よくあるループものだったとして、なんで貴方なんですか王太子殿下
リハビリがてら勢いだけで書きました。拙い文書ですがご了承ください。
「イザベル・ヴェルフォード!お前との婚約を破棄する!」
高らかに宣言する声がホールに響く。何とか言う男爵令嬢を片腕に抱いて、もう片方の腕をビシッと伸ばし、顰めつらしい顔をしているのは、この国の王太子殿下。
私の婚約者だ。
「で、殿下、あの…」
「聞こえなかったとでも言うのか?お前のような悪辣な女は王家に相応しく無いと言っているのだ!」
とても衝撃的なことを言われているのに、それどころではなかった。殿下が宣言し始めた時から何か違和感を感じていた。そしてその違和感に気が付いて視線を上げたら。
シャンデリアが落ちてきた。
殿下のちょうど真上の。
殿下が言葉を言い切った直後には、殿下と隣にいた男爵令嬢はシャンデリアの下敷きになっていた。
物凄い音がして周囲も阿鼻叫喚だが、頭が真っ白になって動けなかった。
ふと、シャンデリアの残骸から、床に広がる赤の中にあった殿下の腕が見えた。一度ピクリとしただけだったけど、悟ってしまった。
たった今、事切れたのだと。
何もかもが遠のくような気がした。あぁ、気絶するのね。そのまま視界が真っ暗になったと思ったら
ベッドの上で目が覚めた。これまでになかった記憶をおまけに。
「ど、どういう事なの…?!」
状況を理解するのに丸一日かかった。
私の名前はイザベル・ヴェルフォード。王立学園に通う公爵令嬢で、王太子殿下の婚約者だった。いや、だったと言うのは正しくない。確かに、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を宣言されたけれど、今はまだされていないから。
ハイハイ、テンプレね。異世界転生と婚約破棄と逆行。ラノベのテンプレオンパレード。
ショッキングな現場で気を失って、目が覚めたらベッドの上で、起こしに来たメイドに聞いたらあの騒動の1ヶ月前に戻ってたっていうやつ。しかも前世の記憶みたいなものが増えている。
体調が悪いって事にして学園は休むことにした。どうせ卒業間近で単位が取れている生徒は自由登校のようなものだしね。
しっかり誰も通さないようにと告げて部屋に閉じこもり、記憶と状況の整理を始めた。
まず、前世の記憶。この世界ではないどこかで生きていた記憶がある。成人した女性で、毎日働いていた。代わり映えのしない単調な日々で、趣味はネットで小説を読むくらいだった。顔も名前も思い出せないけど、読んでいた小説のことは結構覚えている。残念ながら前世で読んだ小説の世界に入ったわけではないようだが、今の不思議な状況はすんなり受け入れられた。
私と殿下は5歳の時に婚約して、10年以上良好な関係を続けてきた。燃えるような恋をしていたわけではないけれど、つい1年前までは仲が良かったのだ。
そう、1年前にあの男爵令嬢が王立学園へ入学してくるまでは。
あの男爵令嬢(名前は覚えてないけど)は、この1年の間に何人もの男性を魅了していった。騎士団長の息子や宰相の息子、王国随一の商会の跡取り息子、私の弟に、王太子殿下まで。彼女は貴族にあるまじき振舞いで彼らに近付き、あの手この手で次々と籠絡していった。当然、彼らにも婚約者がいて、その婚約者達にとっては面白くない存在である。よくあるテンプレ通りなら男爵令嬢はいじめられたりするものだが、そこは皆深窓の令嬢達、精々が振る舞いを窘める程度なのだが(私も主導しないながらも立会いはしている)、かの男爵令嬢はそれをいじめだと言い張り、涙を零しながら彼らに訴えた。
そうして、次々と婚約関係を破綻させていった男爵令嬢は、とうとう王太子殿下まで唆して衆目の面前での婚約破棄宣言をさせてしまった。
少し調べれば冤罪だということは分かるし、そもそも国王陛下が定めた婚約を殿下の一存だけで破棄なんてできるわけがない。
殿下はシャンデリアに物理的に潰されていなかったとしても、社会的にも地位的にも致命的だっただろう。
こういった逆行系のテンプレとしては、乙女ゲームのヒロイン気取りの男爵令嬢かチョロ過ぎた攻略対象者のような彼らを何とかする、というのが定番だが、時期が問題だ。今はあの茶番劇の1ヶ月前だが、ここから挽回するのはかなり厳しい。何せ、この頃には既に説得が不可能な程なのだ。方々の関係性が。
そうして、あまり役に立たない前世の記憶もフル活用して出した結論が、
せめて、殿下達の命だけでも助けてやろう、である。
あの茶番劇では私がふさわしくないからと言う理由で婚約破棄をするとか言っていたけど、多分あの後に真実の愛を見つけただの、優しく可憐な彼女こそふさわしいだの、シャンデリアに遮られさえしなければ宣う予定だったに違いない。
あの男爵令嬢がどういうつもりでいたかは知らないが、彼らが添い遂げられるようにくらいはしてやろう。
決意を決めてからの1ヶ月は忙しかった。前回とはアプローチの仕方を変えながら、王太子含めた攻略対象達を改心させられないか画策してみたが結果は変わらず。仕方ないので卒業パーティー直前にシャンデリアの点検をさせ万全の体制で迎えた当日。
「婚約を破棄する!」
うんうん。
「そして、この優しく純粋で可憐なマリアを新たな婚約者とする!」
ハイハイ、決まったね、良かったね。事前に話を通しておいたからか、前回はいなかった国王陛下と王妃殿下が青筋を立てながら王太子殿下の後方、二階席から見ている。普段は温厚なお二方なだけに、恐ろしくて冷や汗が止まらない。
そろそろ頃合かなと目配せすると、大きく頷かれたので、仕上げに入る。
「お言葉ですが、でんか・・・」
「うわああああああ!!」
さあこれから反撃だ、と私が口を開いたのと被せるように誰かの叫び声が響いた。
いや、これは叫び声というより雄叫びだろうか。
「僕を裏切るなんて!!許さないからなあああああ!!」
「何をする?!やめ・・・っ」
刃物を持った男子生徒が人混みから抜けでて来て、一直線に王太子殿下へ、いや、隣の男爵令嬢に向かって走って行く。動揺しながらも彼女を庇おうと殿下が前に出るが、男子生徒は構わず殿下へ刃物を突き刺し、そのまま殿下を突き飛ばして今度は男爵令嬢へとその刃物を突き刺した。
あっという間の悲劇。二人を囲んでいた取り巻き連中は動くこともできず呆然としており、会場の警備も出入口に重点を置いていたため、誰も間に合わず。僅かな静寂の後に会場の生徒達の阿鼻叫喚の声。遅ればせながら騎士達は凶行に及んだ男子生徒を取り押さえた。
一連の流れが全て、スローモーションのように見えた。周囲の声がずっと遠くのもののように聞こえる。血溜まりの中に横たわる殿下しか目に入らなかった。赤が拡がって、白かった衣装が段々と赤に染まっていって、何だか寒くなってきた。
耐えきれなくなって、また目の前が真っ暗になった。
そしてまた、1ヶ月前の朝に戻るのだ。
「ど、どういうことなのー?!何なのあれ、誰なの?!」
そして始まった今度の1ヶ月は前回より忙しかった。
件の男子生徒を特定してみると、例の男爵令嬢に弄ばれて貢がされた、少々根暗・・・いえ、大人しい子爵家の令息だった。子爵家の中でも中堅どころで、婚約者はおらず、親しい友人もいないようだ。凶行に及んだのも、散々貢がされたのに捨てられて心を病んでしまったからだろう。
分かってはいたが、あの男爵令嬢は優しく純粋な女性ではない。寧ろ金と権力にしか興味のない類の女性ではないだろうか。
もしかしたら、転生者なのかもしれない。私が知らないだけで、ここは乙女ゲームの世界なのかも。テンプレでありがちな、自分がヒロインだと信じて疑わず、世界に順応できない哀れな人。
彼女も被害者だったが自業自得なのでどうでもいい。今回は子爵令息のフォローもしなくては。
確かあの子爵家は紡績事業を経営していたはずなので、関連する事業を担う貴族家を調べあげ、その中で婚約者のいない適齢の令嬢を中心にピックアップし、彼を始めとした同じく婚約者のいない令息を集め、お見合いパーティーのようなお茶会を数度開催した。
この目論見が上手くいき、彼はめでたく伯爵家の次女と婚約した。他にも数組のカップルが誕生したので成果は上々である。
前回はしなかったこのお見合いパーティーが成功したことにより、意図せずして社交界での支持が集まったことは嬉しい誤算だった。
そうして、三度目になる婚約破棄の場に臨み、今度こそと思っていたら。
「きゃああああ!」
そろそろ茶番劇が始まる頃だろうか、と思っていた矢先、悲鳴が上がった。何事かと視線を向けると、殿下と男爵令嬢が吐血していた。二人の足元に割れたグラスが落ちているのを見るに、毒を盛られたのだろう。
頭の中では冷静に考えていられるけど、体は凍り付いたように動かない。床に倒れる二人の姿を見ながら、一体どうしてこんなことに、とそればかり考えていた。
そしていつの間にか視界が真っ暗になっていて、気が付いたらまた一ヶ月前の朝に戻っていた。
それからも更に数度、巻き戻りとやり直しを繰り返した。そのやり直しの間、毎回殿下と男爵令嬢は殺された。毒の次は、中庭の噴水で溺れ、会場内の燭台からの火あぶり、階段からの滑落、バルコニーから転落、落雷による感電、会場に向かう馬車で賊に襲われる、二人で乗馬中に落馬。
精々膝までの水深の噴水で二人揃って溺れるなんて思いもよらないし、燭台から燃え移っただけの火を消火できずにそのまま、なんて本人達も周りも何をしていたんだと言いたくなるし、階段から落ちるのは不注意かもしれないが、バルコニーから転落は不注意どころではない。ましてや雷に撃たれるだなんてある意味物凄い強運だ。治安の良い筈の王都内で賊に襲われるのも通常ならあり得ないし、何なら最後の落馬は前日の話である。
彼らが不運の死を迎え続けるのは、もしかして強制力とか運命力とか因果律とか?言われているものなのではないか、と考えていたところで、また視界が暗くなっていく。
二人の死が十回、私のやり直しが九回を過ぎて、また視界が開けてくる。今度はどうしてくれようかと考えていると、いつもと何かが違う。まず、ベッドの上ではない。自分の部屋ではないどころか、屋外である。王城内の庭園でティータイム中だ。
ああ、まだ夢を見ているのね。
だって、ティータイムの相手が殿下だもの。殿下と二人きりのティータイムは一年前が最後の筈だ。この少し後くらいから忙しくなったりすれ違いが起きたり。今にして思えば、そのあたりにも強制力のようなものがあったのかもしれない。とはいえ。
目の前に澄まして座り優雅なティータイムを過ごしている婚約者には沸々と怒りが湧いてくる。この人の愚行のせいで私がどれだけ苦労したか!繰り返す度にやる事が増えていって忙しいなんてものじゃないし、この人もその周りも好き勝手するわ、言いがかりや難癖をつけてきて邪魔するわ、その愚行っぷりに嘆く王妃様からの主婦の愚痴のようなお喋りに付き合わされるわ。
何で私ばかりこんなに苦労しなきゃいけないの?仲が良かったはずの婚約者に裏切られ、酷い仕打ちに耐え、様々な問題解決のために奔走し続ける1ヶ月間を9回も、つまり9ヶ月間続けたということ。だけど、この繰り返しを知っているのは私だけ。私の苦労を誰も知らない。私の受けた傷は誰にも見えない。
「ベル、どうかしたのか?」
何も知らない、何の罪もないという顔をして、目の前の人が声をかけてくる。懐かしいくらい久しぶりに見る清廉さのある顔を見ていると、込み上げるものが抑えられなかった。
「…どうかしたのか、ですって?どうもこうもありませんわ!貴方のせいで私がどれ程苦労したか!あんな、浅ましさも隠し切れない男爵令嬢なんかに現を抜かして、腑抜けになって!愚行を繰り返し暴言まで吐いて!挙句に何度も何度も命を落として苦痛でしかない時間を何度も何度も繰り返させておいて!よくもそんなことが言えましたわね!婚約破棄くらいしても構いませんから、もう私を巻き込まないでください!!」
溜まりに溜まった鬱憤を晴らすように一息にまくし立て、言い切って肩で息をしながらもスッキリしていたが、ハッと我に返った。この場にいるのは自分と殿下だけだったし、これまでのこともあって勝手に夢だと思い込んでいたが、夢だとするには意識も感覚もハッキリしている。
嫌な予感がして、勢いに任せたせいで下を向いたままになっていた顔を上げられなかった。
「…ベル、ちょっと信じられない言葉が聞こえた気がするんだけど、詳しく話してくれるよね?」
顔を見なくても分かる。とんでもなく怒ってらっしゃる。
「どうしてよ!こんなのおかしい!私はヒロインなのに!!」
何度もやり直した卒業パーティー。でも今回は今までとは違う。殿下は私の隣にいるし、例の男爵令嬢は騎士達に拘束されて髪を振り乱して激昂している。可憐さや愛らしさなどどこにもない。取巻きになっていたメンツもそれぞれ婚約者と一緒にいたり、殿下の側に控えていたりと様々だが、男爵令嬢に向ける視線は皆冷ややかだ。
やはりというべきか、彼女は私と同じ転生者のようなものなのだろう。乙女ゲームと思わしき名称を言ったりイベントだとか悪役令嬢だとか何度か呟いていたのを聞いた。残念ながら私は乙女ゲームというのは小説の中だけで知っているもので、自分で遊んだことはないので全く知らなかったが、これまでのやり直しの記憶もあり、一年も時間があれば対策は万全にできた。
それに何より、今度は殿下が味方だったことが大きい。
一年前のお茶会の日、私は静かに怒る殿下に全てを白状させられた。信じてくれないかも、なんて悩んだり言い淀むことは許されなくて、やり直しの時とはまた違った絶望を味わったが、意外にもあっさり信じてくれた。そして一緒に対処法なんかを考えてくれたり、時には守ってもくれた。
そう、本当の殿下は優秀で頼もしい、王太子に相応しい人物なのだ。特別な能力があるわけでもない、ただの男爵令嬢に篭絡されていたのは、強制力やら何やらが働いていたとしか思えない。でも結局、彼女は乙女ゲームのヒロインとして相応しい人柄ではなかったため、物語の正当性が狂ってしまい、それを修正する為のまた別な強制力が働いてやり直しが起きたのではないだろうか。結果、全く違う物語になってしまったけど。
なんて、拘束されていた男爵令嬢が騎士達により退場させられるのを見送りながら考えていたら、隣りから視線を感じて反射的にそちらを向いた。
「どうかしましたか?」
「大丈夫だっただろう?」
「え?」
「このパーティーまで問題は多々起きたが全て対処できた。もう憂い事はないよな?」
あの日の殿下の言葉はきっと一生忘れない。
「お前の不安も心配も全て杞憂にしてみせる。一年後もその先もずっと、私の隣にいるのはお前だけだ。全部解決してみせるから、その暁には幸せな花嫁となって私の妃になってくれ」
あの時は返事はしなかった。だから今、ちゃんと応えないと。
「はい。殿下。これからも末永く、お側にいさせてください」
この時、何度も繰り返されてきた悪夢が、ようやく終わった。
王太子殿下の名前が出てきませんでしたね