魔女見習いの初夏の夜の夢
余裕がなくて短編さえ書き上げられなかったのですが久しぶりに投稿します。
ゆるゆる設定ですので優しい目で見ていただければと思います。
――カラン
「いらっしゃいませ」
「魔女さん、もうすぐお祭りだから髪の色を薄桃色に染めたいのだけれど、染め出し液を作ってくれる?」
「薄桃色の染め出し液ですね。お客様の髪色であれば地髪が金色なので簡単に染まると思いますよ。
日持ちしないのでお祭りの前々日に来てください。その日の夜に染めてれば一日あれば色が定着すると思います」
「あぁ、良かった!楽しみにしているわね」
「はい、ではまたその日に」
魔女さん、というのはこのお店、この町で私のことを指す言葉だ。
私はジュリア・カラファ。子爵家令嬢なのだけれど、我が家の両親はそれはそれは深く愛し合っていて、4男5女の兄弟がいる。正直周りにこんな大家族は貴族の中ではお目にかかれない。だって政略結婚がまだまだ多いし、多くの夫婦たちは後継者を産み終わると仕事や趣味、はたまた自由な恋を愉しんだりするのだ。
政略結婚だった父と母は、結婚した後からじわりじわりと愛を深めたそうで。何でも結婚したあとの蜜月が終わってすぐに父の出征があり、そこでまた怪我をして帰ってきたものだから会えなかった愛しさと、今を大切にしたい必死さと、後継を残さねばという使命感と、まぁ色々あって毎年毎年子供が産まれたというわけ。
3人産まれた後で、これまた跡継ぎのお兄様が流行り病にかかって高熱を出して生死を彷徨ったのが追い打ちをかけたのではないかと思うのだけれど、気がついたときにはあっという間に9人の子供に囲まれていた。
で、私はその8人目、4女なのです。一番下の妹は一番最後の子なので家族の愛を一身に受けてすくすくと育っております。
私はというと気がつけば24歳。
そうなんですよ、24歳。
我が家、気がつくの色々遅くない?って思ったあなた!
・・・観察眼があると思います。
長男のお兄様が子爵は継いでいて、次男独身貴族、三男軍人、四男聖職者と男はいいよ。男は。
姉妹の方は大変ですよ。もともと田舎貧乏子爵家なこと輪をかけて、5人も娘が居たら私までは当然持参金なんて持たせてもらえるはずもないので、結婚するなら平民としないとという家庭背景になります。
とはいえ上の3人の姉たちは10代でさっさと結婚しているんだから本当に要領がいいと思う。私は、「職業婦人になって生きていくのだ!」とか、「結婚しなくても幸せってあると思う!」とか、別にそういうことは言っていないの。本当に、これと言った出会いもなかったし気がついたらこの歳になっていたというただそれだけ。
というか、中途半端に貴族なのでじゃあいざ平民の方とお会いしようとしても交流がないんです。だって、平民の方で貴族と会える場にいるような人はよっぽど成功している人でないと会えないので、大きな商会や学者、役人だけど逆にこちらが貧乏過ぎてハイスペ平民の方にはお会いできないわけです。
・・・ちょっぴりコミュ障だし。人付き合い苦手。ということで、積極的に社交の場にそんなに出ていないっていうのも大きい。いい出会いがあれば結婚するかもしれないけれど、とりあえず今は結婚とか全然リアルじゃない。大人になったらいつかするんだろうな、みたいな感覚だったのに大人になってもそのまま「大人になったら」が取れて、漠然と結婚しないかもしれない、っていう選択肢が自分の中に生まれてきた。そして、いい年して家にいるだけっていうのは非常に、非常に、非常に肩身が狭いので本当に仕方ないから家から出たいなんて思ったのです。
貴族の端くれだから家から出ると言っても、働く方法としては侍女や家庭教師とか。あとは宮廷魔術師という道が女性にはある。大概の貴族は魔力があって、最初の子供の歯が抜けると子供から大人への道を少し歩み始めたということで両親に連れられて教会で皆洗礼を受ける。その際に大体魔力推定も合わせて実施することが多くて、もし強い魔力を持っていれば、宮廷で「魔術師」という道が開かれている。私は…!というと、普通に弱々なんですよ、はい…。私の魔力じゃぁ無理だよねと思いつつ、記念受験だ!と思い切って頑張って就活したけれど予想通り採用されなかった。
近隣領地でも就活したけどお祈り文しか届かなかった。侍女になるにもツテがなさすぎて知り合いに相談したけれどどこも間に合っているということだった。貧乏だったから私自身あまり学がないので家庭教師は厳しい。
ということで結局自分の領地に戻ってきた。
洗礼を受けたときは魔力が弱いので属性を調べることもしてこなかったのだけれど、就活にあたって改めて調べてもらったところ珍しい癒やしの属性だったためそれならばと、自領の首都でポーションを作る魔女に弟子入りしたのはもう3年前。
ーーーー「あのぅ…ここで働かせてください」
ーーーー「馬鹿なおしゃべりはやめとくれ。そんなひょろひょろに何が出来るのさ。」
ーーーー「ここで働かせてください」
ーーーー「なんであたしがおまえを雇わなきゃならないんだい!?見るからにグズで!甘ったれで!頭の悪い小娘に、仕事なんかあるもんかね!」
ーーーー「…」
ーーーー「ごめん、いいすぎた。いいよ。めっちゃある、仕事。人手不足。ちょっと聞いたことあるセリフでテンション上がっちゃったの」
ーーーー「…ありがとうございます!!」
魔女は普通にいい人だった。でも、魔力があるのは貴族ばかりで平民にはほとんど居なかったので魔女の弟子は30年ぶりだといっていた。魔女の弟子になって、癒やしの力をうまく使うための力の制御の仕方や、活用した薬剤づくり、日常生活に溶け込む品物を作ったり、素材の勉強をしたり。毎日があっという間に過ぎていく。
半年もたたないうちに街の人達からは「魔女さん」と親しみを込めて呼ばれるようになっていた。丁寧に時間をかけて頑張って作っているところを見られていたらしい。魔女自身は見るからに「魔女!」って感じなのでちょっとこわごわしていた街の人も、私の姿はただのお嬢さんなので親しみを感じてくれているらしい(!)
「おや、ジュリア、お前顔色が悪いよ。また魔力切れかね」
店番をしていた魔女が戻ってくるとジュリアに話しかける。
はっと手元で薬草をすりつぶす手を止めた。私は、魔力量があまり多くないのですぐに魔力切れを起こしてしまう。そういえば、今日は朝から結構魔力量使っていたのだった。
「あぁ、ありがとうございます。確かにちょっと使いすぎてたみたい」
「ぶったおれて使い物にならないのはごめんだから、十分に気をつけるんだよ」
「はい」
魔力切れを起こすとひどい二日酔いのようになるので、本当に辛い。本当に、辛い。まじで、辛い。大事なことだから三回言った。だから、魔力切れにならないように自分の魔力量がどれくらいかを計測し、魔力量を少しずつ増やすような訓練もしながら少ない魔力で効率的に狙ったものをを作れるように実験しているのが私の日課だ。
うっかり使いすぎると、その場でバタンと倒れるのではなくて、魔力が無くなって暫くしてから指先が冷たくなって目眩がして、腹のそこからムカムカして吐き気を感じて全身がすうっと寒くなって、嘔吐するのだ。そして、その辛い飲みすぎ症状は翌日には頭がガンガンしてムカムカは抜けない。それが翌日一日も続くのだ。
あぁ思い出すだけでもムカムカしてくる。酒も飲んでいないのに理不尽である。どうせ気持ち悪くなるなら美味しい酒もついでに呑んでおこうかしら。そんなことをぼんやり思っている。というわけで魔力切れ、だめ、絶対、なのである。
なのにちょいちょい魔力切れをおこしてしまう私はいかに魔力を効率的に使うか、ということにかなり敏感で、色々と調べまくっていた。そして、最近調べた宮廷魔術師の論文にドンピシャ魔力切れしにくくなるための研究をしている人が居たので鼻息荒く手紙を書いてみたところ、研究内容を情報共有しようということで連絡があった。
フランチェスコ・ボルゲーゼという人という名前はわかるがどういう人なのかわからないのでとりあえず自分は「ファルマチーア ベアトリーチェ」というお店にいるので来るならそこでジュリアという女性を訪ねるようにと手紙で伝えたのは1ヶ月前。手紙には了解、とだけ書いてあっていつ来るとかは書いてなかったしフランチェスコがどういう人なのかということも特に書いていなかったので、手紙をもらった最初の週はドキドキしていたけれど、2週間、3週間と経つにつれてすっかり忘れていた。
◆◆◆◆◆
店の裏手で注文の入った染髪の染料を加工していたら、ふと視線を感じて目線を上げた。旅装束のカーキのマントだが、裾の方にさりげなく刺繍も入っており生地も良くパッと一眼見ていい品物だというのがわかる。
「ボルゲーゼ様、普段は宮廷魔術師をされていると伺っておりますのに、遠いところご足労いただきましてありがとうございます」
作業していた手を止めて声をかけ、きちんと簡単ではあるけれどお辞儀をする。するとはっとした男性がニッコリ笑って
「初めましてカラファ嬢。店にいたベアトリーチェ様に貴方がこちらにいらっしゃると伺ったので来たのですが、真剣に作業されていたのにお邪魔をしてしまったようで」
「いえいえ、とんでもないです。せっかくご足労いただきましたのに大変恐縮なのですが、ちょうど手が離せない作業に入っておりまして、2−3刻ほどかかりそうです。申し訳ないのですがお待ちいただけますでしょうか」
ーー自分より高位の貴族の方に待ってくれというのはあまりにもあまりにもだったかなー…
でも今この染料煮出し始めちゃったし、この材料は今の時期は無駄にできないし…頼む、待つって言って…!
ちらりと染料の煮出し窯に目線を一瞬やった後不安そうに告げたら、状況を察してくれたのかあっさりといいですよ、とフランチェスコは告げてくれた。
店を出たフランチェスコは近場をふらふらとみて回って、手頃な喫茶店で飲み物を飲みながら今しがた出会ったジュリアのことを思い出していた。
初めて受け取った手紙では、子爵令嬢だがポーションを作っており、自身の魔力量不足に悩まされているので私の論文に辿り着いた、というからどんな女性かと思ったら、ほとんど平民みたいなものだった。汚れた古いドレスに何かを作っている真っ最中で顔にも葉っぱのシミがついている。榛色の髪の毛をひっつめにして鼻の頭にはそばかす、化粧っ気がなく痩せている。平民でももうちょっと身綺麗にしている婦人は多い。だが。
こちらに気がついて、立ち上がって振り向くとオリーブ色の綺麗な瞳がこちらをしっかり捉えてカーテシーで挨拶をしてきた。きちんとした挨拶に、あぁやはりこの人は末席でも貴族令嬢なのだなと感じさせられてはっとした。心のどこかで「お遊びなんだろうな」という気持ちがあったことが否めなかったが、真剣な様子に真面目に取り組んでいることがすぐにわかる。そして、見た目がよいと自負している自分に対しても甘い態度は見せてこない。おまけに今の作業を終わらせたいため2-3刻待ってくれと言われる。突然来たことに対しては仕方ないと思うが仮にも上位貴族である自分を待たせるという選択肢がある時点でちょっと貴族っぽくはないな、と思ってふっと笑みがこぼれてしまった。
店でブラブラして様子をみていると、ひっきりなしに客がくる。よくある町の薬局なのでポーションや毒消、腹痛や酔い止めなどがずらっと並んでいるのだが、よくよく見てみると、ポーションだけでなく綺麗で装飾的なガラス瓶に入った何かが売っている。
魔女の婆さんに声をかけてみるとジュリアのアイデアだという。昔はポーションも5倍の値段で売っていたが見習いが作ったものを今の値段で売り、魔女はほとんどポーションづくりをしなくなって今では店番をしたりしなかったりだという。何を売っているかはよく知らないと言っていた。
ーーふうん。同僚にもあんな女性はいないな。
思い出してまたふっと笑顔が溢れた。ぐいっと最後のお茶を飲み干して店に戻るとジュリアがボウルの中身を透明のガラス瓶に移していた。こちらを見て、焦った顔をした。
「もっ、申し訳ありません!もうすぐに、すぐに終わります!!」
そう言って大慌てで瓶にコルクの蓋をしてリボンを巻きつけた。
「大変お待たせいたしました!!ベアトリーチェ様、わたくし今日はこちらで失礼いたしますね。」
ベアトリーチェの返事を待たないでジュリアは店を出る。
「ボルゲーゼ様、お待たせしてしまって大変申し訳ありませんでした。お時間も有限かと思いますのでお手紙にてご相談させていただいておりました魔力補充の研究に関しましてお話させていただけませんか?
お話するのに半個室の取れるお店でもよろしいでしょうか。大変お恥ずかしながら、当家では十分なおもてなしができないかもしれないのでそちらの方がご不快な思いをいただかないかもしれません」
「特に場所にはこだわりませんよ。では、カラファ嬢のおっしゃるお店に行きますか?でもそこまで肩肘張らなくて大丈夫ですよ。
私は伯爵家と言っても三男坊ですから家を継げず宮廷に出仕している身です。調査目的や必要な資材調達もよくしているのでそれこそ野宿もしているのですよ。お気を楽になさってください」
「そ、そうはおっしゃいましても…」
「はは。気を楽にと言っても急には難しいかもしれないですね。では、まずは名前から。ぜひフランチェスコと呼んでください」
「そ、それではわたくしもジュリアと」
「では遠慮なく。ジュリア」
「はい、フランチェスコ様。そういうことでしたらお言葉に甘えて。でもあんまりうるさい場所ではゆっくりお話もできないので少し静かな場所でお話を伺わせてください」
話がまとまるとすぐにジュリアは近場の店に入っていくのでついていくと伝令鳩を飛ばすように依頼をして小銭を払っていた。なんでも自宅に、今夜は外で夕食を摂ることと帰りは辻馬車で帰る旨を連絡したと言っていた。
「お嬢様なのかと思ったら案外遊び慣れてるんだな」
「ちょ、揶揄わないでください!子沢山貧乏子爵家の娘なんて何のお金にもならないですから自由にさせて貰っているだけなんです」
ぷっくりと頬を膨らませる様子がおかしくて、自然に笑い声を上げてしまった。普段は仕事場でも基本的に個人商店だし貴族同士は化かし合いみたいなところがあるから気が張っているが、そういう緊張もなく思わず笑ってしまった。
◆◆◆◆◆
ーー私の超お気に入りのお店、久しぶり!!!!
私のとっておきのお店に連れていってキンキンに冷えたエールで乾杯をしたらフランチェスコ様は目をまんまるにしていた。
ふふっ、そうでしょうそうでしょう。このお店には氷魔法が使える人がいるからエールがキンキンの状態で出てくる。たまに店が賑わって忙しいと魔法が適当になって冷たさが足りなかったりシャーベット状になって出てくることもあるけどそれもまた「今冷やしました感」があっていいのよね。
それに、ご飯もすっごく美味しい。貧乏子爵家とはいえシェフがいて作ってくれるお料理は勿論美味しいのだけれど、それとは話が違うのよ。
きのこのアヒージョを薄い薄いバゲットに乗せてオリーブオイルが滴るのを慌てて口に運びながら、今しがた聞いた魔力維持と増強の研究の素材について聞き捨てならない部分があったので聞いてみた。
「なるほど、じゃあこちらの領地にきたのは、マジックポーションの素材探し、ということなんですね」
「うん、そうだよ。基本的には、効率的に魔力を【出力する・補充する】という観点で研究しているんだ。今は特に補充の観点でタブレットが作れないか、と思っている。
いわゆるマジックポーションは君も身を持って知っていると思うけれど、回復量が非常に弱いから、より回復出来るマジックポーションと、タブレット化の2点が研究の軸だよ。といっても、これは趣味なんだけどね」
「なるほど。マジックポーションは回復量が本当に微々たるものだから、私のような魔力を貯める器が小さい人間だと3本飲んでも魔力の1/4回復したか、くらいなんですよね。マジックポーション一本が300mlあるのでもうお腹たぽたぽで」
「ははっ、お酒はいっぱい入るのにね」
「本当ですよね!なんでエールって何杯でも飲めるのかしら。エールをマジックポーション化する研究に変更しようかしら」
「それだと昼間っから飲兵衛が続出するぞ」
「あははっ、そうですね!冒険者はダンジョンには持っていけないわ」
「話を戻すと、今は魔力を帯びたもので体内に吸収される素材をトライアンドエラーを繰り返して研究しているんだけど、今回はその素材探しの一環で来たってわけ。今回は魔獣の卵を素材に出来ないかなって思って」
「はー、魔獣の卵ですか。粉末状にしてってことですね。それは考え付かなかったー」
「まぁ、あちこち旅して素材探しばっかりしているからね」
「宮廷魔術師としてのお仕事に追われていないんですか?」
「んー?基本研究職なんだけど、私は魔力量が結構多くてぼちぼち派手な目を引く研究を一年に一個まとめたあとは遊び歩いているんだよ。研究のための調査目的、とか必要な資材の研究、ってことでね」
「そんなにふらふら旅に出られたら奥様とかご家族の方はご心配なさるでしょうに」
「いや、私は結婚していないから身軽なもんで。さっきも言ったけれど三男坊だから貴族同士だとどこかに婿入りになっちゃうんだけどうち結構裕福だから、声がかかるのは実家の支援を見越したご縁ばかりでが続いてね。
別に金を払うのが嫌なわけじゃないけれど入婿で縛られた上に金も払うってなんかちょっと魅力感じなくって。宮廷魔術師だと一人で生きていくには気楽に過ごせるし」
「なんで宮廷魔術師になったんですか?」
「騎士は汗臭い、文官は男所帯でムッツリ、それであればいっそ楽で…ごほん、自由に研究出来る宮廷魔術師になろうという消去法でなった。あとは給金も結構いい」
「なるほど、それで好きな時に好きな女性とちょこちょこ楽しく遊んでいらっしゃると」
「よくわかっているじゃないか」
「それだけお美しい容姿でしたら引くて数多ですね」
「君もそう思ってくれるのか。では今夜はこのまま宿に来るかな?子猫ちゃん」
「いえ、私はそんな魅力たっぷりの御仁のご期待に添える自信がございませんので謹んで遠慮させていただきます」
「連れないじゃないか」
「はいはい。話を戻して、魔獣の卵の素材集めですが、ギルドに依頼しつつ私も同行してみたいのですがお許しいただけますか?」
「お店はいいの?」
「んー、まぁ魔女に相談、て感じですけどちょっと多めに必要な売り物を揃えておけば文句は言わないと思います」
「そういえばお店、結構面白いもの色々売ってるよね。あのキラキラしたガラスの瓶は何が入っているの?」
「今日作っていたのはお祭りに出かける際に使う髪の毛染めですね。髪を華やかな色にして花で飾ると、それはそれはきれいなので結構人気なんですよ。好いた人とのデートにオシャレしたい女心からの依頼ですね。
そういう依頼がしばしばあって、髪の保湿や肌の保湿、貴族向けよりグッと抑えた香水、冬場は水仕事で指があかぎれるので軟膏や肌の保湿剤なんか、ですね。
専ら人々の生活に根付いたものを少しずつ出しているのですが女性向けのものは気分が上がるように見た目も華やかなものを選んでいるんです」
「なるほど、そういうことだったのか」
「あとは、冬の季節になると気鬱になる人がしばしば出るので補えるような栄養や健康相談なんかも受けるから研究したりしています」
「もう医者の領分じゃないか」
「ふふっ、そうやって少しずつ稼いでるんですよ」
「また金か!」
「嫁にいけない女はそうでもしないと生きていけないんですよ!」
「嫁にいかないなら私と1日くらい遊んだっていいじゃないか」
「全然よくない。寝言は寝ていってください。では、ご馳走様でした。おやすみなさい」
「悪かった悪かった」
その日にあったとは思えないくらい気やすく楽しく話をして、とっぷり暮れてしまって辻馬車もほとんど来なくて涙目になりそうだったがフランチェスコがちゃんと辻馬車を捕まえて来てくれたのでなんとか家に辿り着けた。あぁ、なんて楽しい夜だったんだろう。
しかし、あのフランチェスコの女癖の悪さはやばい。少しクセのある金色の髪に青空のような真っ青な瞳、少し垂れた目元にスッと通った鼻。王子様かな?っていうくらい見た目がいい。見た目がいい上に自分で言っていたけれど給料もいい。ということは恐らく宮廷では侍女たちと遊びまくっているに違いない。その上あれだけ自由にあちこち旅に出るってことは色んな街で家族がいてもおかしくない…!!これは猛烈に独身貴族を謳歌しているとみた。。。別に私の貞操後生大事に取っておくつもりはないけれど、こんなところであっさりその他大勢、記憶に残らない一人として散らせてしまう意味もないから本当に気をつけよう…
気持ちを引き締めて、1日で店を留守にする準備を整えた私、偉い。フランチェスコは冒険者ギルドで魔獣の卵の素材を収集するクエストを出してくれて、そこに私と兄妹の冒険者が護衛的な形で森の探索にいくことになった。
◆◆◆◆◆
ーーいや、そらそうなりますよね…
今日何度目かのため息をついてしまうのは本当に仕方ないと思うの。
「フランチェスコさまぁ、薙ぎ倒した草で薄く切り傷が出来たので薬塗っていただけませんかぁ」
「どこかな?」
「ここですぅ。ちょっと恥ずかしいからあちらの木の影で」
「どれどれ」
そう、冒険者(妹)、すっかりフランチェスコの毒牙にかかりました。胸元開けて迫っとります。はい。冒険者(兄)もやれやれという顔をしているわ…
ーーいやもう本当あなた依頼者になにしてんの…っていうかフランチェスコよ。あっ、どこ触ってるんですかもうって、あんたどこ触ってるんですか本当に。
死んだ魚の目をした兄と私はそれぞれに短い休憩時間にさっと水分を摂って休む。私はここまで深い森に一人で入れることはまずないので、貴重な素材があるところでわざわざ休憩にしてもらったのでせっせと頭を空っぽにして素材を集めていった。地図にどこで収集したかもメモしておかなくちゃ。
何がどう効くか分からないものもあるから、帰ったら魔女にまた教えてもらおう。図鑑で見たことはあるけれど実際に手にして、新しく作れるものが増えるってなんかワクワクする。あぁー、やっぱり来てよかった!
そんな風にしていたらフランチェスコたちが戻ってきた。
「ジュリア、採集場所をわざわざメモしてるの?」
「そうなんです。また時間とお金ができた時にギルドに依頼できるように。ある程度どこにあるか分かれば依頼費用も危険度も下げられるし、効果のある素材なら街の人にも役に立つかと思って」
「マメだなぁ…その研究意欲が君の素敵なところだね」
パチンとウインクされた。この男、いちいちキザったらしく言わないと気が済まないのかね。と、ゲンナリしていたら
「ちょ、ジュリアさん、フランチェスコ様は別に特別な意味があってこんなこと言うわけじゃないから。とにかく草をひたすら採っていてくださいよ!」
「おい、エルダ、その言い方は失礼だぞ。ジュリアさん、エルダが失礼なことを…」
「いえいえ、お気になさらず。いつも優しいお気遣いありがとうございます」
「そうよ、マッテオに守ってもらってよ」
「おい、エルダ、いい加減にしろよ」
ーーはぁ、何の痴話喧嘩だ。
冒険者兄がさりげなく冒険者妹の間に入って何となく休憩が終わりになり、また移動を始めることになった。
「なんか、妹が本当すみません。あいつメンクイでフランチェスコさんにすっかりまいってておかしいです」
「いえ、私はついでに参加させてもらっているので先ほども言いましたけれどお気遣いありがとうございま…きゃっ」
「っっと、大丈夫ですか?」
「は、はい、ありがとうございます」
足元をよく見ていなかったから躓いてマッテオさんに抱きついちゃった。男性慣れしていないから自分でも顔が真っ赤になっちゃったのわかる。はぁ、ヤバい。
ふっと顔を上げるとちょっと傷ついたような顔をしたフランチェスコさんがこちらを見ていた。解せぬ。
その後は淡々と休憩、素材回収を繰り返して無事に魔獣の巣まで辿り着いた。
今回の魔獣は鳥型の魔獣なのでイメージ大きな翼竜とほとんど同じ。そんな魔獣の卵の殻って簡単に言うけれど、孵化していないと大きすぎて重すぎて持ち去るにはリスクが高い。だから、雛が孵ってすぐに回収するプランだったのだけれど、雛たちや親鳥が踏み潰して粉々になっちゃうのでタイミングとスピード命なんだよね。
さっき親鳥が巣から飛びたったから、今がチャンスだとマッテオさんとエルダさんが飛び出していった。私とフランチェスコさんは森の影でなるべく足手纏いにならないようにしている。
今回の素材は命を奪わず、不要になったものをもらうことができて人の役に立ったら最高!って素晴らしい素材。だから、ぐっと手に汗握って二人が採りにいく様子を見守る。ううー、ドキドキする…!!
ーーギャアギャアギャア
鼓膜が破れるかと思うほど大きな鳴き声がしたかと思うと大きい風が吹き荒れる。思わずフランチェスコさんにしがみついて二人とも飛ばされないようにとにかく掴めるものにつかまる。親鳥が戻ってきたんだ…巣の中にいた二人は大丈夫だろうか。
最悪の事態を想定して真っ青になる。視界が真っ白になって、手先指先が氷のように冷たい。自分でもちょっとガタガタ震えているのがわかる。怖い。怖い。応戦している声と武器の音が聞こえる。
ーーぎゅっ
簡単に素材の依頼をしたけれど、こんなふうに命のやりとりを伴うなんて。今回依頼したことに罪悪感でいっぱいになっていた私をフランチェスコさんがぎゅっと抱きしめてくれる。温かいフランチェスコさんの体温にはっと取り乱しそうになっていた自分に気づく。
やがて親鳥の声が聞こえなくなって、あたりに徐々に静寂が戻ってきた。足がすくんですぐに動けないけれど、そーっと巣の方をみると、巣から少し離れたところに二人が見えた。血が周りにたくさんついていて、どう見ても命の危機だ。
「おっ、おい、ゆっくり動け!」
後ろからフランチェスコさんの声が聞こえるけれど、私はその辺に親鳥がいるかもしれないなんて気を回すことも出ないくらい一杯一杯で、走って二人の元に走っていった。
エルダさんからかなりの出血がある。これはハイポーションでもどうか、複数必要そうだ。鞄からハイポーションを取り出して直接患部にバシャバシャと振りかける。貴重なハイポーションをこんな雑に使うことは普段はしないのだけど、もうしのごの言っている場合じゃない。一本丸々全身にかけて、もう一本をマッテオさんに渡して飲ませるように指示を出す。
ざっと周囲をみて素早く小さなコンロを出して万が一のためにと持ってきた薬草を煮出す。煮出す際に魔力をかけるがこの薬湯は魔力をかなり持っていかれる。ただ、これをハイポーションと合わせて飲むとハイポーション5本分の回復力を見込めるから全身から出血している今は躊躇っている場合じゃない。
薬草をかき混ぜながら少しずつ自分の魔力を溶かしていくイメージで放出する。色がマーブルになって濃い黄土色のいかにも苦そうな薬湯に青の筋ができていく。やがて薄い若葉のような色になっていく。もう少しだ。これがほうれん草みたいに深い緑になるまで魔力を混ぜ続けないと。
少し眩暈がしてきたけれど、手を止めずに真剣な表情で混ぜ続ける。ふっと視線を上げるとフランチェスコさんがこちらを愕然とした顔で見ている。
あぁ、この人私が魔力切れ起こす前提で薬湯を作ってることわかってるんだ。でも魔力が混じると本来の効果が出ないかもしれないから途中で私と交代することもできず見ているしかない、ってことにも気がついてる。それで、私が倒れることもわかっていてあんな表情になってるのね。ふふっ。余裕綽々な表情しかしていなかったけれど、こういう顔もできるのね。
と、ここまで手を回して、ふっ…と世界が暗転した。
◆◆◆◆◆
フランチェスコはまだ目を覚さないジュリアの眠るベッドの横で、昔のことを思い出していた。
伯爵家の3男として生まれたフランチェスコは、自分自身は魔力量が多く生まれてきた。それと引き換えに、出産に伴い母親が極端に魔力が少なくなってしまい、魔力切れをよく起こしているのが幼い頃からの日常だった。
よくよく注意しているがちょっとした魔道具に触れて魔力をうっかり持っていかれるとすぐに倒れてしまう母親に、フランチェスコは幼心に、いつか目を覚さない時が来てしまうのではないかとひどく不安にさせられた。
母親は目を覚ました時にフランチェスコがそばにいるといつだって柔らかく頭を撫でてくれて、優しく甘く接してくれた。
ーー僕が効率の良い魔力の使い方を研究して、お母様がいつも元気でいられる様にするんだ
小さな頃に決めて誰にも話していないこの気持ちにぴったりな宮廷魔術師になって、27歳の今でも研究を重ねている。母の魔力量が少ないのはいまだに治っていない。何とか研究成果を上げたいとこの地にやってきたけれど、目の前で眠っているこの女性は自分の魔力枯渇を引き換えに人を助けるという選択を躊躇なくやった。それは決して褒められたことではない。あの状態で倒れている人間が変わるだけ、が事実であるがそれでも自分のいる環境で自分の才能でできるベストを尽くした彼女の行動力には本当に驚いた。結局必要な素材をパッと集めて冒険者たちに必要なポーションを飲ませてジュリアを抱えて帰還したあと、ずっと看病したくてそばにいる。
「…ここは」
「…っ、目が覚めたか!?」
「…え、なんで?」
「覚えていないか、ハイポーションを作っている最中に魔力切れを起こしたんだぞお前」
「マッテオさんは?」
「作り切ったハイポーション飲んでピンピンしてる」
「よかった…」
ほうっと息を吐くジュリアは、目が覚めた瞬間から自分以外のことを心配していた。何となく、マッテオのことを気にしていたのが気に食わなくてその後もつい甲斐甲斐しく看病してしまった。
◆◆◆◆◆
それから、3-4日私の体調が戻るのを待ってフランチェスコさんと一緒にハイマジックポーションを作る実験を重ねて、何回かの試行錯誤を経て成功した。今回採集した魔獣はそこまでレアではないものの、この地域にしか見られないので今後ハイマジックポーションを作るための素材として、産業としても良い資源になることが予想された。
「信じれらない!私の薬作りなんて何の役にも立たないってずっと家族に言われてた。私自身心のどこかで思っていたけど、これがこんなふうに自領に役に立ったなんて本当に信じられない!!」
「おいおい、嬉しいのはわかるけど程々にしろよ。何杯目だそれ」
「5から先はみんなおんなじれーす!マスターおかわり!」
「あいよ!」
「ああもう明日知らないぞ」
私は、ハイマジックポーションの作成に成功した日に、猛烈に興奮してフランチェスコさんが微妙な顔をするまで大衆酒場でキンキンのエールを飲みまくった。そんな私をフランチェスコさんの真っ青な瞳が自分を蕩けそうな視線で見ていることに気がついてしまって、顔に血が集まってくるのが自分でもわかる。
「…私、もういい歳だし、持参金もないから結婚もできず役に立てなくって。かといって領地経営に携われるわけでもなくって。本当に中途半端でお荷物だったと感じていたんです。私は平民として、静かに一生を終えるだけだと思っていたけれど、色んな人の助けになるかもしれない。そういう仕事ができてとても嬉しくって気持ちが溢れちゃうんです。だから今日だけは、いっぱい飲んでもいいんです」
「そうだな。俺も研究成果をまとめるからぼちぼち宮廷に帰らないといけないな」
それまで興奮してふわふわしていたのに、急に水を頭から浴びせられた様な気持ちになった。すっかりフランチェスコさんがいることが当たり前になっていたことに気がついた。明日じゃなくても、すぐにこの人がいなくなる。そう考えただけで心にぽっかり穴が空いたみたいな気持ちになってしまった。
ーーあ、私、フランチェスコさんが好きなんだ。離れたくないんだ。
「おい、大丈夫か?急に黙り込んで…
あー…その、なんだ。もし、ジュリアが問題ない様だったら、研究成果のまとめの助手をしにこないか?」
ーーえっ、もう少し一緒にいられるの?…それなら側にいたい。
今の状況を放り投げてついていくのはどうかと迷ったけれど、ベアトリーチェにも相談をしてきちんと必要なポーションを作れるだけ作ってから私はフランチェスコさんについて王都についていくことを決めた。
フランチェスコさんが私設の研究補助要員として申請をしてくれて、短期ということもあり何とフランチェスコさんが使っているタウンハウスの一室で生活させてもらうことになった。そうして、フランチェスコさんと研究成果のまとめを始めた。初めて宮廷魔術師のオフィスに行った時は眩しくて目がくらくらしたけれど、あっという間に環境に慣れてついでに液状ではなく経口タブレット化できないかという実験も始めた。元々の素材が粉末にできるものだったから水で溶かさずにぎゅっと固めたら何本も飲まなくていいんじゃないか?ということで飲みやすさも実験したりしてあっという間に月日が過ぎ去っていく。
「ジュリア、ランチの時間だからカフェテリアでテイクアウトしてきてくれないか」
「いいですよ」
カフェテリアから研究棟に帰る途中回廊を歩いていると前方から侍女が歩いてくるのが見えたので少し端の方に寄って挨拶すると、こちらに気がついた女性に捕まった。
「あら?あなた、フランチェスコのところで飼われている田舎から来た子?いい歳してそばかすだらけの顔晒してこんなところにいるのは見苦しいから早くお郷に戻りなさいな。フランチェスコはあなたみたいな野の花ではなくて私たちのような手入れされた花を楽しむのよ」
「…急いでおりますので失礼致します」
もう何度目だろう。フランチェスコが以前親しくしていたというたくさんの女性たちから似た様なことをよく言われる。私と住む世界が違くて、何度聞いてもしばらく呆然としてしまう。確かに、私は鄙びていて、薬草採集するからそばかすもいっぱいあるし日にも焼けていて全然淑女らしくない。淑女じゃないとあの人の隣にはいられないのかしら。
じわっと目に涙が溜まってきて、ついっと上を向いて深呼吸する。目が赤いと泣いていたのがバレてしまうわ。もう、タブレットの研究もそろそろまとまるし、素材も少なくなってきた。私がここにいられる理由もじきになくなってしまう。それに、だらだらしがみついてもフランチェスコがもし誰かと政略結婚することになったりでもしたらそれこそ私生きていけないかも。我ながらめっちゃ重い。これは絶対に悟られちゃだめだわ。
◆◆◆◆◆
その日の夜は久しぶりにフランチェスコと王都でも貴族エリアではなく平民エリアにあるトラットリアで夕食を食べに行った。
「えっ、夜会ですか?」
「うん。ほら、宮廷魔術師の上司のフリオ様いるだろ。彼、実は侯爵家の出身なんだけど毎年この時期部下に春のお祝いってことで夜会を開くんだ。ご自慢の庭の花が綺麗に咲く時期にね。今、僕は婚約者はいないし、気軽な恋人を連れていくには職場の夜会だからあんまりよろしくない。ジュリアならみんな顔知ってるし、どうかな」
「えっ、私、本当に田舎者だから踊れないですし、ドレスやら何やらないのです…」
「あぁ、その辺は気にしなくていいよ。踊る必要はないし、ドレスはまぁボーナスってことで日頃の感謝を込めて俺から贈るよ。嫌ならいいんだ」
「いや、嫌じゃないです!いきます!」
「そう?よかった。じゃあそろそろドルチェを頼もうか」
その夜食べたドルチェの味はわからなかった。
タウンハウスのメイドさんともすっかり仲良くなって、あっという間にやってきた夜会の当日、朝から色々と準備をしてくれてまるで貴族のお嬢さんになった気持ちになった。ってれっきとした貴族のお嬢さんなんだけど。
しっかりベースメイクからして肌を綺麗に整えて化粧も厚化粧にならない様に、でも清潔感のあるよう施してくれた。どうなってるのこれ。髪もふんわりアップにして、顔周りに青いデルフィニウムを基調に花を差し込んで飾ってくれた。ドレスは怖くて値段を聞くことができないけれど青のドレスでAラインのチュールが幾重にも重なってパニエの上から着ると歩くたびにふんわりと揺れるけれど動きやすかった。胸元が細やかな花のレースがふんだんにあしらわれていて、蝶の形のレースも付いていて、ビジューが散りばめられていて動くとキラキラと光り、息を呑むほど美しいドレスだった。フランチェスコの瞳の色を思い出したけれどまさかねと思いつつ、今日は一生しないと思っていた結婚式だと思って楽しもう、って心に決めた。
ーーコンコン
「ジュリア、そろそろ時間だけれど準備は終わった?」
フランチェスコが部屋をノックするので準備を整えて部屋を出ると、フランチェスコは固まってしまった。
「あー…フランチェスコ?何か私変です?」
「っっ、いや、いやっ。変じゃない」
自分でも結構綺麗に着飾ってもらったので嬉しかったのだけれど、馬車の中でも終始フランチェスコは眉間に皺を寄せていた。何かやっぱり良くなかったんだろうか。全然わからない。やっぱり田舎者だからなのかしら。。。
夜会会場で、まずはと主催のフリオ様に挨拶に一緒に行くと、びっくりした顔をされた。
「なんとなんと、妖精が舞い込んだかと思いましたよカラファ嬢。今夜は一際美しいですね。庭の花も自慢ですのでどうぞ花の妖精のようなあなたにも楽しんでいっていただきたい」
「今夜はご招待いただきましてありがとうございます。はい、庭園が大変美しいといろいろな方から伺って参りましたので是非ゆっくり散策させていただきたいと思います」
他にも日頃お世話になっている人に挨拶すると、大体私だと気がつかず、気づいた後はびっくりして中には頬をさっと染める人もいた。私はある程度挨拶が終わったところでフランチェスコは話の長い同僚に捕まっていたので飲み物を取って壁の花になって様子を見ていたけれど、おわらなさそうだったので庭園に出てみることにした。流石に春とはいえ夜の風は少しひんやりする。庭園は普通は大人のお愉しみをされる格好の場になるのだけれど、フリオ様は夜でも庭園を楽しんでもらおうと蝋燭を豪勢に使って庭も明るくされていたのでこれなら一人で歩いても問題ないだろうと思った。
髪に刺してきたデルフィニウムもアネモネもネモフィラもどれも美しくてため息が出る。バラ園の入り口に差し掛かったところで後ろからフランチェスコが走って追いかけてきた。
「ど、どうしたんですかそんなに慌てて!?」
「いや、はぁ、はぁ、ふと目を離したら、はぁ、はぁ、居なくなっていて、はぁ、はぁ、会場を見回してもいないからどうしたかと思ったら、庭に行ったって、きいて、その、はぁ」
「これだけ明るければ一人でも大丈夫ですよ」
「はぁ、ちょっとそこの四阿で休んでいいかな」
「もちろん」
この夜会が終わったら、先週素材もなくなってしまったので領地に帰らないといけない。魔法は今夜限り。甘い魔法だった。一晩でも好きな人と一緒にいられるなんて本当に幸せ。
「ジュリア」
私の手を取ってフランチェスコが跪く。えっ、なにこれ。
「こんなギリギリまで想いを伝えられない不甲斐ない私を許して。
いつも研究に熱心で自分ではない誰かのために頑張る君も、常にもっと良くできないか模索するその姿も全部愛してる。私と結婚してもらえないだろうか」
ーーキーンと音がした様な気がした。
ーー今、私目を開けて夢を見てる?
不安そうなフランチェスコが私を覗き込んでくるので、慌てて、もちろん!と叫んだあと、思わず涙がこぼれてきた。
「わ、わた、私、持参金もないし、田舎者だけどよろしいのでしょうか」
「うん、問題ないよ。事前に両親にも相談していて、添いたい相手がいれば良いと言われているんだ。あぁ、今夜の女神とも妖精とも見間違えるほど美しい君を他の男の目に映したくない」
そういうとフランチェスコの顔が近づいてきた。優しいキスを一度すると、もう一度、もう一度とキスを重ねる。あんなに甘い夜は一生忘れないだろう。
◆◆◆◆◆
それから、私はフランチェスコと結婚してよくよく相談して一緒に世界中を旅することに決めた。多くの人を助けられるような仕事をもっとしたい。その強い思いでフランチェスコと一緒に研究を重ねて試行錯誤を繰り返して医療分野で功績を遺した。
行く先々で、人々は私のことを親しみを込めて「魔女さん」と呼んだーー
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