紅葉のは
坂本ヤスは手紙を読み終え、ため息をついた。
はて、これは観音様に戻すべきか否や。いや無理だろう。蓋となっている木片は、自分の力量では元に戻せそうにない。かといって和尚に教えるのも……
幼馴染の和尚にこの手紙を渡すのはなんだか癪だ。
あの和尚の元に嫁がなかったのは、和尚に勇気がなかっただけなのだ。
世の男どもの意気地の無いことときたら! 今も昔も変わらんのか!
手紙の最後に認められた名前をふと見る。ウ冠がワ冠になっている……
うん、これは空海様の手紙ではない。このまま世に出すことはやめよう。本人も望んではおるまい。
坂本ヤスは手紙を元通りにたたみ、ポケットへとしまった。
そして再び掃除を始める。
ボランティアの男衆は外回りの清掃、落ち葉拾いをしている。例年通り落ち葉で焚火をし、今年も焼き芋を焼くはずだ。
あぁ、その時にこの手紙はくべてしまおう。
煙と成り天へと還すのが、この手紙を書いた男の本望だろう。
先ほどまでは、はたきを鬼神の如く奮っていた坂本ヤスであった。が、今はそれが嘘のように静かだ。
静と動。決して感傷的にそうなっているわけではない。
そう、それが彼女なのだ。
静かに、埃が舞わぬよう掃き掃除をする。
「掃いて除する」と書いて掃除。地に散った誇りを静かに慈愛をもって掃き集める。その横顔はそう、まさに観音様を思わせた。良きも悪きも等しく地にはたき落とし、そして等しく掃き集め、ちりとりに納める。
この世を浄化するが如く、在るがままにするために。
仕上げに全てを拭き上げる。丹念に丹念に。
それによって、
人の者の、在るがままの情念、思い、想い。
名無き魂が部屋中へと吹き上がる。
そこにどんな思いがあるのだろうか。
坂本ヤス(84)の目からは、それをはかることは出来ない。
全ての扉や窓を締め、静かに一礼し退室を示す彼女。
カタン
部屋の扉が閉められ静寂と成る。
ただそこには、清浄に磨き上げられた観音像と
その慈愛に満ちた視線の注ぐ
部屋が在った。