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【恋愛 異世界】

紅い髪の魔女

作者: 小雨川蛙


昔、独りの小娘が。

ある日、親と喧嘩して。

大泣きしながら、外へ出て。

勢い、そのままに言いました。

「魔女の処へ行ってやる」

母さん、驚き、悲鳴あげ。

父さん、慌てて、追いかける。

されど、小娘の足は。

村一番の早さです。

必死に追いかける父さんの。

姿はすぐに消え失せて。

気づけば、声さえ届かない。

小娘、一瞬、躊躇うも。

足は何故か止まらない。

ただ、ただ、前へ走るだけ。

まるで何かに導かれ。

娘の足は止まらない。


昔話にありがちな。

荒唐無稽な物語。

数百年も昔から。

村の外れの森の中。

古いお屋敷が一つだけ。

ぽつんと寂しく建っている。

そこには遥か昔から。

独りの魔女が住んでいる。

夜呼ぶ、夕日の、色に似た。

紅い色の髪の毛を。

綺麗に結んだ魔女が住む。

だから、魔女を恐れた人間は。

森に決して入らない。

魔女を恐れて入らない。

しかし、当の小娘は。

勢いつけて、無謀にも。

森へあっさり入り込む。

しかし、娘の想うより。

森は遥かに危険です。

お日様真上に昇っても。

娘の足元暗いまま。

一歩足を踏み出せば。

たちまち足をすくわれて。

頭に大きなコブつくる。

コブの痛みで、段々と。

頭が落ち着き、取り戻す。

それでも娘は挫けない。

後ろを振り向きさえせずに。

じっと、そのまま考える。

やがて、娘はひらめいた。

両手、両足、地面につけて。

生まれたばかりの小鹿のように。

ふらふら、ふらふら、進みだす。

森の奥へと進みだす。


やがて、お屋敷、見えてきて。

気づけば、木の根もなくなって。

お日様邪魔する森の木も。

娘の周りにありません。

今や、娘はお屋敷の。

前に立っているのです。

娘は扉をノックします。

こん、こん、こん、とノックします。

わずかな、わずかな、あいだだけ。

娘はそこで待ちました。

やがて、どうぞ、と戸が開き。

中から、一人の妙齢の。

女が現れ言いました。

「初めまして、おかあさま」

礼儀正しくお辞儀され。

娘は混乱いたします。

娘を迎えたその人の。

髪は真っ赤な夕日のよう。

自分を迎えてくれたのは。

きっと、魔女に違いない。

娘は言葉が出せぬまま。

魔女をただただ見つめます。

魔女は微笑み言いました。

「どうぞお入りくださいな」

紅い髪の毛持つ魔女は。

喜び湛えた顔のまま。

娘を招き入れました。


案内されたお屋敷は。

実に掃除が行き届き。

埃一つありません。

しかし、これほど広いのに。

どれだけ辺りを見て見ても。

気配は魔女の一人だけ。

娘は客間に通されて。

少し待つよう言われます。

「お茶をご馳走いたします」

魔女は娘へ丁寧に。

頭を下げて消えました。

はてさて一人残された。

娘はすることもなくなり。

辺りをぼんやり見まわします。

ぐるぐる、ぐるぐる見回して。

娘はようやく気づきます。

大事に、大事に、額縁に。

入れられている、肖像画。

白い髪の毛を生やした。

気難しそうなおにいさん。

「お待たせしました、おかあさま」

戻ってきた魔女の言葉で。

娘は興味をなくします。


広いお屋敷の中で。

娘は魔女と二人きり。

おまけに目の前に居る魔女は。

不思議なほどに慇懃で。

恐ろし、恐ろし、恐ろし、と。

伝え聞いた魔女だけど。

これではまるで召使い。

娘は思わず尋ねます。

「あなたはほんとに魔女ですか」

魔女は微笑み首を振る。

「いいえ。私は魔法など、たった一つも使えません」

あまりにあっさり告げられた。

その言葉がこそが魔法のよう。

魔女は笑って言いました。

「私は皆さまと同じ。ただの人間に過ぎません」

紅茶を一口飲み込むと。

魔女は笑みを寂しげに、変えてぽつりと言いました。

「私はこのお屋敷の。たった一人の召使い」

掴み切れぬ現実を。

娘はどうにか握りしめ。

先の言葉を待ちました。

魔女は一瞬、時を止め。

一つ小さく息を吸い。

静かに、静かに、語ります。

「このお屋敷には昔から。魔法使いの一族が。代々住んでおりました」


魔女の語る一族の。

所業はまさに、悪魔のよう。

いいや、それは間違いなく。

昔話の魔女そのもの。

「その通りです。おかあさま」

魔女は苦笑しています。

きっと、娘が聞いていた。

恐ろし、恐ろし、物語。

おそらくその大元は。

魔法使いの一族の。

所業がそのまま伝わった。

きっと、そんなところだろう。

「数百年も昔です。私はその一族の。一人息子に助けられ。死ぬ運命を変えられて。こうして生きているのです」

魔女は語り続けます。

自分を救った魔法使い。

彼は一族でただ一人。

澄んだ心の持ち主で。

家族の仕打ちに耐え切れず。

心を痛めておりました。

「私の家族は一族に。嬲り殺しにされました。私もそのまま殺される。そう思った矢先に。主様が救ってくれました」

それは突発的なもの。

しかし、確かな行動で。

彼は気づけば同族を。

自らの手で殺めてた。

彼は呆然として。

助けた少女を見つめます。

夜呼ぶ、夕日の、色に似た。

紅い色の髪の毛を。

綺麗に結んだ少女。

彼はただただ見つめます。


「それがそのまま主様の。運命へと変わります」

娘の前に座る者。

紅い髪の毛を持った。

魔女は昔話を語ります。

自分を救った魔法使い。

そんな彼の運命を。

ただただ静かに語ります。

彼はその日の内に。

邪悪な一族と決別し。

彼らと戦う道を。

進むことを選びます。

少女も彼を支えます。

少女の村に居た。村人達も立ち上がり。

遂に邪悪な一族も。

報いを受ける時が来ます。

数年に及ぶ戦いの。

果てに彼らは勝利して。

村人たちは勝ち取った。

平和に心を撫でおろし。

ようやく手にした幸せに。

静かに、静かに浸ります。

しかし、彼の顔は暗く。

何故か、諦めに満ちた顔。

そのまま一族のお屋敷で。

たった一人過ごします。

「そこで私は一人で。このお屋敷へと来ました」

しかし、彼は少女を。

ただただ邪険に扱います。

それでも挫けぬ少女に。

やがて彼が折れました。

そのまま二人は暮らします。

「けれど、一年が経った頃。村から人間がやってきます」

彼女の口から語られる。

邪悪な一族の末路。

即ち、彼女が仕えてた。

大切な主の末路。

村の人間達は。

彼も邪悪な一族と。

気づき殺すと決めたのです。


彼はそうなることを。

どうやら悟っていたようです。

彼は少女に言いました。

『今すぐ、ここから逃げてくれ』

泣き出し、離れない少女に。

彼は尚も言いました。

『私は死ななければならない。それが果てしなく続く。一族の受ける罰なんだ』

しかし、それでも離れない。

彼はほとほと困り果て。

どうすれば良いかと聞きました。

「私は主様に言いました。共に罰を受けたいです」

娘は思わず、驚いて。

魔女をじっと見つめます。

紅い髪の毛を持った。

彼女は未だに生きています。

しかし、彼女の語る。

主はどこにも見えません。

魔女は静かに立ち上がり。

白い髪の毛のおにいさんの。

肖像画が入れられた。

額縁をじっと見つめます。

「主様はあのまま殺されて。今も罰を受けています。地獄の業火で身を焼かれ。一族の罰を受けています」

魔女は一度黙り込み。

やがて、息を吐き言いました。

「しかし、いずれ罪は消え。再びこの世に生まれます。主様は確かに言いました。戻って来ると言いました」

娘は暫し呆然と。

魔女を見つめていましたが。

遂に意を決し問いました。

「あなたの罰はなんですか?」

魔女は微笑み答えます。

「主様の最期の魔法。それは不老の魔法です。つまり、私は老いません」

娘は思わず息を飲み。

彼女の罰を知りました。

「主様を独りで待ち続ける。それが私の罰なのです」


全ての話を聞き終えて。

娘は魔女に見送られ。

お屋敷の外へと出ました。

娘は初めて見るように。

彼女をじっと見つめます。

紅い髪の毛を結んでいて。

歳をとることはないけれど。

彼女は魔女ではないのです。

娘にとってはあまりにも。

それは奇妙なのでした。

しかし、確かなことなのは。

娘は恐ろしい魔女の。

お屋敷から無傷で帰るのです。

娘は彼女へ礼をします。

「お茶をご馳走様でした」

「私もおかあさまに会えて。とても、とても幸せです」

娘は少し躊躇って。

彼女へ問いを投げかけます。

「あなたはなんで、おかあさまと、私を呼ぶのです?」

すると、彼女は微笑みます。

「最後の別れの前に。主様が私に言ったんです」

娘は彼女の顔が。

幸せに満ちているのに気づきます。

「ここに次に来る者は。私の母となる者だ」


あれから十数年が経ち。

娘は女性となりまして。

村の男と結ばれて。

一人の子供を生みました。

赤子だというのに白髪で。

話す言葉は大人びた。

そんな男の子なのでした。

ある日、その子は女性へと。

ぺこり頭を下げ、言いました。

「長くお世話になりました」

女性は頷き言いました。

「早く行っておあげなさい」

彼は静かに頷くと、そのまま歩き去りました。


やがて、深い森の中。

紅い髪の毛を結んだ。

魔女と呼ばれた一人の。

女が大泣きして言いました。

おかえりなさい、と言いました。

そんな彼女の体を。

遥かに小さな体で。

彼は受け止め言いました。

おまたせしたね、と言いました。

紅い髪の毛を持った。

魔女と言われた女は。

愛しい方の胸の中。

わんわん、わんわん、泣きました。



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