い魔力の翼が広がる。
空間そのものが軋み、塔の魔法陣が反応した。
「まさか——それ、“八魔星”の……!」
カイルが目を見開く。
レオンの記憶が、走馬灯のように流れ込む。
かつて、魔王に仕えていた時代。
彼は“第七の魔星・虚獄のレオン”として、幾千の命を奪った。
「俺は……人を守る資格なんてねぇ。
だけど、ミディアが言ったんだ。
“罪を知るなら、それを超えて誰かを守って”ってな。」
リリィが息を呑む。
「……だから、あなたは今ここにいるのね。」
レオンが微笑む。
「お前らがいたから、やっと使える。俺の“もう一つの力”を。」
魔力が爆発する。黒い翼が蒼に変わり、空間を歪めた。
「《蒼翼解放・アストラルレイヴ》!」
塔全体が震え、天井を貫く光柱が走る。
アークグレイヴの装甲が砕け、胸の魔核が露わになる。
リリィが即座に詠唱を重ねた。
「《セレスティア・レクイエム》!」
二つの光が交差し、巨兵の核を撃ち抜いた。
氷の塔が崩壊を始める。
最後の瞬間、アークグレイヴの目が微かに光った。
「……巫女の、後継者……ようやく、目覚めの時が……」
その言葉を残し、巨兵は静かに崩れ落ちた。
戦いの後、崩れた塔の中央に小さな祭壇があった。
そこには、古代語でこう刻まれていた。
“第二の巫女を守りし者、八の罪人を許す”
リリィはそれを読み上げ、レオンを見つめた。
「あなたの罪も……この場所が赦してくれたんだと思う。」
レオンは黙って笑った。
「いや、赦されるつもりはねぇ。だが、もう逃げねぇ。
お前らと一緒に、この先に進む。」
リリィは微笑む。
「——ありがとう、レオン。」
崩壊した塔の天井から、淡い光が降り注いだ。
それはまるで、ミディアの祝福のように静かで暖かかった。
塔を出た一行の前に、次の階層への扉が現れる。
氷に覆われた扉の中心には、蒼い紋章が輝いていた。
「次は第三十層……“深淵の氷窟”。
そこには《氷竜エイレーン》が棲むと言われてる。」
リリィが小さく息を吸う。
「巫女として……次の試練、受けてみせる。」
扉が開かれ、彼らは再び深き闇の底へと降りていった。
“罪を超え、光を選ぶ者。
その翼は、黄昏の巫女の道を導く。”




