第二章4 ——『巫女ノ宿命』——
十一層に入った瞬間、空気が変わった。
白銀の壁は消え、代わりに淡く輝く氷の森が広がっている。
だが、どこか現実離れしていた。木々が揺れるたび、世界そのものが歪む。
「……これが、“幻廊”か。」
レオンが警戒の声を上げる。
「現実と幻が混じり合う層。油断すれば心を奪われる。」
「まるで夢の中にいるみたい……。」
リリィが呟いた瞬間、彼女の目の前に“誰か”が現れた。
それは——ミディア。
しかし、彼女はまだ幼く、十三歳ほどの姿だった。
「リリィ、あれ……!」
カイルが驚く。
少女のミディアは微笑み、手を差し伸べた。
「あなたが来るのを待ってたの。」
光景が変わる。
リリィの意識が引きずられるように別の場所へと飛ばされた。
そこは、古代の魔法都市。
学舎の中庭で、一人の少女——若き日のミディアが本を読んでいた。
彼女の隣には、まだ少年の頃のレオンの姿がある。
「これ……ミディアの、記憶?」
リリィは呟く。
ミディアは笑っていた。
「“力”を持つことが怖いと思ったこと、ある?」
少年レオンが首を振る。
「怖くなんかない。お前はみんなを守ってるじゃないか。」
ミディアは本を閉じ、空を見上げた。
「守るために力を使っても……いつか、その力が誰かを傷つける。
それが“巫女”になるということ。」
その言葉が、リリィの胸に深く刺さった。
突如、光景が崩れ始める。
辺りが黒い霧に包まれ、森が再び現れる。
空間の中心に、氷の羽根を持つ妖精が舞い降りた。
「侵入者よ……記憶に触れた者は、ここで凍る。」
その声は澄んでいて、美しく、それでいて残酷だった。
《幻妖クルスティア》。この層の支配者にして、記憶を操る存在。
カイルが剣を抜く。
「出やがったな!」
「彼女の“心”は、巫女の鍵。壊させはしない。」
クルスティアが手をかざすと、氷の花弁が舞い、
無数のミディアの幻影が姿を現した。
リリィたちは包囲される。
幻影たちはミディアの姿をしており、その魔力も本物に近い。
「これじゃ……攻撃できない……!」
リリィが震える。
カイルが叫ぶ。
「違う! あれは本物じゃねぇ! お前の中の“迷い”が生んでるだけだ!」
リリィは目を閉じた。
ミディアの笑顔が脳裏に浮かぶ。
——“あなたが光を継ぐなら、きっと迷わないで。”
瞳を開け、杖を掲げた。
「幻なんかに、負けない!」
「《ディスペル・ラディアンス》!」
光が奔り、幻影たちが消えていく。
クルスティアが驚愕の声を上げた。
「その光……まさか、巫女の封印魔法!?」
リリィの髪が再び金に輝き、空間全体が震えた。
クルスティアは羽根を広げ、最後の一撃を放つ。
「この記憶は渡さない……! 巫女の宿命を知れば、貴様は壊れる!」
「壊れたっていい。それでも、私は——ミディアを、継ぐ!」
リリィが叫び、光を解き放つ。
氷の森が崩れ、幻妖は凍てついた花のように砕け散った。
静寂が戻る。
足元に、小さな氷の結晶が残されていた。
その中に映るのは、若き日のミディアが涙を流す姿。
「……ごめんね。
“巫女”に選ばれた時、私は誰かを救うたび、誰かを失った。」
その声がリリィの胸に響く。
彼女はそっと結晶を握りしめた。
「もう一人じゃない。ミディア……あなたの願い、私が叶える。」
森が光に包まれ、次の階層への道が現れた。
レオンが肩を叩く。
「どうやら、次は二十層だな。」
カイルが笑う。
「これでまだ五分の一かよ。先が思いやられるぜ。」
リリィは微笑んだ。
「ううん、ここからが本当の始まり。
——巫女として、私の戦いが。」
“黄昏の巫女は、過去を継ぎ、
次代の巫女は、未来を選ぶ。”




