64話:異変
「・・・以上で報告を終わります」
”魔の森”で2個連隊が壊滅し、生き残りはリッチ侯爵領へ帰投しつつある。
わたしは報告のために王都のリッチ侯爵邸に立ち寄っていた。
リッチ侯爵はしばし沈黙し熟考しているようです。
「フォンターナ中佐。君の考察はいつも的確で信じるに値するが・・・魔物を操っている者が本当にいると?」
「魔物同士の配置、連携、タイミング、あれは人間の思考です。魔物が偶然そのように行動したとは思えません」
”魔の森”を抜ける、そのタイミングは人間が一番油断する時だ。驚異の森を進軍し、安全な平野に出られる。誰しも気が抜けるだろう時を狙われた。
狭い街道で隊列が伸び切っている状態で頭を押さえられ、その直後に後背を絶つ。500名いるとはいえ実際に戦うことができるのは数十人いるかどうか。そして前後から悲鳴が聞こえ状況が分からない中腹に、左右の森からの奇襲・・・。わたしが敵であっても同じ戦法を取るだろう。
「そういえば父の代に【魔物調教】スキルを持っていた者がいたな・・・まさかそれか?」
「わたしも聞いたことがあります。あの見事な連携・・・【魔物調教】かその上位版の【魔物使役】かもしれません・・・」
問題は魔物を操っていた者が何者かということだが。
「ふむ・・・中佐ならどうすればいいと思うかね?」
「数で押しても意味はありません。少数精鋭で排除するか、森を焼くか、ですね」
ギシッ
リッチ侯爵が背もたれに身体を預け椅子が軋む。
「王都近くに魔物のいる森があるのは看過できぬな・・・国王に奏上して魔物討伐の軍を起こすか?・・・貴重な食糧庫であるナターレとの街道を魔物から取り返さねばなるまい。王国の直轄迷宮もあることだしな。その際偶然森が焼けてしまっても仕方あるまい」
「・・・兵の準備はいかがいたしましょう」
今回500名のうち無事なものは100名といない。前日のオオカミの襲撃も合わせて死者87名、重軽傷者300余名。ゴブリン・ロードにも大隊が壊滅させられたと聞く・・・軍の再編成は急務だ。
「次は他の領主たちに任せよう。我々だけが消耗するのは面白くない。森の失火の責任も負ってもらわねばなるまい?」
そう言うことですか。しかしそれでは・・・
「我が軍が動かないとなるとフラヴィオ様への援軍が遅れてしまいますが、いかがなさいますか?」
「よい、それまで持ちこたえられぬのならそれまでの男よ。それより」
侯爵様が一呼吸置いておっしゃいました。
「ナターレの娘、ジプソフィーラと言ったか?探し出して殺せ」
ロリコンです・・・どうしましょう、生まれて初めて貞操の危機を感じています・・・
話では聞いたことがありましたが本当にいるのですね・・・ロリコン・・・
危機に面したからでしょうか・・・動機が激しくなって熱もでてきたっぽいです・・・このまま死んでしまうのでしょうか・・・
「えっと・・・それで・・・何のお話でしたっけ?・・・」
あ~~~~頭も回りません!!誰かた~す~け~て~・・・
「ソフィー様?侯爵軍がすでに動いているという話だけど」
「ああ、そうでした!500名の軍ですね、コカトリスと4人で防げるものでしょうか?・・・」
ニンフェアが考え込んでいますが、ロリコ・・・フィオーレ様が、
「コカトリスですか~それはまた強力な魔物を使役してますね~魔の森の出口に配置すれば簡単には抜けられないでしょう」
「でも視線の届かない木の影や遠くから遠距離魔法を使われれば?」
ニンフェアが問題点を指摘しますが、はぁはぁ。
「確かに視線さえ遮ってしまえばあとは毒息だけですから、接近しなければ倒すことは難しくないでしょう。ですがわたしならコカトリスで進軍を止め、背後から体格のいい魔物で退路を断ち、同時に左右の森から奇襲させますね」
ロリコンですが・・・有能なのは確かなようです。はぁはぁ、ロリコンですが・・・
「作戦行動をとっている者がそれだけのことができるかどうかですが・・・」
「そうです!フィオーレ様の【でんたちゅ】・・・【でんたつ】、スキルならばどうですか?・・・」
もうっ!!この言葉言いにくいです!!顔が熱くなってきました!
「残念ですが、わたしの【でんたちゅ】スキルは会ったことのない者には使えないのです」
くあ~!むかつきます!!わざと間違えましたね・・・はぁはぁ。
「でんたちゅ、ぷっ」
ニンフェアまで!!きぃ~~~っ!・・・
「もういいです!うちにも【念話】スキルを持ってる方がいますから!」
「ほぉ」
すぐに呼んでもらおうと思った時ドアがノックされました。どなたでしょう?はぁはぁ。
「どうぞ」
「失礼します。ジプソフィーラ様、影から報告が入りました」
クリザンテーモさんです。チラッとフィオーレ様を見てからニンフェアに視線を向けます。
ニンフェアが頷くのを見て報告を続けます。
「”魔の森”に派遣していた4名からの報告で、侯爵軍500を撃退したそうです」
「え!?本当ですか!」
「やりますね~」
良かった!どうなるかと思っていたところに良い情報が入ってきました。
「それでグラディオロさんたちは?」
「全員無事です。コカトリス達魔物がいい働きをしてくれたようです。こちらが詳細になります」
「そうですか、よく頑張ってくれました。みなさんにお礼を・・・」
クリザンテーモさんから報告書を受け取り、何か褒美になる物はないかと思考を巡らせると、昼間ルカ君がワインを入手できたと言っていました。
「そうです。少ないですがワインを送ってあげることはできますか?」
「そうですね、多少なら構わないでしょう」
「ありがとうございます。手配をお願いしてもよろしいですか?」
「承りました」
クリザンテーモさんが部屋を出ていきました。これで憂いのひとつが消えましたね。あとは・・・はぁはぁ。
「領内の侯爵軍をなんとかすれば・・・はぁはぁ」
「やりすぎましたね~」
いつの間にか報告書を手にしたフィオーレ様が、数字とにらめっこをしてダメ出しをします。
「やりすぎ・・・ですか?・・・こほっ」
「十数人の死者ならば恐怖を植え付けて押し返せますが、死傷者が400人もいては・・・禁軍が動きます」
禁軍!?国王軍の精鋭ですか!?
「各地の領主にも招集がかかるでしょう。もうすぐ収穫時期です。それまでに街道を通さないと食料の供給が不安定になりますからね」
「で、でも、街道は狭くて多数の軍隊が来ても?・・・こほっ」
「わたしなら森を焼きますね~それで解決です」
そ・・・そんな・・・ショックで立ち眩みが起きたみたいです。足から力が抜け尻もちをついてしまいました。はぁはぁ。
地面にへたり込んだわたしをニンフェアが心配して助け起こしてくれます。
「ソフィー様大丈・・・ん?」
ニンフェアの手は冷たいですね~額に触れたニンフェアが慌てて叫びました。
「熱がある!プルーニャ起きろ!医者をよんでくれ!!」
「んニャ?」
難しいお話ばかりでプルーニャのことを忘れてました。いたんですね。こほっ。