35話:パパーヴェロ・ディ・ナターレ子爵
「旦那様!おかえりなさいませ」
「ああ、ジニアただいま。皆も無事かい?」
館に戻るとメイド長のジニアが出迎えてくれた。
「館の方は問題ありません。リッチの手の者はここには寄らず、直接「迷宮」に向かいましたので」
「そうか。ソフィーの情報は?」
「影の報告では無事に「迷宮」に入れたとのことです。ただ、迷宮の町での準備中に緊急で入ったため、ニンフェアとプルーニャ以外は2名の兵士が同行したのみです」
護衛が少ないのが気になるが・・・
「ロートは同行出来たのか?」
「・・・リッチの手の者に斬られ死亡しました」
何をしてるんだあの男は・・・ロートは兵士としては強くはない。あの男の能力は・・・
「あれで指揮能力は悪くなかったのだがね・・・」
ソフィーが無事に入れただけ良しとするしかないか。ニンフェアとプルーニャならソフィーを守り切ってくれるだろう。むしろ脱出するために「迷宮」の入り口をなんとかしなくては。
わたしはパパーヴェロ・ディ・ナターレ子爵。先日昇爵の儀を終えて子爵となり、ナターレに戻ってきたところだ。
財務大臣であるリカルド・ネル・リッチ侯爵が、欲に目がくらみ我がナターレ領の「迷宮」を奪いに来た。
王国直轄地と言えば聞こえはいいが、管理を行うのはリッチ侯爵だ。実質奴の個人資産になるだろう。
現在のフリージア王国国王、バルビエリ三世陛下は可もなく不可もない平凡な人物で、昨年の戦争ではその性格を甘く見られ、南のノワ・ド・ココ砂漠王国から侵攻を受けた。
我がナターレ領からも騎士団1000名、臨時募集の農民兵2000名の兵力を総員したが、ナターレの富に嫉妬した貴族どもに前線に送られ見捨てられた。生き残った者は100名にも満たず騎士団は壊滅した。皆には悪いことをした・・・せっかく豊かになれたというのに・・・
約半年続いた戦争は西のオルテンスィア公国からの救援で、ノワ・ド・ココ砂漠王国が侵攻を断念したため終戦を迎えた。砂漠王国からの侵攻は昔から頻発しており、豊かな土地を狙い隙あらば侵攻してくる。逆侵攻したこともあったが、砂漠と言う特殊な場所での戦闘は、完全に相手側に地の利があり多大な犠牲を出した。
こちらから反撃しても得られる土地は砂漠のみで、犠牲に見合う収穫がないため防戦一辺倒だ。
「オルテンシア様は?」
「ソフィー様の出立と同時に眠りに入られております。起きていられる時間が残り「5日程度」とか・・・」
執務室に向かいながら話を続ける。
「オルテンシア様の知識をお借りしたかったのだけどね・・・」
お義父さんの話が本当なら、オルテンシア様は遥か古代の超文明の知識を有している・・・扉を開け執務室に入ると、部屋の中にはジニアの母で副メイド長のアドリアが待っていた。
「旦那様、ご無事で何よりです」
「ありがとうアドリア。留守中に問題はなかったかい?」
「リッチ侯爵から迷宮維持管理員と、護衛警護兵120人の駐留を求める書状が着ています」
「早いな・・・それ以外は?」
「特には」
「わかった。通常業務に戻ってくれ」
アドリアが一礼して部屋を退出する。
「・・・ジニア、ナターレ領の現在の兵力は?」
「騎士団が壊滅した後の補充が出来ていませんので・・・純粋な戦力は領兵195名、訓練中の兵が100名ほどです」
「ほんとに治安維持の兵力しか残っていないか・・・」
何が護衛警護兵だ。120人ということは侯爵軍2大隊を送り込んでくるつもりだろう。こんなに早く動くとは、かなり前から準備していた証拠だ
「影が裏表合わせて28名、冒険者が439名登録されています」
「冒険者はナターレ領以外の者も多い。戦力にはならないね・・・ソフィーのために、このナターレを潰す覚悟も必要そうだね」
これは賭けになるけど・・・
「帝国の義伯母様、女王に打診してみるか・・・」
この大陸には6大国が存在する。
北のヴィユノーク帝国、東のネルケ諸島連合国、南のノワ・ド・ココ砂漠王国、中央のゼア・マイス王国、西のオルテンスィア公国、そして南西の半島にある我が国、フリージア王国だ。
ヴィユノーク帝国の女王マニョーリア・デル・ヴィユノークは、4年前に亡くなった義母ステッラの姉だ。
10代で戴冠したというから60年以上皇帝の座に君臨していることになる。
ヴィユノーク帝国は初代女王から女系継承が決まっている。1000年以上にも及ぶ帝国の歴史においては、血筋が途絶えたこともあるそうだが、その度市井にまぎれている数代前の女系遺伝の継承者を探し出し、女王に据えるという。
マニョーリア女王には4人の息子がいるそうだが、娘はいない。4人目の息子を産んだ後に、子宮に腫物ができ子供を産めなくなったそうだ。回復魔法で怪我は治せても病気を治すことはできない。そのため女王の女系遺伝は途絶えた。
すでに高齢のため継承者の捜索が行われているそうだが未だ見つかっていない。女王の妹である義母ステッラの足取りを探しているはずだが、義母の守護精霊の力で存在は隠されているはずだ。
そして我が妻プラトリーナに受け継がれ、現在女王以外の唯一の女系遺伝の継承者が我が娘ソフィーなのだ。
「女王にソフィーのことが知れれば、間違いなく次代女王にされてしまうだろう。ソフィーが望むならそれでも良いが、ソフィーはそれを拒否した。かと言ってこのままナターレにいれば、リッチ侯爵の息子と望まぬ結婚をさせられるか、暗殺される可能性も高い・・・」
椅子に深く腰掛け天井を見る。ソフィーの為にはどれが正解なのか・・・
「帝国の女王は代々気がふれる者が多いそうです。女王の重圧なのか何か秘密があるのか・・・事実、現在の女王も怪しい動きをしています。・・・そんな立場にお嬢様を立たせるわけにはいきません」
ジニアは昔からソフィーのことを第一に考えて行動してくれる。帝国に知らせるのは反対のようだ。
「そうだね・・・帝国への打診は最後の手段だ。ソフィーも「迷宮」で生きるか死ぬかの厳しい戦いをしているんだ、ソフィー救出のために我々も頑張らないとね」
「はい。リッチ侯爵軍の排除準備を進めておきます。お嬢様どうかご無事で・・・」
「はいはいプルーニャ次きますよ~」
「ソ、ソフィー!仲間ににゃってからわたしの扱いがひどくにゃったニャ~!」
「文句言わない!【爆発3!】」
ドオオオォンッ!
ニンフェアの魔法で吹っ飛ばしたのは30cmくらいのカタツムリの群れです。一度に10匹以上吹き飛んでいますが、次から次へと沸いてきて迫ってきます。のそのそ這うイメージのカタツムリですが、ここのカタツムリは滑るように移動します。しかも速い・・・なにか引き寄せる物でもあるのでしょうか?・・・
プルーニャが魔法を搔い潜って迫るカタツムリを片っ端から切り捨てています。
あ、またレベルが上がりました。このカタツムリたいして強くないのですが(本当は強いのでしょうけど)倒しても倒しても沸いてくる上に、なぜかわたしを標的にしているような・・・あれだけ被害を与えているプルーニャが見向きもされていません。ん~・・・
わたしを護衛しているニンフェアが目の前にいます。もしかして・・・
「あ~やっぱり・・・」
「な!?ソフィー様ボクの後ろに隠れていてくだ・・・」
「カタツムリの狙いはニンフェアだわ」
「え?」
わたしがニンフェアの影から出て斜め前に飛び出しましたが、カタツムリはそのままニンフェアに向かっていきます。おそらく魔力に引かれているのでしょうね。
「ニンフェア魔石を使わずに魔法をぶっ放してください。魔力を空にして!プルーニャは戻ってください」
「はいニャ~」
「よくわかりませんけど、【雷撃2】!【雷撃2】!【雷撃2】!」
稲光で目の前が真っ白になりました。これだけ通路に密集していると爆発より貫通の雷撃の方が効率がいいですね。あ、またレベルがあがりました。
「あああ・・・”レベル”が上がって魔力が回復してしまいました・・・」
「ちょうどいいので上げられるだけ上げちゃいましょう。プルーニャは後方警戒お願いします」
「アイアイニャ~」




