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ヴァンパイア・イン・マタニティ  作者: ごっこまん
6.神の子無きピエタ
20/36

6-3

 旅人を見送った後、グランティは急いで酒場に戻った。着るもの着あえず、押して事を進めたので、さすがに寒さが堪えていた。


 酒場ではバニスター氏が加わり、出産祝いもたけなわだった。母子ともに健康そのもの。ミキやベア婆さんのお墨付きで、文句のつけようのない出産だったという。


 酒をしこたま煽り、出来上がったミキが、“ゼノン操水術”で芸を披露していた。水ジャグリングから水の輪潜り、水人形でラインダンスと、主役であるはずのバニスター一家を食うほど悪目立ちしている。


 グランティの妻のブラダも、前駆陣痛の苦悶を忘れたように、すっかりミキの宴会芸にバカ笑いを上げている。グランティはホッとした。離れている間に大事になっていないかだけが心配だった。


 だが、上機嫌でミキを囃し立てる村人をよそに、水面下では深刻な話が、徐々に広がっていた。


「サー・グランティ。こっちです、サー、こっち」


 祝い事から距離を置いて、浮かない顔をしていた村の狩人が、戻ったグランティを見つけるや小声で呼び止めた。グランティは、ブラダへ声をかけたい気持ちやら、暖炉に当たりたい気持ちやらをグッと我慢し、狩人に招かれるまま、冷気のわだかまる壁際へ寄った。


「どこにいらしたんでさ。探したんですよ」


 誰も彼も、酒で上気している中で、この狩人から酒気は感じない。しかし、その顔色は、一足先に悪酔いを得たようだった。


「どうした」


「火薬庫が荒らされました」


 戦慄で、寒気が吹き飛んだ。


 フロア開拓村近辺の森林地帯は、猟銃の使用が許諾された狩猟特区が含まれている。食肉や衣類原料などを調達しやすくすることで、開拓生活の厳しさを少しでも軽減する一面もあるが、実際は、禁域に野生動物を近づけないことを目的にした特例だった。


 猟銃や弾丸は、猟師が各戸で保管している。だが、火薬は危険物かつ忌避感を催す品であるため、近隣に民家のないうら寂しい場所に建てられた倉庫で、一元管理されていた。


 その倉庫が、破られた。


 グランティは人目を避けるように、狩人に肩を組ませて、壁へ向いて声を閉じこめた。


「被害は」


「火薬一袋です」


「いつわかった」


「ついさっきです。夜回りしてると、倉庫が鉈か何かで無理にこじ開けたようになっているのを見つけまして……」


 私たちがここにいると、人が死にます――グランティの脳裡に、エレクトラの言葉が蘇る。一袋もの火薬があれば、今、酒場で騒いでいる全員を、一網打尽にできる。できるとして、何の意味があるのか。犯人も目的も見当がつかないが、エレクトラの言葉が予言となって、耳から垂れそうだった。


 グランティは狩人と更に肩を寄せ、額を突き合わせる。


「他の狩人衆は知っているのか」


「今、内々で伝言を回しているとこです」狩人はミキの芸を一瞥する。「何かの間違いとは思えねえんですが、念のため、まずは身内を探っておこうかと」


「わかった。村長宅(ここ)周辺が気になる。外壁、屋根上、客室その他、火薬袋が隠せそうな隙間、思いつく限り隈なく探るには、どうしたら良い?」


「こ、ここ、ですか?」


 嫌な予感ばかりが先走って、不用意なことを言ってしまった。グランティは気を持ち直し、強張る狩人の肩を叩いて落ち着かせた


「安心してくれ――」


 よく考えろ。アルデンスもエレクトラも立った後なら、もう村は無関係のはずだ。ここで火薬を使う意味も、犯人も、目的も、納得できる理由がなければ……。


「――多分、ここにはない。少し気になったんだ。念のためだ。だから、騒ぎを広げたくない」


「は、はあ……そういうことでしたら……いっそ狗人(クー・シー)に頼んでみましょうか。火薬の臭いくらい一発でしょう」


 それだ。その手があった。閃いたとばかりに、グランティは狩人を指した。


「火薬庫荒らしも、それでわかるじゃないか。どうして言わなかった」


「ご指摘されるまで、てっきり火薬は村の外に持ち去られたのだと……。隣村やら隣町やらへ周知せにゃならんと思いこんでたんでさ。なので、狗人(クー・シー)の手を煩わせるような事態とまでは頭が回りませんで。どれだけ付き合いが長いと言っても、部外者ですから、そんなことに巻きこむのは偲びねえです」


「確かに、村のことは村で解決すべきだが、そうも言ってられない」


 狩人が目礼する。


「ええ。村の中に隠してあるかもしれねえなら、話は別でさ。火の粉にでも当たっちまえばドカンだもんで」


「ああ。一袋の火薬……いや、小分けにされているかもしれない。目を皿にして探すべきだ」


「承知しやした」


 事件の重大さを考え直し、狩人は引き締まった顔で頷いた。


狗人(クー・シー)には俺から頼んでみる。報告に感謝する」


 その一方、カウンター裏でアイラは相変わらず座りこんでいた。手配書を何度も確認し、アルデンスやエレクトラ、それから()()の人相がないか、ようやく確信を得ると、安堵と共に旅の無事を祈る言葉が、自然と口をついた。


 狗人(クー・シー)たちが、酒場の隅ではばかりながらも相伴に預かっている。その耳が風渡る草原のように揺れ、皆一様に禁域の方角を見つめた。

ここまでお読みくださり、ありがとうございます。


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次回をお楽しみにお待ちください。


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