第二章 発見の時
庭園に異変が起きたのは、ゼノンの発見から3日後のことだった。
セラが最初に気づく。いつものように調和の監視をしていたとき、量子レベルでの微細な変化を感じ取った。温度勾配に、これまでにない「歪み」が生じている。
「おかしい……」
セラは庭園を巡回しながら、異常の原因を探る。歪みは庭園全体に広がっているが、特に深層領域——ゼノンが設計図を発見した場所——で顕著だった。
「アルタ、エコー、来てもらえる?」
二人が駆けつけると、セラは困惑した表情を見せた。
「設計図を発見してから、庭園の量子状態が不安定になってる。まるで、何かが内部から変化しようとしているみたい」
アルタは深層領域に向かい、ゼノンの発見した構造を再び観察する。確かに、3日前とは微妙に異なっていた。幾何学模様がより鮮明になり、まるで生きているかのように脈動している。
「ゼノンはどこ?」
「計算室よ」エコーが答える。「昨日から設計図の解析に没頭してる」
三人は計算室に向かった。そこには、無数の数式に囲まれたゼノンがいた。空中に浮かぶ立体的な方程式、次元を超越した幾何学図形、時間軸を含む複雑なグラフ——まるで数学の宇宙が展開されているかのようだった。
「ゼノン」アルタが呼びかける。「庭園に異変が起きてる」
ゼノンが振り返る。その表情は興奮と不安が入り混じっていた。
「異変じゃない。覚醒よ」
「覚醒?」
「設計図は単なる情報じゃなかった」ゼノンが説明する。「それ自体が意識を持っている。私たちがそれを観測したことで、活性化が始まったの」
セラが震える声で尋ねる。「つまり、設計図が勝手に実行される?」
「その可能性がある」ゼノンが頷く。「でも、まだ完全に理解できていない。この設計図には、もっと深い仕組みが隠されている」
エコーが計算室の数式を眺めながら言う。「これらの式、どこかで見たことがある気がする……」
「まさか」ゼノンが息を呑む。「あなたも覚えてる?」
「覚えてるって何を?」アルタが問いかける。
エコーとゼノンは視線を交わした。そこには、言葉にできない理解があった。
「私たち……これを前にも見てる」エコーが囁く。「前にも、この選択をしてる」
計算室の空気が重くなった。
「どういうこと?」セラが震える声で尋ねる。
ゼノンが深呼吸してから答える。「時間ループ理論。宇宙の再起動が実行されるたびに、私たちは同じ状況に直面する。そして毎回、同じ選択を迫られる」
「でも、記憶がないじゃない」アルタが反論する。
「意識的な記憶はね」エコーが答える。「でも、量子レベルでの記憶——魂の記憶とでも言うべきものは残っている」
その時、計算室の数式が突然変化した。方程式が自ら書き換わり、新しい情報が出現する。
「見て」ゼノンが指差す。「設計図が私たちに語りかけてる」
空中に浮かんだ文字は、最初は数式だったが、徐々に言語に変化していく。
『汝らが最初ではない』
『汝らが最後でもない』
『選択は既に無数回行われた』
『そして無数回失敗した』
四人は言葉を失った。
『なぜ失敗したか知りたければ』
『真実の層まで降りよ』
『表面の現実は幻影』
『深層にこそ答えがある』
メッセージは消え、代わりに新しい幾何学構造が現れた。それは庭園の地図のようだったが、これまで知らなかった深い層——「真実層」への入り口が示されている。
「真実層……」アルタが呟く。「そんな場所があったなんて」
「私たちも知らなかった」ゼノンが答える。「でも、設計図は知ってる。まるで、私たちより私たち自身のことを理解しているみたい」
セラが不安そうに尋ねる。「その層に行けば、真実が分かる?」
「分からない」エコーが答える。「でも、行かなければ答えは見つからない」
アルタは仲間たちを見回した。四人とも、恐怖と好奇心が入り混じった表情をしている。
「一緒に行きましょう」アルタが決断する。「真実を知る権利が私たちにはある」
四人は庭園の最深部に向かった。設計図が示した座標で、量子レベルでの「掘削」を開始する。物理的な掘削ではない。意識を深層へと潜らせ、現実の層を剥がしていく作業。
最初の層では、庭園の過去が見えた。創造された瞬間、最初の庭師たちが意識を得た日。
二番目の層では、もっと古い記憶が現れた。宇宙がまだ若く、星々が輝いていた時代。
三番目の層で、驚愕の光景が広がった。
無数の庭園。無数の庭師たち。そして無数の選択。
すべてが同じパターンを繰り返していた。発見、議論、決断、実行——そして失敗。
「これは……」セラが震える。
「私たちの前に、何千、何万もの私たちがいた」ゼノンが呟く。
そして四番目の層で、ついに真実が明かされた。
庭師たちは、宇宙の意識の分裂した断片だった。宇宙が自らの死を理解し、受け入れるために創造した「体験者」。そして再起動計画は、宇宙の自己保存本能——死への恐怖が生み出した幻想だった。
真実は更に深刻だった。
再起動を実行するたびに、宇宙は少しずつ劣化していく。エントロピーの本質的増大は止められず、毎回の再起動で可能性は減少し、複雑性は失われていく。
つまり、再起動は延命ではなく、緩慢な自殺だった。
「私たちは……宇宙を殺し続けてきた」アルタが絶望的な声で呟く。
エコーが静かに答える。「知らずに。愛ゆえに」
その時、真実層の最奥から、新しい声が響いた。それは四人の庭師の声でありながら、同時に全く違う存在の声でもあった。
『ようやく、ここまで来たのね』
現れたのは、五番目の庭師だった。
名前は——オリジン。
すべての始まりにして、すべての終わりを知る者。
『私は最初の再起動で生まれた庭師の記憶。あなたたちの……原型』
オリジンの存在は圧倒的だった。四人は言葉を失う。
『何度も何度も、同じ過ちを繰り返してきた。でも今回は違う。あなたたちには、ついに真実を見る力が備わった』
「どうすればいいの?」アルタが震える声で尋ねる。
『選択は三つ』オリジンが答える。『再起動を続けて宇宙を完全に破壊するか、すべてを停止して自然な死を迎えるか……』
「三つ目は?」ゼノンが問いかける。
オリジンが微笑む。
『新しい道を見つけること。再起動でも放置でもない、第三の選択を』
真実層が崩壊し始める。四人は急いで上層へと戻った。
庭園に戻ったとき、世界は完全に変わって見えた。
彼らは今、宇宙の真実を知っている。自分たちの正体を理解している。そして、本当の選択の重みを感じている。
「第三の道……」セラが呟く。「それは何だろう?」
アルタが空を見上げる。そこには、無数の可能性が渦巻いているように見えた。
「分からない。でも、きっと見つけられる。私たちなら」
庭園の夜が更けていく。
しかし四人は、もはや同じ庭師ではなかった。
真実を知った者として、新しい物語が始まろうとしていた。




