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ブラックホール

フローライト第百五話

秋も深まり今日は久しぶりに朔と美園の実家のマンションに来ていた。咲良がしつこく朔と会いたいとうるさかったのと、車や引っ越しのことを奏空に相談しようと思ったのだ。


「朔君のために今日は夕飯、頑張ったよ」と咲良がニコニコと笑顔で機嫌がいい。


「ありがとうございます」と朔が頭を下げている。


「いやー朔君、大人っぽくなったね。何か色気も増したよ?」と咲良が微笑んだ。


「いや・・・」と朔が照れくさそうに少し頬を赤くしている。美園はそんな二人を見てから「奏空は?」と聞いた。


「まだ帰ってないよ。そのうち帰るから待ってて」


「わかった」と美園は元自分のいた部屋に入った。朔も後からついてきて一緒に部屋に入る。


「懐かしい・・・美園の部屋・・・」と朔が言う。


「そう?まあ、変わってないからね。咲良がまだそのままにしてて」


「うん・・・」と朔がベッドの上に座った。


美園は本棚からスケッチブックを取り出して朔に渡した。


「何?」と朔が受け取りながら聞く。


「それ、あげるよ」と美園が言うと、朔がスケッチブックを開いた。


「え?」と急に大きな声を出した。


「これ・・・天城さんの・・・」


「そうだよ。私がもらった分。朔にあげる」


「いいの?」


「いいよ。朔がどれほど利成さんのことを思ってるかわかったからね。朔が持ってるのが一番いいよ」


「・・・美園・・・ありがとう」


朔がスケッチブックを一枚一枚めくっている。その真剣な顔を見つめながら。(確かに、朔は大人っぽくなったな・・・)と思った。


 


夕飯の時間になっても奏空はまだ帰宅しなかったので先に三人で食べた。いつもより豪勢な料理が並んで咲良がはりきって喋っていた。


「利成と合作するのってどんな感じなの?」と咲良が聞いている。


「まだ・・・決まってないです・・・」


「でも、すごいね。一緒にやるなんて思わなかったよ」


「はい・・・俺も・・・」


「あ、そういえば美園の事務所の方、大丈夫なの?」


「大丈夫って?」と料理を口にいれながら美園は言った。


「だって、朔君と一緒に暮らしてるのバレたんじゃないの?」


「バレてないよ」


「そうかな・・・前にツイッターにあんたと朔君らしき人の写真載ったでしょ?」


「あーあれはね、適当にごまかしておいたから」


「ふうん・・・適当にね・・・あ、朔君、ビール飲む?もう二十歳なんだもんね」


「はい・・・あ、もう二十一です」


「あーそうなの?お誕生日きたんだ」


「はい・・・」


咲良が冷蔵庫から缶ビールを二つ持ってきた。


「私、飲めないよ」


美園が言うと、「わかってるよ、あんたずっと奏空の車借りてるでしょ?そろそろ返してくれない?」


「わかってる、もう少し貸して。買うまで」


「あーついに買うの?」


「買わなきゃ色々不便なんだよ」


「そうかーお金あるの?」


「あるよ」


「まーそうか、あんたこの何年間、がむしゃらに芸能活動してたもんね」


咲良がそう言うとチラッと朔が美園の方を見た。


「美園、朔君がいなくなってからほんとに人が変わったみたいに働きものになっちゃたんだよ」と咲良が笑った。


「そうなんですか?」と朔がまた美園の方を見た。


「咲良、余計なこといわないでよ」


「はいはい、わかってるって」と咲良は言ってご飯を口に入れた。


 


食事が終わった頃、奏空が帰宅した。


「おー朔君」と朔にハグしている奏空。


朔が少し照れくさそうに「お久しぶりです」と言った。


「ほんとお久しぶりだね。元気だった?」


「はい・・・」と朔が答えると「朔君、すごく大人になったね」と奏空も皆と同じことを言った。


奏空が食事を終えるのを待ってから、引っ越しと車のことを言った。


「なるほど、朔君のアトリエのためにね」と奏空が笑顔を朔に向けた。


「引っ越しだからまた事務所に言わなきゃならないでしょ?その時、朔のこと隠しておいた方がいいよね?」


「そうだね・・・でも、きっとバレるよ?」


「バレるまでは黙っておいた方がいいでしょ?」


「まあ、そこは美園次第かな。車は買ったらいいんじゃない?」


「それもね、事務所からはほんとはダメだって言われてるんだよ」


「車の運転?」


「そう、事故とか色々あるからって・・・そんなこと言ってたらどこにも移動できないじゃない?」


「そうだね、今の美園には車は必要かもね」


「でしょ?朔の絵を運ぶのだって車じゃないと」


「朔君は運転しないの?」


奏空が朔に聞くと「はい・・・」と朔が答えた。


「そうか、まあ、美園が免許持ってるからいいか」


「・・・奏空、ちょっと仕事のことで相談あるんだけど・・・」


美園がそういうと「何?」と奏空が言う。


「向こうで話していい?」と美園は奏空の仕事部屋の方に視線を送った。


「いいけど?」と奏空が立ち上がる。


すると咲良が「朔君、デザートにケーキとコーヒーどうぞ」と咲良が朔をダイニングテーブルの方へ呼んだ。朔がそっちの方に行くのを見てから美園は奏空の後からリビングを出た。


 


「咲良がやたら張り切っててうんざり」と奏空の仕事部屋に入ると美園は言った。


「まあ、咲良は朔君がすごく気に入ってるんだよ」


「そうだろうけど・・・」


「相談って?仕事のことじゃないんでしょ?」


「ん・・・まあ」と美園は答えた。やっぱり奏空は全部お見通しだ。


「朔君?」


「そう・・・こないだ奏空が自分の思い通りだけじゃなく、起きてることに合わせるのも手だよって言ってたでしょ?」


「そうだね」


「そうしてみたんだよ。そしたら見事、引き返せないところまで来ちゃったよ」


「引き返せないところとは?」


「・・・朔、ベランダから飛び降りようとしたんだよ。本気で」


「そうか・・・」


そんなに驚いた顔もせずに奏空が言う。


「私、あんなに怖かったことないよ。必死で止めた」


「どうしてそういうことになったの?」


「・・・私が朔と別れるって言ったの」


「なるほど」


「朔が○○〇の社長さんとできてるって・・・仕事をその人から貰ってるから別れられないっていうから、私が別れるって言ったんだよ。そしたら、そういうことになった」


「・・・・・・」


「その社長さんが言うには、私が朔を捨てたら朔はまた死のうとするっていうんだよ」


「そうか・・・」


「わかる?引き返せないって言った意味が」


「わかるよ。その社長さんの言う通りだからね」


「もちろん、私は朔を捨てようなんて思ってるわけじゃないよ。でも・・・」


「・・・重荷?」


「え?」


「朔君を振ったら朔君がまた同じことをするかもしれない・・・うっかりそういうこと言えないってそう思ってるでしょ?」


「そうだよ。普通、そう思うでしょ?」


「利成さんは何か言ってた?」


「利成さん?朔が飛び降りようとしたことは言ってないけど・・・私も成長が必要だって・・・あと、朔は繊細だから場合によっては壊れるみたいなこと言ってたって・・・あ、その社長さんから聞いたんだけどね」


「そう・・・」と奏空が急に深刻そうに口をつぐんだ。


「別れようとか思ってないけど・・・どうしたらいいのかと思って・・・」


「どうしたい?」


「・・・・・・」


「美園がどうしたいかだよ」


「私は・・・朔といたいけど・・・」


「いたいけど、重荷?」


「・・・・・・」


「重荷ならその社長さんのとこに朔君を戻してあげなよ」


「何で?」


「ほんとに朔君が壊れるからだよ」


「ほんとに?壊れるって・・・?」


「ベランダから飛び降りようとしたんだよね?」


「うん・・・」


「死を恐れないのは厄介なんだよ・・・というのもこの世界、「死」が支配してるからね」


「”死”が支配?」


「そうだよ。逆に言えば「死」を信じてるから人は生きようと必死なんだよ。でも、朔君はそこから外れてしまった・・・」


「・・・・・・」


「死から外れてしまった朔君は、生も感じられなくなってるんだよ」


「どうして?よく意味がわからない」


「んー・・・基本的に「死」が幻想だって美園はわかる?」


「まあ、何となくは・・・」


「でも、朔君はそこにいるんじゃないんだ。死でも生でもない・・・何ていったらいいかな・・・ブラックホールみたいに開いてしまった別次元みたいなところに意識が閉じ込められてしまったんだよ」


「・・・・・・」


「でも、美園が朔君をこっちに呼んだんだよ」


「私が?」


「そうだよ。だから今、朔君はここにいるんだよ」


「でも、私と会う前は?その社長さんといるときは?ブラックホールじゃないんじゃない?」


「ブラックホールだよ」


「どうしてわかるの?」


「今日、ハグした時に見えたから」


「何を?」


「んー・・・難しいな・・・表現が」


奏空が考えている。


「その社長さんが、私は必ず朔を持て余すだろうって・・・そしたらすぐに朔を自分のところへ戻せって言うんだよ」


「そうか・・・なかなかな女性だね」


「そうかな・・・」


「美園は不満そうだね」と奏空が笑った。


「私が子供みたいに言われるからだよ」


「そうか、その社長さんからみたら美園は子供なんだよ」


「・・・・・・」


「”重荷”だと少しでも感じるなら、早く朔君を社長さんのところに戻してあげなよ。もちろん、別な理由を作ってね」


「・・・やだよ」


「じゃあどうする?」


「一緒にいるよ」


「でも今後も朔君は美園の対応次第では同じことするかもしれないよ?」


(奏空、わざと私を試してる?)と美園は思いつつ、「そうかもしれないけど、あの社長さんには返したくない」と言った。


「んー・・・それは美園はその社長さんに負けたくないって思いでしょ?でもね、負けも勝ちもないっていうのがデフォルトだから、その上に”負けたくない”っていうのはね、負けてるってことなんだよ。そしてまた美園が物語の中に入りこんじゃってる証拠なんだよ」


「物語だろうが何だろうがそう思ってもいいでしょ?」


「そうだね、”負けてる自分”っていう世界観の中にいたかったらね」


「・・・・・・」


「今はね、美園がいかに自分の物語の中から出れるかにかかってるよ。それはある意味、苦しいこともあるよ?自分が小さくなっていくような気がするからね」


「じゃあ、どうしたら一番いいのか教えて。奏空なら見えるんでしょ?さっき朔にハグした時にわかったように」


「どうしたらいいかはわからないよ。それを知ってるのは美園だからね。自分のフィルターから出て、どれだけ朔君と同じ視点で見ることができるか・・・それを”成長”というんだよ」


「・・・・・・」


「まあ、もう少し様子みてやってみなよ」


 


(はぁ・・・)とどことなく気が重い何かを抱えたまま、美園は朔と自分のマンションに戻った。


「奏空さんに何の相談だったの?」


美園がソファに座ると朔が聞いてきた。


「仕事のことだから」


「仕事のどんな?」


「朔にはわからないことだよ」


「わからないかもしれないけど・・・教えて」


「だから仕事上のことだから、いちいち朔にいう必要ない」


少し苛立った声を出してしまった。奏空と話してすっきりしたかったのに、何だか更に重い荷物をしょいこんだ気がしていた。


「・・・俺のこと?」


朔が沈んだ声を出したので、美園は顔を上げて朔の顔を見た。朔はまだ部屋の中に突っ立っている。


「違うよ」


「・・・・・・」


朔が黙ったままその場に立って美園を見つめていた。


「何?座ったら?それともシャワーかける?」


「・・・美園・・・俺が邪魔?」


「そんなこと言ってないでしょ?ほんとに仕事のことだよ」


「・・・・・・」


「朔?」


朔が黙り込んでいるので、美園は心でため息をつきつつ立ち上がって朔のそばまで行ってその両手をつかんだ。


「ほんとにそうなんだよ。ごめん、苛立っちゃって」


「・・・・・・」


「朔、イラストの依頼も来てるんでしょ?シャワーかけてからやっちゃったら?」


「美園と入っていい?」


「え?シャワーを?」


「うん・・・」


「ちょっとそれはやだな。狭いし」


「お風呂入れようよ」


「・・・・・・」


(こういうのってなんていうの?赤ちゃん返り?みたいな?)


黎花はどこまで朔の面倒をみていたのだろう。お風呂も一緒に入っていたのだろうか?


(私・・・朔のお母さんにならなきゃならないのかな・・・)


「嫌ならいいよ」と朔が寝室の方に行った。


── 持て余したら返してね・・・。


黎花の声が頭に響いた。


(返す?冗談じゃない・・・)


奏空は負けたくないと思った時にはもう負けてるんだと言ったけど・・・。


(やっぱり黎花なんかに負けたくないじゃない)


美園は浴室に行って浴槽にお湯を出してから寝室に行った。朔がベッドの中に潜っていた。


「朔」


呼んでも返事がない。


「朔、やっぱりお風呂入れてるから一緒に入ろう」


そう言うと「・・・無理しないで」という声が布団の中から聞こえた。


「無理じゃないよ。私も入りたくなったんだよ」


そう言うと朔がもぞもぞと起き上がった。


「ほんとに?」


「ほんと」


(ああ、何かやっぱり子供に戻っちゃってるんだな・・・)


元々そういうところはあったけど、母親をなくしてなおさら今はまだ一人で朔は立てないのだ。


お湯が溜まってから朔と初めて一緒にお風呂に入った。朔に見られても何だか性的な感じがしない。


(あー何だろう・・・ほんとに子供みたい・・・)


──  肉体なんてただの入れ物、そんな風に思わない?


また黎花の言葉が頭に響く。今の朔は見かけは二十一才の男でも、中身は四才か五才?それくらいなのかもしれない。


湯船に一緒に入ると朔が胸を触ってきた。朔の甘え方であの黎花とどんな風にしていたか想像がつく。


(ヤバイ・・・嫉妬?)


美園は物心ついてからほとんどのことは思い通りになってきた。学校では色々あったけれど、そもそもクラスの男子にも女子にも興味はなかった。一人でちょうど良かったのだ。晴翔に振られた時だって、晴翔の元カノに対してこんな思いは抱かなかった。ただ晴翔自身にがっかりしただけだ。今美園は初めての感情に対して戸惑っていた。


「美園」と朔が口づけてきた。


(これは一度頭の中をリセットしなければ・・・)


美園はそう思った。


──  美園がいかに自分の物語の中から出れるかにかかってるよ。それはある意味、苦しいこともあるよ?自分が小さくなっていくような気がするからね・・・。


奏空の言葉を今度は思い出した。


(朔に対する私自身の思い込み・・・ここにいるのは高校の頃の朔ではないのだ・・・あの頃の思い出を一度全部リセットしよう)


朔からの舐めるような口づけを受け止めながら美園はそう決心した。そうだ、まずそこからなんだと思いながら・・・。


 

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