幕間16話:ドーピング
空気が変わりました。
転移は無事成功し、また別の迷宮なのは間違いなさそうです。
しかし何でしょう、この張りつめた空気は。
「よし!今度こそ歯ごたえのあるボスを頼むぜ!」
マスターが扉に向かって歩きます。嫌な予感がします。わたしには予知機能などないはずですが。
「マスター!!」
わたしは大声を上げてマスターを呼び戻します。
「んあ?オルテンシア?ああ、そうだったな。先にボス部屋の中を鑑定してもらっとかないとな」
鑑定をするのをためらいます。しかしこの部屋から出てボスを倒さないと「魔法陣」は使えません。
進むしかありません・・・
「【鑑定10】・・・」
「どうだ?オルテンシア。少しは歯ごたえのあるボスか?」
【ドラゴンロード・ココドリーロ】
20階層ボスドラゴンロード:オス
年齢:7
種族特性:炎のブレス
レベル:200
状態:睡眠
力 :SS
体力:S
俊敏:C
器用:F
英知:S
脳力:S
魔力:SSS
スキル:魔法耐性4、物理耐性2、浮遊2、自己回復2
・・・なぜ、こんな強力な魔物が・・・
「マスター、真面目なお話をします」
「ん?」
「ボスとはわたしだけで戦います」
昨日と同じですね。マスターの顔つきが変わりました。しかしそれはほんの一瞬で、眼を閉じてため息をつきました。
「強力な魔物なんだな」
「・・・はい」
「勝算は?」
「わたしは負けません」
わたしは俯いて答えました。
「オルテンシア、俺の目を見ろ」
マスターが一歩前に出て目の前30cmにまで近づいてきました。わたしよりまだ10cmほど背の低いマスターですが、1、2年もすればわたしを追い越すことでしょう。
「ウソは無しだ。勝算は?」
「・・・45%・・・です」
わたしが万全な状態ならば勝ち目もあります。しかし、自己修復機能が停止している今、長引くと勝ち目はありません。
「俺が参戦したら?」
「ダメです!あのドラゴンロードにはマスターでは!・・・」
「ドラゴンロードか・・・それで、俺が参戦した場合の勝率は?」
マスターは死なせるわけにはいきません!絶対に戦わせるわけには・・・
わたしが無言になったのを見てマスターが苦笑しました。
「まあ、オルテンシアに比べれば俺なんて大したことはないのは分かる。足手まといになるかもしれない。でもな、お前が死んだらどのみち俺たち3人でドラゴンロードと戦わなきゃならなくなる。それなら1%でも2%でも勝率が上がるなら、オルテンシアと一緒に戦わせてくれ」
「・・・」
どちらが正解なのでしょう・・・
わたしがボロボロになろうと勝てばマスターたちは助かります。しかし、わたしが負ければマスターたちは確実に死にます。
それなら少しでも可能性が高い方に賭けるべきなのでしょうか?・・・
「・・・48%です」
「おお、俺が3%もの戦力になるのか!これでも少しは強くなったんだな」
マスターが喜んでいます。これから死ぬかもしれないのに、なぜそんな笑顔になれるのでしょう?・・・
「俺が参戦したらもう少し上がるかな?」
「わ、わたしもです!」
トゥリパーノとステッラも参戦するようです。以前のお二人なら何の役にも立たないところでしたが、昨日のレプラコーンのボス戦でかなりレベルが上がっています。
「51%です・・・」
「二人でマスター一人分か、まあしゃーねーな」
「それでも、勝率の方が高くなりましたよ!」
本当に、これでいいのでしょうか?・・・
「オルテンシアお前、俺のことが好きか?」
「なっ!?」
マスターは急に何を言い出すのでしょうか!!
わたしはアンドロイドです!そんな感情なんて・・・なんて・・・体温が急上昇します。急いで冷却しないと!
「昔のお前は感情のないアンドロイドだったが、こっちに来てからはどんどん人間ぽくなってきたな。今じゃ普通の人間にしか見えないよ」
マスターに恋していることがバレたのでしょうか・・・わたしは故障してしまったのでしょうか・・・
「オルテンシア」
マスターがわたしの頭を両手で挟みグイっと引き寄せ抱きしめました。
「俺のことが好きなら、俺を一人にするなよ。俺だけ置いて死ぬことは許さない」
「マ、マスター・・・」
マスターの声が、耳元で聞こえます!思考回路がショートしました。何が起こっているのでしょう!?
こういう時はどうすればいいのか、わたしの両手の置き場がなくて空中を彷徨います。
「ステッラ」
「トゥリパーノ・・・」
二人の声が聞こえたのでチラッとそちらを見ると、抱き合ってキスをしていました!
「お前だけは守ってやる、って言いたいとこなんだが・・・相手がドラゴンロードじゃ守れそうもないな。だから、死ぬときは一緒だぜ」
「うん。ずっと一緒にいる」
ステッラの手がトゥリパーノの背中にまわっています。こうすればいいのでしょうか。
わたしもステッラの真似をしてマスターを抱きしめました。
そして・・・キ・・・キスをすれば、いいのでしょうか?・・・その時頬にマスターの唇が触れました。
「二人とも生き残ったら、今度は唇にしてやるよ」
!!頭が沸騰したようです!生き残らねば!なんとしても生き残る為には手段を選んでいられません!!
わたしにできることを、違法な手段ですがこの世界に以前の法律なんて関係ありません!体内でナノマシンが高速で薬物を生成し始めます!
「マスター、わたしからのお返しです」
「ん?」
カプッ
「んぎゃあああああああああああ!!」
少し痛むかもしれませんが我慢してください。マスターの首筋に噛みついて牙から薬剤とナノマシンを注入します。前の世界では違法だったドーピング薬剤です!筋力上昇!思考力上昇!柔軟性上昇!精神安定!身体に負担がかかりすぎますから、20分経ったらナノマシンに中和剤を散布させましょう。
魔物の蔓延る世界です。身体強化をするこの技術はまだ残っているかもしれませんね。
差し詰め「付与魔術」と言ったところですか?
これで、マスターの生存率が少しでもあがりますように。