60話:魔の森
「よぉしっ!全軍とまれぇえいっ!」
命令するしか能のない男爵が大声を上げて命令をしている。
「今日はここで野営とする準備にかかれっ!!」
「「「はっ!!」」」
明日にはここを抜けて、いよいよナターレ領に向かう。一番の難所である”魔の森”だ。
「ここが”魔の森”ですか~まあこれだけの軍で進軍すれば、魔物も逃げていくでしょうな。はっはっは」
本質を理解していないクズ男爵めが。
「そうだな。男爵はゴブリン・ロードという魔物を知っておるのか?」
「いえ、見たことはありませんが、所詮はゴブリンでしょう。はっはっは」
使えん男だな・・・情報の大切さを理解していない。ゴブリンはD級の魔物。弱いと思われがちだがそれは1個体の話で、ゴブリンの本質は集団での連携攻撃だ。力は弱いが剣を扱え、弓も使え恩恵をも繰り出す。軍隊と同じなのだ。そしてロードは外見こそゴブリンだがその実は別物だ。単体でA級の魔物なのは伊達ではなく、実力のある者しかなれない大隊長クラスでは1人で相手は出来ないであろう。大隊長と同等と言われるA級冒険者でも、数人がかりでなんとか勝てるかどうかという強さだ。ちなみに連隊長以上の隊長は貴族しかなることができない為、実力がないこの男爵のような者が隊長を務めることもある。
「夜になると森から魔物が出てくるらしい。十分警戒させるように」
「かしこまりました~お任せください!」
一応くぎを刺しておくが、見張りの手配くらいはできるであろう。
「それで、昨夜の被害は?」
一夜明け、わたしの怒りは振り切れてしまった。作戦本部を置いている天幕にゴミ男爵を呼び出し、昨夜の魔物襲撃事件の報告をさせる。
「いえ、それが・・・見張りを怠った者がいまして・・・厳しい罰を与えておきます!」
「聞こえなかったのか?被害報告をせよ」
男爵が脂汗をながして言い淀む。あれほど忠告してやったと言うのにこの男は・・・
今回の援軍は2個連隊500名にのぼる。わたし、フォンターナ子爵中佐が第1連隊を預かり、第2連隊の連隊長はこのゴミのような男爵中尉だ。
わたしの方が爵位も階級も上なため、2連隊の隊長も兼任しているが、残念ながらわたしにこの男爵の解任権限がない。
「は、はっ!申し訳ありません!未だ混乱が収まらず被害状況を確認中でして・・・」
ようやく行った報告がこれだけだ。何も期待はしてないがこれではただの伝令にも劣る。
「はぁ・・・もうよい、下がれ!」
「はっ!失礼いたしますっ!」
ふぅ・・・知らず知らずにため息が出る。
「頭が痛そうですね閣下」
「閣下はよせ、それでどうなんだビアンキ?」
今回副官として連れてきているビアンキ軍曹に昨夜の被害報告を頼む。
「はい。昨夜は森の西側からオオカミの魔物の群れが現れたようです。視認できたのは5頭ほどでしたがオオカミの習性を考えれば、10はいるかと」
曖昧な問いかけにも欲しい情報をくれる。平民の方が使えるとは情けない。
「ふむ。それで?」
「被害の詳細は調査中ですが、概算で死傷者50名前後。死者確定が6名です」
見張りは何をやっていたんだ・・・
「ちなみに見張りは男爵の用事で走り回っており、持ち場についていなかったようです」
使えんだけならまだしも、足を引っ張るとは!
そもそもからしてなんだこの戦力の逐次投入は!先日1個連隊250名投入しておきながら、また援軍とは・・・これではその都度すりつぶされるだけではないか!
ナターレ領は王国でも屈指の魔物出現地域。”魔の森”を抜けられるとはいえ、街道を少し逸れただけで魔物が跳梁跋扈している人外の世界だ。
少人数で移動するならともかく、軍隊が通過するには街道は狭く隊列が長く伸びるため、前後の連絡にも時を要する。
50年ほど前に”精霊”の力を借りて街道を通したらしいが、そんな得体のしれない者の力がいつまでも持続するものか!街道に魔物が現れない保証もなく、前後を抑えられたらおしまいだ。森は深く、いつ左右から奇襲されるかも分からない。狭隘な谷を進軍するのと変わらない、危険な行軍だ。
「50名も死傷者がでるとなると、再編成が必要か?」
「主に森側に配置された弓兵が被害を受けています。弓大隊が一つ丸まる消失ですね」
ギリッ・・・奥歯を強く噛みしめる。
「なぜ森側に弓兵をおいたのだ・・・」
常識から逸脱する兵配置に血管が切れそうになる。
「あの男ですよ。何も考えず配置したようですね・・・」
「ゴミがっ!」
通常野営する場合外周に近接、盾持ちなどを配置し弓兵、恩恵職は内側に配置する。弓兵、恩恵職ではいきなり襲われたら反撃のしようもないからだ。
「頭が痛いな・・・戦地に着く前に戦力の10%を失うとは・・・」
「撤退・・・なさいますか?」
「そうしたいとこだがな・・・そういうわけにもいかん・・・混乱が収まり次第出立する。準備を」
「はっ」
”魔の森”か・・・嫌な予感がする・・・無事に抜けられれば良いが・・・
「んじゃそろそろ行こうか?」
「なぜ目隠しをされるのか伺ってもよろしいですか?・・・」
「まだ完全に信用したわけではないからね。場所を知られるわけにはいかないよ」
とりあえずコルニオロさんには簀巻きになってもらい目隠しをして移動する。
「用心深いですね~。あ~こうして何も見えないと、ジプソフィーラ様の御姿を想像してしまいます!早くお会いしたいですね~」
コルニオロさん・・・コイツはもう呼び捨てでいいか、貴族らしいけど。コルニオロは生粋のロリコンだ。12歳のソフィー様が上司と言ったら何の条件も聞かず協力すると申し出た。
「ニンフェア・・・大丈夫にゃのかニャ?」
プルーニャがソフィー様の身を案じて、コルニオロをソフィー様に会わせるのを反対している。
「まあしつけはしっかりしたから大丈夫だとは思うけどね。コルニオロ!!」
「いっ!・・・いえすろり~たのぉ~たっちぃ~!!」
コルニオロが気おつけの姿勢になり叫ぶ。よしよし。ほらね?
「本当に・・・大丈夫にゃの?・・・ジンマシンでてきたんだけどニャ・・・」
腕をかきむしりながらプルーニャが言う。
「まあ、使えるのは本当だよ。それじゃ出発しよう」
本当にきやがった。いよいよ開戦ののろしだな。普通の人間だとまず通れない”魔の森”の中を疾走する。
俺の前には2頭のオオカミ、左右にも1頭づつ、そして後ろに1頭がいる。決して襲われているわけではなくチームを組んでいるのだ。左に視線を向け太陽の位置を確認する。朝日が見えた。折り重なった木々や葉っぱに隠され本来なら見えることはないが、俺には”熱”が見える。
昨夜遅く偵察に出てみたら、遥か先に大量の”熱”が見えた。一人、二人なら見える距離じゃなかったが、さすがに数百人もいると、水平線の先に見える漁火の列のように見えた。近寄ってみると森の出口付近に大量のテントが張られ、軍隊が野営をしていた。不思議と見張りが見当たらないが、テントの周囲には侯爵軍の旗が立っている。侯爵軍の野営地か。襲ってくださいと言わんばかりの状態で、あまりに無防備なので罠ではないか?と思ったが、【熱感知2】には伏兵の姿も映らない。
「試してみるか・・・オオカミ達・・・えっと・・・」
懐から紙片を取り出し名前を確認する。指を一本立て、
「ウル、ルーポはテントを壊してまわれ。ループス、リリコスは出てきた兵士を狙え。怪我を負わせるだけでもいい。ヴォイフは皆の援護を。いいかい?」
5匹のオオカミが一回大きくしっぽを振る。指を立ててる時は「吠えるな」の合図だ。俺には魔物調教はないが、ミーナがあらかじめ命じておけば俺でも従えることが出来る。頼もしい味方だ。
「いけ!」
オオカミ達は無防備な侯爵軍に襲い掛かり、わずか数分で多数の被害を与えた。野営地に悲鳴や怒号が響き渡りあわただしくなってきた頃、ヴォイフが遠吠えで撤収の合図を送り、一斉に引き上げてきた。上出来だ!
俺と戻ってきたオオカミたちは”魔の森”深くに消える。”魔の森”の中を追いかけてくる者は誰もいない。
”魔の森”を疾走していると右前1キロに魔物の群れがいた。念のため進路を左方向に修正する。オオカミたちは俺に合わせて進路を変える。本当によく調教したもんだ。
しばらく走ると1人の熱が見えた。オオカミが一斉に遠吠えをして作戦開始の合図をする。
「ディオ!どうだった?」
「くるぞ!侯爵軍およそ500だな」
ミーナの差し出した水袋を受け取り一気に煽る。
ジプソフィーラ様の読みでは4、5日後と言うことだったがわずか1日で進軍してきた。あの無防備さは緊急招集されたせいなのか?
戻ってくるとオオカミ達はミーナの前に整列する。
「わかった。ウルフちゃんたちも配置についてね。決して無理はしないこと!怪我をしたら仲間で助け合って、デーア・・・姉さんのところに連れて行くこと!いいわね!」
「「「ウォン!!」」」
オオカミたちが森の中に戻っていく。ミルとデーア姉さんの姿が見えないからすでに配置についたのだろう。左右の森にはたくさんの魔物の熱があるので個体識別が困難になった。みんな頼もしい仲間だ。そして一番の戦力がコカトリスだ!朝日が差し込まない暗い森の中にそびえる巨大なコカトリスは死の象徴のように見える。
「カトリ君頼りにしてるわよ!がんばって!」
「コケエエエエエッ!!」
コカトリスが返事をしながら巨大な羽をバッサバッサと羽ばたかせる。
「みんな頼むぞっ!」
「そろそろ”魔の森”を抜けます。ナターレの領都、エリカの町まではおよそ半日の距離です」
何事もなく抜けれたか・・・取り越し苦労だったか?
「「「「うわああああああああっ!!!」」」」
突如前方から多数の悲鳴が聞こえた。ここからでは見えないが逃げようとする兵士と進軍する兵士がぶつかって混乱が起きているようだ。しばらくすると連絡用に空けている街道の左側から馬に乗って伝令が戻ってきた。
「何事だっ!!」
「待ち伏せです!森の出口にっ・・・!」
待ち伏せだと!?
「ナターレ軍か!?」
「いえっ!魔物です!!」
魔物が待ち伏せ!?統制の取れた魔物がいるのか。頭を押さえられた・・・まさか!?
「後方の安全確保を!!」
急いで伝令を後方に向かわせようとした時、遠く後方から悲鳴が聞こえてきた。
「ぎゃああああっ・・・」
再び後方から伝令が走ってくると思った通りの報告をしてきた。
「後ろからトロールが2匹現れましたっ!!」
トロールはギリギリ大型の魔物に分類されるB級の魔物だ。やはり後方を押さえに来た・・・とゆうことは・・・
「槍隊!左右の森に槍衾を!!」
「うわああああああっ!!」
言い終わらないうちに左右の森の中から魔物が飛び出して来た。すべて後手にっ・・・小型の魔物が足元を走り回り兵士の足に怪我を負わせていく。オークなどの人型の魔物は森からでることはなく大きな石を投擲してきた。けが人が多数発生し混乱状態に陥る。
おかしい、軍隊並みの連携だ。猪突猛進のオークが接近戦を挑んでこない。あくまで小型の魔物の援護に徹して弓で狙われると木を盾にして後退する。
「中衛弓隊!弓を放棄!ショートソードとラウンドシールドの近接換装で、後方トロールを突破せよ!!」
完全にやられた。前後を抑えられ、左右から挟撃される・・・ナターレ領は進軍するにはあまりにも危険な地だ。
もはや戦にもなるまい・・・今は少しでも多くの兵を逃がすことだけ考えよう。




