76話:存在進化
「うっ・・・く、何が起こったんだ・・・うぉっ!!こ・・・これは・・・」
思い出した。ジプソフィーラが2階の部屋に入ってきたから、確保するために親衛隊を連れて・・・
皆死んでいる・・・選りすぐりの者を集めたはずが・・・たった二人の、ジプソフィーラの護衛にやられたのか・・・
どうする・・・
護衛はそこの部屋にいるはず・・・外は魔物が暴れまわっている・・・ナターレは、もうダメだ!俺だけでも逃げなければ!そうだっ!俺さえ生き残れば、再び軍を引き連れてナターレを取り戻すこともできるはずだ!
階段を駆け下り厨房の裏口から外に出る。正門の方からは戦いの剣戟や怒声、爆発音が聞こえる。
今のうちに裏門から・・・!!
裏門に2匹のゴブリンがいる!?・・・いや、たかがゴブリンだ・・・2匹くらい俺でも!走りながら腰の剣を引き抜き上段に振り上げ、
「死ねええええええっ!!」
ズパッ!
あれ?おかしい・・・なぜ俺の背中が見えてるんだ?・・・
「【範囲拡大4】!」
「ソフィー様!」
「ソフィー!」
ジプソフィーラか!?何を!?
「お待たせしてしまって申し訳ありません!わたしに出来る最後の支援です!みなさん!死なないでください!!」
まさ・・・か!?”付与”は9つ・・・じゃない!?
「【付与魔術:物理攻撃2】!【付与魔術:魔法攻撃2】!」
ブワッ!
なんだこれは!?
ジプソフィーラが聞いたことのない言葉で何か叫ぶと、ワーキャットの足元の空気が渦を巻き始めた。渦は少しづつワーキャットの上半身を登っていくと、空に向かって一気に吹き上げた。
淡い紅色の髪が風に舞い踊り、服の裾がはためく。風が止むとワーキャットが大きく息を吸い込み吐き出す。
フシュルルルルルル・・・
呼吸が具現化したかのように、牙の隙間から吐く息が煙のように揺蕩う。
存在感が・・・進化した!?・・・コイツはワーキャットなんかじゃない・・・ワータイガー・・・
「あ~、これはたまんにゃいニャ~・・・ふふふ」
今までと別人だ・・・ワーキャットはまるで泥酔しているかのように、フラフラした動きで顔を上げわたしを見た。丸かった瞳孔が縦に細長くなり目が赤く光っている・・・
ゾクッ!!
冷や汗が噴き出る・・・膝の震えが止まらない・・・これは戦おうという目じゃない・・・獲物を弄ぶ目だ・・・
「おおおおおおおっ!!終わりだ!」
ガキィーン!!
アレクの剣が侯爵兵の盾を吹き飛ばしました。今までの膠着状態が嘘のようです。アレクの身体からは湯気のようなものが立ち上り、背後の景色が蜃気楼のように歪んでいます。
ただでさえ大きい身体のアレクですが、わたしの付与で盛り上がった筋肉が、体全体を大きく見せています。
「なに!?急に力が・・・!」
「くらえっ!」
剣を振り切った勢いを乗せて、左手の盾を無防備になった侯爵兵の胴体に叩き込みました。
「ごふっ・・・」
あばら骨が何本も砕け身体がくの字になった侯爵兵の身体が、アレクの力に押され浮き上がります。アレクが盾を引き数歩下がると、ゆっくりと頭から崩れ落ち動かなくなりました。
「素晴らしい!!素晴らしすぎる!!ジプソフィーラ様!!我が女神よっ!!」
誰が女神ですか・・・フィオーレ様が壊れてしまいました・・・こちらを向いて両手を広げ叫んでいます。気持ちわ・・・さわやかなつもりの笑顔で滂沱の涙を流しながら。
侯爵兵の風の魔法を受けてローブがズタズタになっていますが、まるで爽やかなそよ風を浴びているようです。気持ちよさそうに目を細めていますが、風が薄っすら赤く染まっていて血煙が漂っています・・・お怪我は大丈夫なのでしょうか?・・・
「うるさいですね、邪魔しないでください。【大砲2】【大砲2】【大砲2】【大砲2】【大砲2】・・・」
血煙でわたしの姿が見えにくくなると、フィオーレ様はわたしから視線を逸らすことなく、あてずっぽうで魔法を連打しました。
ドカカカカカカッ!!
「なんだこの威力はっ!!”風よ・・・”ぐあっ!」
侯爵兵は守りの魔法をあっさりと貫かれると、周りの侯爵兵十数人を巻き込んで吹き飛ばされました。
フィオーレ様はそれを見届けることもなく、再び両手を広げ・・・
・・・ルカ君の方を見てみましょう。
「【水流1】!」
ルカ君の水流魔法が空中に浮かんでいます。鋭い槍のようになって。
「降参してください。あなたに勝ち目はありません」
「少し恩恵があるからと生意気なゴブリンだ!その水攻撃は通じないぞ!」
「そうですか・・・」
ルカ君が手を振ると、水の槍が分裂し侯爵兵をぐるっと取り囲みました。その数16本!
「な!?なんだこれは!!」
「忠告はしましたよ【水流1】」
「ぐああああっ!!」
周囲から一斉に水の槍が襲い掛かり、侯爵兵は赤い水溜まりの中に沈みました。あれはルカ君の魔力操作スキルでしょうか?器用なことが出来るようになりましたね。
「ナナ・ド・ナイ!すまないがここまでだ」
「・・・がはっ・・・なぜ急に・・・」
クリザンテーモの短剣が侯爵兵の心臓に突き刺さっています。
「主様の”付与魔術”を受けて我らが負けるはずがない」
「理由に・・・なって・・・ませんよ・・・」
・・・さすがに容赦ないですね。大隊の副隊長らしいですが、いつの間にか倒していました・・・わたしの付与魔術ってもしかしなくてもスゴイのでしょうか?
後はニンフェアとプルーニャが戦っているだけで、他の侯爵兵は呆然と見ています。上官が次々に討たれ、現実を見れなくなってしまったのでしょうか?影たちも遠巻きに牽制するにとどめ、ニンフェアとプルーニャの決着の邪魔をさせまいとしています。
「これで終わりだね。悪いけど侯爵軍には魔物集団に負けてもらうよ」
魔力が透けて見えるようだ・・・ワシに勝てる相手じゃない!・・・身体から溢れてオーラのように漂う魔力。背中の羽から飛び出した光る鱗粉が魔物の周りをゆっくりと漂い、身体を守っているかのように見える・・・間違いない・・・こいつはA級、いやS級の魔物だ!!・・・冷や汗が滝のように流れローブを濡らし、その色を暗く染める。
「バイバイ【爆発3】」
目に見える程濃縮された魔力の塊が迫ってきた。逃げられない・・・無駄とは思いつつ長年の鍛錬の癖で咄嗟に防御の恩恵を発動させる。神の恩恵か・・・恩恵などこの魔物の前では・・・
「”我を守れ・・・”・・・」
ドゥンッ!!
「そろそろトドメを刺させてもらうニャ」
「がはっ・・・」
マズい・・・殺られるっ!?先ほどまでとはけた違いに強い!・・・俺が地面に倒れ伏し、ワーキャットが立っている。こんなことを許せるかっ!?立ち上がろうと力を入れた時、背中に括り付けていた鞘の紐が切れ剣が地面に落ちた。
カランッ・・・!?
「迷宮」で手に入れた謎の剣。禍々しい気配がするため、まだ魔力は通していない。未知の魔道具はどんな効果があるか分からない。呪われることすら・・・
「それじゃ、さよにゃらニャ」
賭けるしかないっ!
「真の力を見せてみろっ!魔剣よ!」
ワーキャットの攻撃を転がって避けながら、魔剣に魔力をぶち込んだ・・・




