1話:ジプソフィーラ
「ねえ!このドレスはどうかしら?」
「お嬢様、いい加減にしないと視察時間になってしまいますよ?」
ドレッサーの前で着せ替え人形に志願しているわたしを、メイド長のジニアがため息をついて見ている。
訂正、その腕に大量の保留衣装を抱えているせいでわたしを見れてない。
「だってどれもかわいいんですもの」
昨日王都から久しぶりに交易商人がやってきて、大量の衣装を持ってきてくれました。
わたしのお父様ははこの領地の領主、パパーヴェロ・ディ・ナターレ辺境男爵、そしてわたしは一人娘のジプソフィーラ・ディ・ナターレ。12歳。
自分で言うのもなんだけどかなりかわいい!・・・はず。お母様ゆずりのぱっちりとした目は深緑の瞳、肌は雪のように白く淡いピンクの髪はストレートで腰近くまで伸びています。
お母様はわたしを産んですぐに亡くなったらしく肖像画でしか見たことはありません。さして広くもない館ですけど、玄関ホールに入ってすぐ正面の階段の踊り場に飾られています。
お母様の肖像画はとても美しく、見たこともないかわいらしいドレスを着ていました。
わたしがかわいい服を求めるのはこの絵を見た時からです。お母様のようになりたい、と。
「ソフィー、準備はできたかい?」
「お父様!どちらのドレスがいいと思いますか?」
扉を開けてお父様がお部屋に入ってきました。わたしはすかさず両手にそれぞれ持っていた2着の衣装を見せてお伺いをたてます。
「旦那様、お嬢様とはいえお着換え中に入室するのはいかがなものかと」
「ああ、すまないね、すぐに出るよ。ソフィー左の黄緑のドレスがいいと思うな。急いでね」
お父様はそう言って部屋を出て行きました。せわしないですね。
「そうね、わたしもこちらがいいと思っていたの!ジニア、手伝ってちょうだい!」
そう言って部屋着を脱ぎ捨てました。
フレージア王国の辺境に位置するナターレ辺境男爵領。国土の5%もの面積を誇り食料生産量は実に10%にもなります。にもかかわらず人口は1%にも満たないアンバランスな領地です。
50年ほど前に開墾永年私財法、つまり開拓した土地はすべて自分のものにできる法律ができて、冒険者だったおじい様とおばあ様が開墾しました。
ナターレ領は王都の南、”魔の森”と呼ばれる大森林の先にあって、当時は誰も森を抜けることができなかったそうです。
と言うか、昔は半島の先まで森だと思われていました。
方向感覚がおかしくなる不思議な森で、うかつに踏み込めば迷ってのたれ死ぬか、魔物にやられて命を落とすとか・・・。
しかし精霊使いだったおばあ様は精霊の力を借りて安全に通り抜けられる道を作り、その先に広大な肥沃な大地を見つけたのです。
トップクラスの冒険者だったおじい様の誘いで、数多くの引退冒険者たちが集まりあっという間に村ができ発展していきました。
この土地に目を付けた貴族達に嫌がらせをされたこともあったらしいですけど、そのすべてを蹴散らしたそうです。まあ、元冒険者だらけの村ですしね。
おじい様はその肥沃な土地を大穀倉地帯にして国の食糧庫に育て上げ、その功績により男爵に昇爵したのでした。ナターレ領誕生!ばんざい!
お父様の代になるとさらに発展して、村は町になり街道整備もして人口も増えていきました。そしてついに「迷宮」を発見したのです。
「迷宮」はこの大陸の中で3つだけ見つかっている不思議な地下施設で、中は魔物に占拠されています。
地上の魔物と違い倒すと消えてしまい、色々なアイテムを残すらしいです。
王国では初めて発見された迷宮であり、ナターレの冒険者が手に入れた貴重な宝剣をお父様が買い上げ国王に献上したことにより昇爵が決まりました。
しかし国の食糧庫であり、迷宮もあるナターレ男爵の力を恐れた他の貴族の横やりのせいで、辺境男爵という子爵相当の新しい爵位をつくり与えられました。
「ジニアどうかしら?」
「大変かわいらしくてお似合いですよお嬢様」
わたしは黄緑のドレスを着てくるっと一回転してジニアに声をかけます。うん、かわいいですね。
「では!参りましょう」
お父様と一緒に近隣の村を視察してまわり町に戻ってきました。
ナターレ領には7つの村と1つの町があり、町と言えば領主の館のあるこのエリカの町のことです。
主な産業は農業ですが最近は迷宮探索が活発化してきたおかげで、魔物から産出する素材やアイテムが一大産業になりつつあります。
王国で唯一の迷宮であるため産出する素材はどれも珍しく、高値で売れるそうです。そのためナターレ領は豊でわたしが少しぐらいドレスで贅沢しても問題ない・・・くらいです。
各村では村長に今年の育成状況を確認しました。このままいけば今年も豊作になりそうで、喜ばしいことですね。
とは言え何も問題がないわけではありません。村によっては作物輸送用の街道整備は完了していないし、「迷宮」周辺は毎年川の氾濫で被害を受けています。耕作地に向かないので長年調査もされず、そのため「迷宮」発見が遅れたのですが。
来週には夏野菜の収穫を終え一段落するらしいので川の堤防補修を行うとか。
領主の館に向け馬車はゆっくり進んでいきます。楽しそうにしている領民や子供をみているとホッコリしますね。少しだけ高級な住宅街にさしかかると建物の間の薄暗い路地の中に女性がいるのが見えました。
「え?いまのは・・・」
「どうしたんだい?ソフィー」
わたしのつぶやきを聞いてお父様が声をかけてきました。
「お父様、馬車を止めてください!」
何かあったのかと思い、お父様は聞き返さずすかさず御者に指示を出します。
馬車が止まるとわたしは馬車を飛び出し先ほどの路地まで走って戻ります。慣れたもので護衛をしている兵士のうち2人が無言のうちに私の横に並びました。路地につくと兵士がわたしの前に回り込んで中をうかがいます。おっきな背中ですね・・・見えませんよ!
兵士のわきの下からなんとか中を覗き込むと、先ほど見かけた女性が壁にもたれかかってこちらを見ていました。
ところどころ破れた薄汚れたメイド服に右腕は肘から先がなく、スカートは足首まであるロングですが下から裂けて左足が腿まで見えています。その右腕や頭や左足にも痛々しく包帯がまかれています。左腰に細剣を吊っているので利き腕を失ったのでしょうか。ん?メイドが帯剣?不思議には思いましたけどお父様に保護をお願いすることにしました。
「あなた大丈夫ですの!?」
わたしは彼女に駆け寄り声をかけます。
女性はこちらを見ているけど何も見ていないようでした。無反応?
その時お父様と他の護衛達が追い付いてきて路地の中に入ってきました。
お父様は彼女の様子を見ると、
「あ、・・・オル・・・テンシア・・・様?」
お父様は驚いたようにつぶやきました。
「おるてんしあ、さま?」
わたしもそのお名前を呼びながら彼女を見ると、ゆっくりと顔を上げわたしと目が合いました。
「・・・ステッラ・・・」
ふっと力が抜けたようにわたしにしなだれかかってきて・・・お、重いです!
意識をなくしたようで、護衛に手伝ってもらって馬車まで運びました。
しっかり者のお父様がまだ呆けた状態から戻ってきません。何事なのでしょうか?
まあ、わたしも驚いています。だって、オルテンシア様?がつぶやいた「ステッラ」はわたしのおばあ様の御名前だったからです。