128話:プルーニャ陥落
リッチ侯爵の謀反事件から一か月が経過しました。3日前にリッチ侯爵の処刑が発表され、罪状も同時に公開されました。
支配の王笏の本物をリッチ侯爵が近衛兵に預けていたことが判明し、ハイエルフを使役して国王暗殺を謀った国家反逆罪で死罪です。財務大臣として数年にわたる不正も明るみに出て情状酌量の余地もありません。また、今回の謀反に直接関与していなかったリッチ侯爵の跡取りである長男も一緒に連座で処刑されました。次男のフラヴィオ伯爵もナターレ襲撃事件の際に亡くなっていますので、リッチ侯爵家はお取り潰しとなり、3人いた娘は修道院送りになりました。仕方ないこととは言え少しかわいそうですね。
第2王子のマッテオ様は後ろ盾を失い、リッチ侯爵と懇意にしていたことにより王位継承権を剥奪。第3王子のヴァレリオ様も王位継承権を放棄しているため、第1王子のレオナルド様が正式に後継者に指名されました。そのレオナルド王子様から直々に感謝状が送られてきたのにはちょっと驚きました。フィオーレ様曰く、マッテオ王子との後継者争いに勝利させてくれたことと、国王になった後も迷宮周辺の耕作地の増加により、さらに収益が増えるナターレと懇意にしたいという期待からでしょう、と。
実際この一か月の間に調査した限りでは、迷宮の東と南にできた草原地帯はナターレ全体の耕作面積の1/2にも及ぶものでした。ここをすべて耕作地帯にすればさらに10万人分の食糧を確保できます。
王国の直轄地になった迷宮の管理は、リッチ侯爵の謀反によりナターレに任されることになりました。王国で独占して探索するより、冒険者に開放して税収とした方が効率が良いという進言を聞き入れて頂き、以前と同じように自由に冒険ができるようになりました。これでナターレはさらに発展することでしょう。
リッチ侯爵の謀反を食い止めた功績により再び伯爵への昇爵の話もでましたが、初の女性貴族でありナターレの発展を妬む他の貴族からの風当たりも強いので、それを固辞し、代わりに軍と内政に女性登用を積極的に行っていくことのお墨付きをいただきました。これで大々的に女性募集が掛けられます。ただ一つ問題があるとすれば、男性不足です。
女性登用を進めたために他領からも女性が集まり、ただでさえ男性が不足しているのに未婚の女性が溢れてしまいました。人口も少ないナターレですから子供はたくさん産んで欲しいので一夫多妻制を推奨してはいます。しかし平民の方に奥さんを4人も5人も娶ってもらうのは無理があるので手詰まり状態です。
「他の大陸から異人の男性でも呼び込みましょうか・・・」
「婚約前から浮気の算段かい?・・・」
「きゃあっ!?」
執務室で物思いにふけっていると突然横からヴァレリオ王子、いえ、ヴァレリオ・・・が顔を覗き込んで声をかけてきました。
「ち、違いますよ!ナターレの男性不足の解決策を考えていたんです!!」
ヴァレリオ・・・は、譲爵の儀式の後からナターレ館に住んでいます。本当ならすでに婚約式をしているはずですが、リッチ侯爵の謀反があったため後始末に追われて延期されています。
「あ、あの・・・ヴァレリオ?・・・」
「なんだいソフィー」
この呼び方にはまだ慣れません。お父様に無断で迷宮に行き一か月も留守にしたため、ヴァレリオはお父様にこっぴどくお叱りを受けたそうです。そのお詫びに一つお願いを聞いて欲しいというので了承したら、それがこの「呼び捨て」でした。アレクを呼び捨てにしても特に何も感じませんでしたが、元王子のヴァレリオを呼び捨てにすると呼ぶたびに距離が縮まっていく気がします・・・
「本当にわたしと結婚するんですか?わたしと結婚したらヴァレリオ・・・は貴族ではなくなってしまいます・・・」
「それがどうかしたのかい?わたしは・・・俺はソフィーと結婚したい。それだけだよ」
ち、近いですっ!!椅子のひじ掛けに手を付き顔を近づけてきます。ひじ掛けと背もたれに逃げ場を防がれてこれ以上離れることが出来ません!!
「ソフィー・・・」
だ、ダメです!!ヴァレリオの唇がもう少しでわたしのっ!!
コンコン
「ソフィー様、頼まれていた書類を作って来たよ・・・何やってるんだい?ヴァレリオ元王子・・・」
扉を開けニンフェアが執務室に入ってきました。ヴァレリオは小さく舌打ちをしてわたしから離れます。助かりました・・・。ニンフェアは半眼でヴァレリオを睨みながらズカズカと近寄ってきます。
「スケベ元王子、あなたにも仕事があったはずだけど?・・・」
ニンフェアの瞳から紫電の糸が漏れ出ています・・・この一か月でニンフェアはヴァレリオに遠慮が無くなりました。
「ひどい言いようだねニンフェア君。わたしの仕事は終わったのでソフィーに報告にきただけさ」
そう言って報告書の束を机に放り投げます。お仕事は終わっていたんですね。
「報告が終わったならさっさと出て行けばいいんじゃないですか?エロ元王子」
「君こそ少しは気を利かせたらどうなんだい?せっかくソフィーが期待しているのに」
「き、期待なんてしてませんっ!!」
ヴァレリオとニンフェアはなおもギャアギャアと言い争いをしています。ニンフェアもそうですが、元王子のヴァレリオがこんなにも感情をむき出しにしてケンカしていることに驚きを隠せません。王族なんてものは感情を押し殺して生活をしているのだと思っていました。ニンフェアもいつも冷静で言い争いをするタイプではないのです。それなのにこんなに元気よくいがみ合っているのを見ると、なんだかおかしくなってきました。
「あははははは。お二人ともそれくらいにしてください。笑いが止まりませんから」
「ソフィー様・・・」
「ソフィー・・・」
何だかんだ言いながらも二人は仲がいいのかもしれませんね。口に出せばきっと二人とも「ちがうっ!」って言いそうですけど。
仲がいいと言えば、あの二人はどうなんでしょうね?少しは進展があったのでしょうか?
「プルーニャ・・・俺はまだ倒れてないぞ・・・」
「ジーノ・・・これ以上やったら死んじゃうニャ・・・」
満身創痍のジーノは何度ダウンしてもわたしに立ち向かってくるニャ・・・
ナターレに戻って来たわたしに熱心に・・・しつこくプロポーズしてくるジーノに仕方なく条件を出したニャ。
「わたしに参ったって言わせてみろニャ!」
ジーノの木剣は何度もわたしの身体をかすめるけどダメージはほとんど無く、わたしの蹴りや掌底でジーノは血だらけ痣だらけのボロボロニャ・・・
「もう諦めろニャ!」
「イヤだね・・・俺の敗北条件を決めておかなかったのは迂闊だったな。俺が諦めない限り・・・俺は負けないっ!」
ジーノはすでに走るどころかまともに歩ける状態でも無く、折れた足を引きずりにゃがらわたしに向かってくる・・・片手も動かにゃいのか左手一本で木剣を振り上げわたしに向かって振り下ろす。目測を誤ったのかわたしの手前で木剣が地面を叩き、ふらついたジーノが倒れ込んでくる。咄嗟にジーノを受け止めると力いっぱい抱きしめてきたニャ!
「にゃにしてるニャ!?離れるニャ!」
「捕まえたぞ・・・プルーニャ!!」
どこにそんにゃ力が残っていたのか振りほどこうとしても離れにゃい!?胸の下にジーノの頭が当たり、胴に腕を回してしがみ付いてるニャ。
「うひゃっ!ど、どこ触ってるニャ!?」
ジーノの手がわき腹に当たった瞬間、身体に電気が走った感じがしたニャ!?
「離れろニャ!・・・うひひゃうっ!そこダメにゃ!!それ以上触ったら・・・」
「ここかっ!!」
もう・・・ダメ・・・ニャ・・・
「にゃははははははは!!ひぃ~!やめてニャアアアアアア!!こしょばゆいニャ!!ニャアアアア!!・・・」
わき腹が!わき腹がよじれるニャ!!力が入らにゃい・・・ジーノがわき腹をくすぐってくるニャ!!
「参ったニャ!もうやめてにゃ~~っ!!・・・」
突然ジーノが手を放してズルズルと崩れ落ちていったニャ。やっと解放されたけどわたしも息が上がってしまって地面に座り込む。
「へへへ・・・俺の勝ちだ・・・」
あ、思わず「参った」って言っちゃったニャ・・・でもあれはくすぐられたせいで、戦いで負けて参ったって言わされたわけじゃ・・・
「約束通り・・・俺と・・・結婚してくれ。プルーニャ・・・」
「あれは勝負と関係にゃいニャ!あんにゃの無しニャ!」
倒れているジーノに四つん這いで詰め寄って耳元で言ってみたけど、幸せそうにゃ顔で気を失ってたニャ・・・
あれぇ~?コレってわたしの負けにゃの?
はぁ・・・
「ん~・・・ジーノに2連敗か・・・ニンゲンと結婚にゃんて考えもしにゃかったのにニャ~・・・」
ジーノのほっぺを軽く突いてみたニャ。顔は・・・悪くにゃいか。むしろ寝顔はかわいい・・・かニャ?わたしより弱いけど、時々強い変にゃ奴ニャ。
ジーノは行商人ににゃりたいって言ってたニャ?・・・
リッチ侯爵の一件も解決したし、ソフィーは、妹はもうわたしがいにゃくても大丈夫だよニャ?
「仕方にゃい・・・ジーノに付き合ってやるかニャ。猫人族を嫁にして後悔するにゃよニャ。こいつめ!」
人差し指でジーノのほっぺをグリグリしてやったニャ。