幕間20話:別れと旅立ち
先日の町で馬車と馬2頭を購入しました。馬車にはわたしとステッラ、そしてトゥリパーノの3人が乗り込み、一路南西のフリージア王国を目指しています。
滞在2日目にステッラから帝国の王女であることを告白されました。この町に長居していたら見つかって連れ戻されてしまうと言うので、その日のうちに必要な物を買い集め出立しました。宿を出る時に洗濯の終わったメイド服を受け取り着替えましたが、渡してくれたメイドさんが怖がっていたのは内緒です。
なぜフリージア王国を目指しているかと言うと、最近「開墾永年私財法」という法律が発布されたからです。「開墾永年私財法」とは、開拓した土地はすべて開拓した者の土地に出来るというもので、トゥリパーノがそこで開拓民になることを決めました。ステッラは迷っていたようですが、トゥリパーノがプロポーズをしてそこで結婚することになりました。わたしが鑑定で気づいた「妊娠」を告げたからでしょうか。
フリージア王国は決して広い国ではありませんが開拓の余地は十分残っており、”魔の森”と呼ばれる魔力溜まりの土地の先に汚染されていない大地があるとか?
疑問形なのは「ナノマシン干渉」を持つステッラがナノマシンから得た情報だからです。本人は「精霊さんが教えてくれた」と言っていますが。
フリージア王国まで着けば、わたしの役目も終わりにしようと思います。
「二人を頼む」とマスターにお願いされましたが成人の二人です。資金も十分ありますし、そんじょそこらの盗賊や魔物では歯が立たないほどの力を持っています。これ以上は過保護でしょう。
馬車で8日ほど旅をすると大陸の中央にあるゼア・マイス王国との国境にたどり着きました。国境警備の兵士が、簡単な荷物検査をして通行税を払うように言いました。
「国境を超えるなら一人銀貨3枚だ。冒険者証があれば銀貨1枚を値引く」
「持っていないので3人分でお願いします」
そう言って金貨を渡しました。
「金貨か・・・あいにく釣りを用意していなくてなぁ」
へっへっへと笑うので「ご迷惑をおかけしましたのでお釣りはお受け取りください」と言うと笑顔で通してくれました。
その日の野営中に襲ってきた野盗の中にその男の姿もありましたが、遠慮なく皆殺しにしました。
「オルテンシア様、弱く見られると今回のようなことになりますし、この国で冒険者登録をしませんか?」
トゥリパーノの提案に特に問題もないので、王都マイスで冒険者登録することにしました。
特に冒険者としての行動はしなかったのですが、王都マイスを旅立ってから街道で暴れていたワイバーンを退治し、盗賊団3つを壊滅させ、スタンピートを起こした魔物数百を蹂躙したことで、ゼア・マイス王国の最後の町でランクBの認定を受けました。
数か月前、マスターと訪れた町でワニ頭の魔物と遭遇しました。すべての魔物を倒し町を焼き払うことになりましたが、あの辺りでは迷宮の外に魔物はいなかったと聞きました。あそことこの国は別大陸らしく、こちらでは数年前から普通に迷宮の外で魔物が出るそうです。何か違いがあるのでしょうか?今のわたしには関係ないことですが。
ゼア・マイス王国の最後の町で宿を取り最後の夜を迎えます。
「オルテンシア様、一階が酒場になっていますので一緒に飲みませんか?」
ステッラがそう言ってきました。わたしに飲食は不要だと知ってるはずなのですが、どうしたのでしょうか?
「飲み食いしなくても大丈夫なのは知ってますけど、お酒は別なんですよね?」
以前帝国でお酒を飲んでスリープモードに入ったことがありました。再起動するとガウンがかけてあったのですが、そのことを言っているのですね。
マスターほどではないですが、お二人にも愛着が湧いていますし最後の夜です。お酒を付き合うくらいはしても良いでしょう。
「わかりました。お付き合いしましょう」
酒場の隅の席に3人が座り安酒が運ばれてきました。以前の宿のような高級なお酒ではなく、混ぜ物の多い身体に良くないお酒ですね・・・妊娠中のステッラには身体に良くないので、こっそりナノマシンで浄化しておきました。
「いよいよ明日はフリージア王国か・・・オルテンシア様、ほんとに旅に出られるのですか?このまま俺たちと一緒に・・・」
手の平を突き出してトゥリパーノの言葉を遮ります。トゥリパーノの言葉は有難いのですが、わたしにもやらなければいけないことが出来たのです。
「あなたたちならもう大丈夫でしょう。数か月の付き合いでしたが、マスターの友達になってくれてありがとうございました」
頭を下げて二人に感謝の言葉を伝えます。
「オルテンシア様・・・うううぅ・・・」
横に座ったステッラがわたしに抱きついて泣き始めます。まったくこの子は。ステッラの顔を上げさせるとその額にデコピンを食らわせました。
ビシッ
「いったあああああっ!」
「いつまでも泣き虫でどうするのですか?これからはトゥリパーノと二人、いえ三人で頑張って行かないといけないのですよ」
額を両手で抑えて涙目のステッラにダメ出しをします。
「だってぇ・・・」
「ステッラ、もうよそう。オルテンシア様にもやるべきことがあるんだ。笑顔でお別れをしようじゃないか」
「う・・・うん・・・」
トゥリパーノがそう言ってお酒のグラスを掲げます。ステッラにも目くばせをし同じくグラスを持ちます。
「勇敢で優しかった俺たちのリーダー、マスターに!」
「マスターさんに!」
そう言ってお二人がお酒を煽りました。わたしもグラスを持ち、
「お二人のこれからの生活に幸多からん事を」
グイっと煽ったお酒はしょっぱい味がしました。
翌日馬を追加で一頭購入しわたしが馬上の人となりました。
昼前にフリージア王国の国境に到着し最後の別れとなります。
「それでは二人とも元気で。安酒には注意してください」
「オルテンシア様もお体に気を付けて」
トゥリパーノはそう言って左手を前に出しました。本来左手の握手はタブーとされていますが、わたしに右手がないのであえて左手を出してくれたようです。
わたしも左手を出してトゥリパーノと握手をします。
「片腕でもあなたに敵う者はいないでしょうが、安全な旅でありますように。またいつか」
「トゥリパーノ、あなたの弓の腕は一流ですが少しは近接も磨いてください。これからの為にも」
わたしの最後の忠告に、はにかみながら頷きます。トゥリパーノが側を離れると、ステッラが無言でわたしに抱きついてきました。再びデコピンをしようかと思いましたが、「やるならやれ!」と言わんばかりの顔でしがみつくので逆に抱きしめ返しました。
「今までありがとうございましたステッラ。元気な子を産んでください」
「・・・うん」
ゆっくりと身体を離しましたが、ステッラはうつむいたまま涙をボロボロこぼしています。
「トゥリパーノ、ステッラと生まれてくる子を頼みますね」
「はい!」
そう言ってステッラの肩を抱き寄せます。ステッラは涙を拭って顔を上げ、無理やり笑顔を見せてくれました。
「オルテンシア様!必ず!必ずまたお会いしましょうね!」
「いつか、フリージア王国にも来るかもしれませんね。それまでさようならです」
バッと馬に飛び乗り、驚いて棹立ちになった馬をなだめます。馬上から二人を見つめ、にこっと笑顔を見せます。
本当にありがとうございました。
手綱を引きながら馬の腹に軽く蹴りを入れます。馬は並足で二人から少しづつ離れていきました。
「オルテンシア様!きっとですよぉ!!」
遠くから聞こえるステッラの声が最期の言葉となりました。わたしは振り返ることなく道を戻っていきます。
馬に乗って草原を進みます。
いつかマスターがぼそっと言っていたことを思い出します。『いつか世界中の迷宮を制覇して、世界最強の男になるのが夢なんだ』と。
その夢はわたしが引き継ぎます。
これから世界中を回って迷宮を制覇しましょう。その前に壊れてしまうかもしれませんが、それならそれで構いません。
マスターの夢を叶えるのが先か、マスターのお側に逝くのが先か。
どちらでも構わないのです。
マスターは怒るかもしれませんけど、それもまた一興。
文句があるなら生き返って叱りに来てください。
待ってますから。いつまでだって待ちますから。
ねえ、マスター・・・
一陣の風が吹きわたしの髪を揺らす。片腕でも不自由のない動きで馬を操り、丘の上の迷宮を目指します。
見上げる空は澄んだ青色をしていました。
マスターと一緒に、こちらの世界で初めて見た、あの空と同じ青色です。
幕間~完~