プロローグ
「マスターお目覚めですか?無事、異世界に到着したようです。」
目が覚めた時俺の目に飛び込んできたのは、見たこともない青い空、白い雲、そして母の作製したメイドアンドロイドのオルテンシアの顔だった。
ゆっくり深呼吸すると草や土の匂いが鼻を強烈に刺激する。
「ごほっごほっ!」
「マスター、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、大丈夫だ。少しむせてしまった」
今までに嗅いだことのないほど濃い自然の匂いに頭がクラクラする。ぼーっとしていた頭が一気に覚醒した。
指を動かしてみると草の感触や地面の冷たさも感じる。
「ああ、ほんとに転移できたのか」
俺のいた世界では植物はほとんど絶滅していて、酸素の供給は巨大プラントが行っていた。土の地面を最後に見たのはいつだったろう?
俺は後頭部に感じていたオルテンシアのひざ枕の暖かさと柔らかさを惜しみながら体を起こした。さわやかな風が髪を揺らす。立ち上がろうとすると少しよろけたがオルテンシアが支えてくれる。
「マスター、足元に気を付けてください」
「ああ、ありがとう」
オルテンシアは見た目は人間とまったく見分けがつかない。年齢は24,5歳くらいに見え、長い金髪は編み込みシニヨンにしている。シックなロングメイド服を着ていて、目が淡い赤色をしているのがやや珍しいくらいだ。
しかし主人を守るために様々な武装も隠し持っていて、力も人間を凌駕する。よろけた俺を片手で軽々支えてよろけもしない。
酸素濃度の違いなのかまだ少し頭がふわふわする。
「オルテンシア、生存に問題はないんだな?」
「多少大気組成は違いますが前の世界より人間の身体には良いようです」
「そんなに近いのか?」
そんな偶然もあるのだな。最悪酸素のない世界に飛ばされる覚悟もしていた。
ナノテクノロジーの発展していた俺の世界では、多少の無理をすれば大気がなくても生きられる。体内にあふれるほど存在しているナノマシンが、生存に必要な成分を作り出してくれるからだ。それでも足りない場合もオルテンシアなら体内でナノマシンを製造できるので、専用ナノマシンを注入してくれる。
オルテンシアと一緒に少し開けた場所まで歩くと、アスファルトとコンクリートの見当たらない大自然が眼前に広がっていた。
山とは呼べないくらいの丘の上から見た景色は見渡す限りの大森林と、その中を流れる蛇行した川、ところどころに見える池のような水たまり、その先にあるのは頂に雪の帽子をかぶった山脈だ。一体何km先まで見えているんだろう。光化学スモッグのない世界は空も山も川も輝いて見える。
ぶるっと体が震える。寒さではない。感動だ。俺はこれからこの未知の世界で生きていくのだ。オルテンシアと共に。
「オルテンシア!冒険の始まりだ!」
俺は右手を突き上げ空に向けて叫んだ。
「マスターその前に」
「ん?」
オルテンシアの声に振りむくと、目の前には俺の首に両手を廻して顔を近づけてくるメイドアンドロイドの姿があった。
「オルテンシア・・?なにを・・」
「マスター・・・」
オルテンシアは俺に抱き着き、少しづつ顔を近づけてきた。えっ!?えっ!うおっ!近いっ!!一瞬キスされるのかと思ったが、俺の顔の横を通り過ぎた唇は俺の首筋へと触れた。確か前にも似たようなシチュエーションがあった気がする。あの時は何だったか。
「オ・・・オルテン・・・シ・・!?」
そうだ!思い出した!インフルエンザに感染した俺にワクチンを注射しようとして、俺の首筋に顔を埋めてそれから・・・
カプッ
俺の首にオルテンシアの鋭い牙が突き立った。
「痛ってええええええええええええっ!!!!」