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ぼくは、あの日溺れて死んだ。

作者: 白熊男

「そうちゃん! そうちゃん!」


目の前には、泣いているママと眠っているぼくのそっくりさんがいた。遠くから、救急車(ピーポー)の音が聞こえた。






「マーマー! どーしたの? かなしいの? だーじょーぶ?」


どれだけ話しかけてもママは返事をしてくれない。いつもならすぐにお返事してくれるのに。


ベッドで寝ている男の子の頭をママはずっと撫でていた。男の子の顔には白い布がかけられていて、どんな顔をしているのかはわからない。


ママが白い布を少しだけずらして泣き崩れた。布からのぞいた顔はぼくと全く同じ顔をしていた。


泣いてるママを見ているとぼくも涙が出てきて、ママと一緒に泣いていた。


しばらくするとパパが部屋に入ってきた。パパは泣きながらママに怒っていた。どうしてそんなに怖い顔をしているの? どうしてそんなに悲しそうな顔をしているの?


怖くなってぼくはまた泣いた。怖いからママに抱きつきに行った。


抱きつけなかった。なんど抱きついても手はママのお腹をすり抜ける。もっと怖くなって、大声で泣いた。


パパがママをささえながら部屋を出た。置いていかれそうになったから、慌ててぼくはついて行った。


「おてて、つなご」


そう言ってもパパもママも手をつないでくれなくて、自分からつなぎに行っても手がすり抜けて。泣きながらパパの車に乗った。





家に帰ってから誰も一言も話さなかった。昔、ばぁばが死んだときの空気に似ていた。あの時より、もっと重くてずっしりした空気だけど。


ぼくは、どうしたらいいのか分からなくて、ずっとママの周りをうろうろしていた。


ママとパパが寝た。ぼくも寝ようと思ったけれど全然眠くないから、そっと布団を抜け出して子ども部屋に行った。


さっそくおもちゃを入れている箱を開けようとした。僕の手は箱をすり抜けて全然箱を開けられない。どうしてすり抜けるんだろう? 今日はずっとそうだ。


「それはお前さんが幽霊だからだよ」


後ろから声が聞こえてびっくりして振り向いた。そこには知らないおじいさんが立っていた。


「ゆうれい?」

「そうだよ。死んだ者は四十九日まで幽霊としてこの世を彷徨うのさ」


幽霊ってなんだ? 死んだ人がなる? ぼくは死んだの? どういうこと?


「死ぬってのはね、もうこの世では誰とも関わることができないってことさ。まれに、関わることができる者もいるがね」

「じゃあ、もうパパともママともお話できないの? おててもつなげない? ぎゅーってできない?」

「できないよ」


どうして、どうしてこんなことになったの? もっとギューってしたいのに。もっとお話したいのに。


「やだぁ。お話したいよ。ぎゅーってしたいよ。できないのやだぁ!」


どれだけ泣いてもどれだけ叫んでも、この事実は変わらないってぼくは不思議とわかっていた。





「泣き止んだか?」


おじいさんは、ぼくが泣き止んだのを確認すると話し始めた。


「これからどうしたい? 死者には二つの選択がある。ひとつは閻魔様のもとへ行き地獄か天国へと導いてもらうこと。お前さんは何も悪いことをしたことがないから確実に天国へと導いてもらえるだろうな」

「てんごく? じごく? えんま様ってだれ?」

「簡単に言えば天国は幸せな場所、地獄は苦しい場所だな。閻魔様は死者が天国と地獄、どちらに行くかを決めるお方だ」

「そんなのがあるんだ。もうひとつは?」

「もうひとつは、この世に残ることだ。おすすめはしない。悪霊になってしまう可能性が高すぎるからな」


難しい話だ。この世に残ればママとパパとまたお話できるのかな?


「この世に残ったらなにができるの?」

「物を動かすことくらいならできる。霊感がある者となら話すことも可能だ。しかし、リスクが高すぎるぞ。この世の者に危害を加えてしまうかもしれない。母親や父親を傷つけてしまうかもしれない」

「そっか」


ママにもっとぎゅーってしてもらいたい。パパにもっとたかい たかいしてもらいたい。でもこの世に残っても、ママとパパに霊感ってものがなければできない。でも、もしかしたら持ってるかもしれない。


でも、もし悪霊ってのになって、ママとパパに痛いことをしちゃったら? 泣いてるママは見たくない。泣いてるパパは見たくない。


「言い忘れておったが、天国に行くことになったら閻魔様にひとつだけ願いを叶えてもらえるぞ」

「ほんとう?」


それなら、欲張りしないから最期に一度だけママとパパと関わりたい。


「じゃあ、ぼく閻魔様のところに行きます」





四十九日になってぼくは閻魔様のところに行った。おじいさんが言っていた通り、ぼくは天国に行くことに決まった。


「最期にひとつだけ願いを叶えよう」

「少しだけでいいからママとパパと関わりたい」

「わかった。そいつらと五分だけ関われるようにしておいてやる」

「ありがとう」


閻魔様にお礼を言って、急いで下界に向かった。





ぼくはママのそばに行く。


「ママ、きこえる?」

「そうちゃん?」


話しかけると、ママは泣き崩れた。ママの泣き声でこちらを向いたパパがぼくに気づく。そしてパパも泣き崩れた。


ママが泣きながら話し始める。


「そうちゃん、あの時私が目を離さなかったら死ななかったのに。ごめんね。水の中、苦しかったでしょう? お風呂だからって油断して、私のせいで」


お風呂で溺れて死んだのか。そうだ。浴槽に身を乗り出したらいつの間にか息ができなくなってたんだっけ。


「ママは悪くないよ。おふろに落ちちゃったぼくが悪いんだよ」

「違う。まだ一歳なんだから、ちゃんとみてなきゃいけなかったの。私が全部悪いの」


ママとパパを泣かせたのはぼくだったんだ。ごめんね。死んじゃて。ごめんね。


「大好きだから、ママもパパも笑って」

「笑えないよ、そうちゃんが死んだのに、笑えないよ」

「お願いだから、戻ってきてくれ」

「ごめんね。戻れないの。お願いだから笑って。泣いてるママとパパなんて見たくないよ」


あと少しで時間だ。上に引っ張られていく感覚がする。最期にぎゅーってしてもらいたい。


ママとパパに抱きついた。今までありがとう。泣かせてごめんね。笑って生きて。


ママもパパもぼくをぎゅーって抱きしめてくれた。





ぼくが死んで五年がたった。天国から見えるママとパパはずっと笑っていて嬉しかった。でも、最近は笑っていてもあまり嬉しくない。だって心から笑っていないような気がするから。


天国にはたくさんの人がやってくる。たくさんの人と関わっていくうちに、ぼくは自分が最期に残酷なお願いを言ったことに気づいた。


ぼくのせいでママとパパは無理して笑っているの? ママからしたらぼくを殺したのと大して変わらないのだろう。それなのに笑って、って。ぼくだったらきっと笑えない。


嫌だよ。ママとパパのあんな顔見るの。もう無理して笑わないで。泣いてる顔を見るよりも辛いよ。





今日はお盆。死者が下界へと行ける唯一の日。


お墓の前にいるママとパパのそばに行く。話すことも触れることもできないけれど、強く願えば伝えることはできるから。



――――ママ、パパ、もう無理して笑わないで。笑いたいときに笑って、泣きたいときに泣いてほしいよ。大好きだから。


目の前でママとパパが泣き崩れた。




欲を言えば友達と遊んだりしてみたかった。色んなところに行ってみたかった。


ママのことを少し恨んだこともある。天国でたくさんのことを知って、ママが見ていれば死ななかったかもしれないって知って。


でも、大好きだから。一年と少しの人生だったけれど幸せだったから。ありがとう。ぼくにはママとパパを憎むことはできないよ。





ママとパパがいつか心から笑えるように、ぼくは天国から願い続けます。















アイドルが死ぬまでとその後についての短編小説を以前書きました。このお話が面白いと思っていただけた方は是非そちらも読んでみてください。

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