121話:最期まで一緒に
「全員ボクに触ってね。それじゃいくよ」
「はい、ニンフェア頼みます」
わたしたちは全員ニンフェアの身体に触れています。初めての「転移」を行うところです。
「【転移1】!」
迷宮の景色が一瞬にして洞窟前の広場のそれに変わりました。
「成功だね」
「すげえな転移魔法は!」
これは便利ですね。ニンフェアが行ったことのある場所なら一瞬で10人くらいは移動できます。リッチ侯爵のお城に転移して魔法をぶっ放して逃げることも・・・ゴクッ・・・
いけません!!何を考えているのでしょう!
例え一回暗殺されたからと言って・・・なんか、やっちゃってもいい気がしてきました。
まあ、リッチ侯爵のお城なんか行くことはないでしょうけど。
さて、そろそろ戻らないといけませんね・・・
約束の期日まであと4日です。
マスダさんに明日帰ることを告げると、今夜は盛大なパーティーを開くと言ってくれました。
断るのも悪いですので喜んで参加することにします。
島民全員が様々な作物をもちより、ニンフェアとプルーニャも手伝って海の幸に山の幸がてんこ盛りです。
料理は主に島民の女性が作り、オルテンシア様も手伝っています。
ぼーっと座って待ってるのはわたしとヒルガオ、そしてリロッコくらいですね。
陽がとっぷりと沈んだころ、巨大なキャンプファイアーを囲んでの盛大なパーティーが始まりました。
最初はわたしたちを囲んでの食事会でしたが、海の男たちに誘われてニンフェアがそちらの輪に加わり、畑を管理している女性陣に誘われプルーニャが抜けました。
「どうだ?楽しんでるか?」
「ええ、マスダさん短い間でしたけどありがとうございました」
「よせよ、そういうのは」
そう言ってわたしに果実水の入った木のコップを差し出します。マスダさんはわたしの隣に座り、ヒルガオがマスダさんの背後から抱きつきます。
「息子たちに話をしたんだけどな・・・みんなこの島に残るそうだ・・・」
「ありがとうございます。そうですか、みなさんマスダさんを放っておけないんですね」
わたしはくぴっとコップを傾けます。良く冷えた果実水がおいしいですね。「俺はガキかよ」と、マスダさんが苦笑いします。ふふふ。
「まあ、ニンフェアさんが爆発魔法で作ってくれた入江のおかげで漁がしやすくなったし、取れ過ぎた魚を生かしておける生け簀も掘ってくれた。プルーニャさんは畑の周りの木を伐採してくれて畑も広くなり日当たりも良くなった。これなら新しい作物も育つだろうし、島のあちこちから集めた果樹も移植できる。俺がいなくなっても現在の島民くらいなら食べて行けるだろう」
マスダさんはおばあ様と同じ年です。見た目は40代ですが年齢は67歳。この世界の平均寿命は超えています。ご自身がいなくなった後のことを考えておられるのですね。
おばあ様も見た目がすごく若かったですが、それはナノマシンの影響で外見だけ若く見えますが内臓は老化していたそうです。
「ソフィーは俺の子孫なんだろ?まあ、実感なんてないけどな」
「そうですね、1000年も前のご先祖様って言われてもピンときませんね」
もう一口果実水を飲みます。ここってかなり南国なんですかね?ナターレはもうすぐ冬ですがここは真夏のように暑いです。
「ありがとうな、アサガオのことヒルガオのこと、そしてオルテンシア様のことも」
「ヒルガオはもちろんですが、オルテンシア様のことよろしくお願いしますね」
わたしは座ったままマスダさんに頭をさげ、料理をしているオルテンシア様を見つめます。
「本当にここに残るのか?オルテンシア様は・・・」
「わたしはすでにマスターではありませんから、マスターはあなたですよマスダさん」
「・・・思い出してやりたいんだけどな、何も覚えてないんだ・・・」
いつの間にかマスダさんのひざ枕でヒルガオが寝ています。マスダさんはヒルガオの髪を撫でてやりながらオルテンシア様に顔を向けます。
「それでも構いません。最後までオルテンシア様をお側においてあげてください。それが、それだけがオルテンシア様の望みなんです」
「そうか・・・」
マスダさんはただ炎を見つめそれ以上何もいいませんでした。
料理を作りながらも常にマスターを見ています。
ヒルガオは迷宮以来マスターにべったりです。1000年前も、マスターが嫌がらなければアサガオ様とこんな感じだったのでしょうか?
マスターのひざ枕で眠るヒルガオがアサガオ様と重なります。幸せそうなヒルガオ・・・
アサガオ様の復讐はすでに始まっているようです。なんでしょう・・・なんなんでしょう!この不安は!!マスターとヒルガオが仲良くしている姿を見ると落ち着きません・・・
『オルテンシア!』
『オルテンシア!俺を鑑定できるか?』
『おい、オルテンシアどうした?』
『何があったオルテンシア!?』
『オルテンシア、見たか!?俺のスキルを!』
涙がこぼれそうになります。
『オルテンシア様』と呼ばれるたびに壁を感じて悲しくなります。
ただの戦力としてでもいいのです。身の回りの世話係でもいいのです。マスターが望むなら夜のお相手だって!・・・
ヒルガオがいればわたしは必要ないのでしょうか・・・
「元気でなソフィー」
「お世話になりました。マスダさんもお元気で」
最初に会って話をした狩り小屋でソフィーと握手をし別れを惜しむ。今生の別れになるかもしれないが、ソフィーにとって俺は1000年も前に死んでるはずの人間だ。会えたことの方がおかしいんだ。
「ニンフェアさんもプルーニャさんもお元気で。島民を代表して感謝を」
「ヒルガオを頼みますよ」
「マスダさん身体に気を付けてニャ」
二人とも握手をして漁に畑にと活躍してくれたことに感謝する。
ソフィーたちがオルテンシア様に向き直り最後の別れをしようとすると、
「行きましょうか、ソフィー様・・・」
「「「え!?」」」
オルテンシア様が俺に背中を向けたままニンフェアさんの肩に触れた。
「オルテンシア様!ニンフェアに触れていては・・・」
「いいのです。マス・・・ダ様・・・どうか、お元気で・・・」
俺に顔を見せず、俺のことを「マスター」ではなく「マスダ様」と呼びやがった・・・
なんだろう・・・記憶がないはずなのに無性に腹が立つ・・・
「オル、テンシア、バカ。正直、に、Death」
俺の首にぶら下がったヒルガオが拙い言葉で「正直に」と言う。
「バカって言った方がバカなんですよヒルガオ・・・」
オルテンシア様も言い返しはするがこちらを向くことはない。
「オルテンシア様、本当にいいのですか?二度と会えないかもしれないんですよ?」
オルテンシア様の肩が跳ね上がる。それでもこちらを向かない。
なんだこのイライラは・・・いつも俺に従いつつも、いつも俺にウソをつく・・・そんな人がいたような・・・ふと聞いたことのない言葉が頭に浮かぶ。
「いつも・・・いつも俺にウソをつきやがる・・・オルテンシア!!解除コード”ふぁんたじぃ”だ!」
その言葉を叫んだ瞬間、オルテンシア様が振り返って俺に抱きついてきた!?
「マスタアアアア!マズダアアアアアア!!!あああああああっ!!」
「おわっ!」
オルテンシア様の勢いに押され地面に転がる。首筋に抱きつくオルテンシア様と邪魔そうにしているヒルガオ。
なんだろうな、昔もこんなことがあったような気がする。
「俺を・・・「マスダ様」って呼ぶなっつったろ?俺のことは「マスター」と呼べ」
無意識に言葉が出てくる。俺が言ったことなのか?
「はいっ!はいっ!マスター!マスタアアアア!!」
涙をボロボロ流すオルテンシア様が首筋から顔を離し俺を見つめる。
「あの時の約束を!」
「約束?」
涙で濡れたオルテンシア様の頬がどんどん赤くなっていく。いつ、どんな約束をしたんだ?
「マスターはおっしゃいました!『二人とも生き残ったら、今度は唇にしてやるよ』と!」
「えっ?んんんっ!!?」
オルテンシア様が両手で俺の頬を挟むと、俺の唇にオルテンシア様のそれを重ねた。
「「「きゃ!」」」
「オル、テンシア、死ね、Death」
ヒルガオがポカポカとなぜか俺を叩いて来る。
オルテンシア様の唇は柔らかく暖かい。鼻孔をくすぐる甘い香りに蕩けそうになる。いつまでもこうしていたい・・・
「んん、ぅんっ!!」
ソフィーの咳払いで現実に戻る。しかしオルテンシア様は未だ唇を離さない。
「それではわたしたちはこれで。マスターさん、オルテンシア様をよろしくお願いしますね」
顔を真っ赤にしたソフィーとニヤニヤしている二人が手を振りながら俺を見ている。
オルテンシア様!お別れはいいのか!?
「オルテンシア様今までありがとニャ!」
「オルテンシア様お幸せに!それじゃ!【転移1】!」
そして3人は消え去り俺たち3人が残った。
オルテンシア様は顔を真っ赤にして俺の首にしがみ付いていたが、いつのまにか眠ってしまった。
ヒルガオもオルテンシア様に悪態をついていたが、同じく首にしがみついたまま寝てしまった。
地面に横たわったまま胸元を見ると二人のかわいい寝顔がそこにある。
「これじゃ動けねえな」
この年で二人の女の子に慕われるなんてな。
「マスタァ・・・最期まで一緒に・・・」
寝言か?オルテンシア様の目は閉じたままだ。
俺の寿命もさほど残ってないだろうけど、二人のために頑張って生きてみるかね。




