131話:それぞれの明日
アアアア~!ヒックヒック・・・
「ほらほらいい子だから泣かないの。アレク~ちょっと手伝って」
「ああ、今行く」
わたしはルカ・フェラーリ。フリージア王国の片田舎で農家をやっています。わたしには14歳から16歳までの2年間の記憶がありません。旦那様のアレクに聞いた話では大冒険をしていたようですが、何も思い出せません。
「火よ」
竈に火をつけられるこの魔法は記憶のない2年の間に取得したらしく、便利ではありますが腕を失う原因にもなったようです。
一度は失った左手ですがソフィーが派遣してくれた方のスキルで今では元通りに治りました。子供を両手で抱きしめられることが何よりもうれしくて、感謝してもしきれないくらいです。
ソフィーの結婚式の後わたしの子供をソフィーに抱っこしてもらいました。
「かわいいですね~!わたしも子供が欲しくなってきました!」
「今晩から子作りに励もうか?ソフィー」
ヴァレリオ元王子様には初めてお会いしましたけど、言い方がストレートな方ですね・・・
「な!なななな何を言っているのですか!仲間の前で変な事を言うのはやめてくださいっ!!」
仲間。現ナターレ子爵領の領主様であるソフィーに仲間と言ってもらえるのはうれしいですが、仲間であった時の記憶がないのが残念でなりません。でも、これからだって仲間らしいことはできるはずです。
アレクに子供を預け昼食の準備をしようとした時、家の扉が激しく叩かれました。
「アレク!ルカ!魔物だ!魔物が現れた!」
アレクが扉を開け詳しく話を聞いている。わたしはエプロンをはずし子供を抱っこすると、隣に住む母の元に走る。
「母さん!魔物が出たらしいから行ってくる!アルクをお願いね!いい子で待っているのよ」
それだけ告げて家に戻るとアレクが白銀の鎧を身に着けている所でした。わたしはソフィーから貰った真っ白なローブを身にまとい杖を手に持ちます。アレクの鎧とわたしのローブの胸の部分にはお揃いの紋章が描かれています。ナターレ女子爵親衛隊の紋章が。
「案内してくれ!ルカ、行こう!」
「ええ!」
村のため、ソフィーのためにもこの田舎の治安くらいは守って見せます。
たとえ近くにいなくても、仲間なのですから!
馬車がゆっくりと荒野を進んでるニャ。御者をジーノにまかせてわたしは荷台で産まれたばかりの子供をあやす。ソフィーの結婚式で久しぶりに戻ったニャターレで、迷宮産の珍しいアイテムをたくさん買い込んだニャ。これをゼア・マイス王国に持っていけば辺境に届ける物資が山ほど買えるはずニャ。
ソフィーの花嫁姿はとっても綺麗だったニャ。ソフィーはわたしの時に綺麗って言ってくれたけど、ソフィーの方が遥かに綺麗だったニャ。この2年で身長も伸びて、胸元が大きく開いたウェディングドレスが似合うくらい胸も大きくにゃってたし。わたしには必要のにゃくにゃった魅惑のイヤリングを上げようと思ったけど、必要にゃかったみたいだニャ。
「アーアー」
「よしよし、おっぱいが欲しいのかニャ?いっぱい飲んで早く大きくにゃるニャ」
わたしとジーノの間に男の子が産まれたニャ。本当はもっと早く産まれるはずだったんだけど、ちょっと難産で半月も遅れて産まれたのでニャターレに来るのが遅れてしまったニャ。
猫人族と人間の間に子供ができるのか不安だったけど、何も問題にゃく子供を授かったニャ。おっぱいを飲むジーニャの頭を優しく撫でる。そこには触り慣れた耳がピコンと立っているニャ。
「尻尾はにゃいのに耳だけはわたしに似ちゃったニャ」
ソフィーにジーニャを見せるとダラシニャイ笑顔を浮かべて頬ずりしてたニャ。
「あ~~~癒されます~プルーニャの子供だからもしかしてと思ってましたが、予想通りの猫耳で可愛すぎるニャ~」
「わたしのマネをするのはやめてニャ・・・」
アレクとルカ君の子供とは1歳違いにゃのでジーニャの友達ににゃってくれるといいニャ。ジーニャのためにも時々ニャターレに戻って来るかニャ。
「ぐああああああっ!!今頃ソフィー様はあのエロ元王子の毒牙にいいいいいぃっ!!」
「落ち着きなさいニンフェア」
落ち着いてなどいられないよ!ボクのかわいいソフィー様が、あんなスケベ元王子と床を共にしているなんてっ!!
「もう我慢できない!邪魔してやるっ!!」
「はぁ・・・拘束しなさい」
統領が指示を出すと部屋を飛び出そうとしたボクに、ディオとミーナとデーア姉さんが飛び掛かって来た。
「おとなしくしろ!ニンフェア!」
「そうよ、せっかくの初夜を邪魔しちゃダメよ!」
「アレって~気持ちいいんですよね~」
うがあああああっ!!ボクのレベルをなめるなぁっ!近接タイプではないけどレベル86は伊達じゃないぞっ!!
「やれやれ、【拘束3】」
3人を無理やり吹き飛ばした時、ミィルトの拘束スキルが飛んできてぐるぐる巻きにされた。コカトリスやタートルドラゴンを拘束したのは伊達じゃなかった・・・
「離してよぉ!ソフィー様がああああっ!」
「ニンフェア殿、いいではないですか。ジプソフィーラ様も子供ではないのです。跡取りを作るのも領主の義務ですよ」
こいつめっ!簀巻きにされた状態でコルニオロを見上げる。
「コルニオロ!ソフィー様が15歳になった途端賢者モードになるなよ!」
「15歳は・・・守備範囲外ですからね~」
必死に拘束を解こうとするけど緩む気配もない。ボクが今日の護衛担当だったらよかったのに・・・クリザンテーモは阻止してくれないだろうな・・・
「今日の護衛は館の周囲に限定する。天井裏、隣室、隠し扉の内側は禁止だ。いいな」
「「「はっ」」」
室内のランプが消えた。ニンフェアには悪いがわたしも妻を持つ身だ。こんな時に邪魔するわけにはいかない。プラトリーナ様、ジプソフィーラ様は無事ご結婚なされました。約束は果たしましたぞ。跡取りが産まれればわたしの役目も終わりです。あとはデーアのために時間を使わせてもらいます。
「デーアには12年も待たせてしまったな。今からでも子供を作ることはできるのだろうか?・・・」
通常は10代後半、遅くても20代の内に産んでいないと30代の出産は危険が増えると聞く。デーアも今年で34歳か・・・相談してみるかな?
胸のドキドキが止まりません!!緊張と恥ずかしさで心臓が爆発しそうです・・・
「ヴァ、ヴァレリオ・・・や、やさしくしてくださいよ・・・」
「わかってるよソフィー・・・」
ヴァレリオがランプを消すと窓から差し込む月明りだけになりました。暗さに慣れていないので目の前のヴァレリオの表情も良く分かりません。
昔ジニアに教わってはいましたが、先ほど改めておさらいをして頂きました。身体の力を抜いて枕を胸に抱きしめます。呼吸を整えて、ひっひっふぅ~ひっひっふぅ~、あれ?これは出産の時の呼吸法でしたっけ?そんなことを考えているとヴァレリオが覆いかぶさってきました!
いよいよなのですね・・・フィーラ、わたしを守ってね!
「はぁ・・・はぁ・・・」
終わったのでしょうか?・・・下半身がしびれたみたいで感覚がありません・・・
頭がぼーっとして考えることが億劫です・・・
「ソフィー、大丈夫かい?」
「はぁ・・・はぁ・・・え、ええ・・・」
どのくらいの時間が過ぎたのでしょうか?暗さに慣れた目にヴァレリオの裸が飛び込んできます。抱きしめていた枕はいつのまにかどこかにいってしまい、代わりにヴァレリオに抱きついていました。
「いたたた・・・ソフィー、そろそろ爪を立てるの止めてもらっていいかな?」
「え!?ああ、ごめんなさい!無意識でした・・・」
「ふぅ・・・」
ヴァレリオを解放するとわたしの腕を枕にうつ伏せに倒れ込みました。夜の営みとはこんなに疲れるものだったのですね。わたしも疲れましたけど、ヴァレリオの方が疲れているみたいです。
「不思議ですね。なんだか急にヴァレリオが愛おしくなりました」
「ははは、そうだったらうれしいな。ソフィーにはあまり好かれていないと思ってたし」
そんなことはないですよ。わたしのために王子の立場を捨てて平民にまでなった人ですから。言葉にするとそれだけのことですけど、なんだか口に出したら軽く受け止められそうです。わたしは身体を横にしてもう片方の腕も使ってヴァレリオの頭をギュッと抱きしめます。
「わたしの気持ちです」
「ああ、安心するね・・・」
ゆっくりとヴァレリオの髪の毛を撫でます。細い金髪が指の間をスルスルと抜けていきます。ちょっとくせっ毛なのか髪の毛の先が丸まっていますが、髪の量は多いのですね。あら?つむじが3つもあります。2年も一緒にいたのに知りませんでした。
「ヴァレリオ?」
頭を撫でていると寝息が聞こえてきました。あの強気だったヴァレリオが、小さな子供みたいにわたしに身をまかせて寝ています。なんだかおかしくなりました。クスクス。
わたしも寝ることにしましょう。
目を閉じるとヴァレリオの髪の毛から漂うシトラス系の香りと、下腹部の微かな痛みを感じました。
次回で完結です。