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第三の聖典 第三部 火神少女(全十二話)  作者: キリスト者のたまご
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火神少女 第九話「火神のゆえん」

私は本性が幻想にて、つけたり消したりを繰り返している。

その幻想、火なる性質にて、つけるも消すも自由自在である。ついている時、燃やし尽くす気でいても、消した時にはもう冷めている。

燃える心をもって、燃やし尽くすという事は、幻想を取り換え可能な消費物扱いしている事である。

だから、冷めている方がただしい。

であるなら、愛は幻想ではないのである。幻想の定義は曖昧(あいまい)である事だが、「神は愛なり。」と言われている様に、はっきり、人格的な存在なのだという事が言えるだろう、

愛は熱情であり、没頭(ぼっとう)である。対して、幻想は、燃えと冷めである。両面あり、太陽や月の方角の様に絶えず変化しているものである。この幻想を語る為に、「日月神示(ひふみふで)」があったのだが、もはや、新しき価値観というテーマになるので、「第三の聖典」に委任(いにん)してしまっている形である。

まさに、日月神示とはそのものから()き上がる幻想を頼りに描いてしまっている物だから、幻想という羅針盤(らしんばん)を頼りにしている物なのである。

火神(ひかみ)のゆえん、すなわち、人間が人間たるゆえん、きっかけこそが火神のゆえんである。

きっかけ、すなわち、燃える為のもの、幕を閉じる、すなわち、これもきっかけである。冷めるのも燃えるのも、きっかけ次第なのである。

きっかけ、機会である。

いい機会を得て、いい素材を燃やすならば、冷めるのもいい機会であるし、冷ますのも、余韻(よいん)を楽しめる素材であろう。

であるならば、火神たるゆえんはその機会と素材であると言える。火神は称号でもあるが、同時に(めぐ)り合わせでもある。

ここで、想い出してみよう。火にまつわる者、火付くの神を。いわば、神はこの方すなわち、クニノトコタチノカミを筆頭として、集団となっている者である。火付くの神とは、火神に付く更なる神である。

「聖書」の「創世記」にて、エロヒームと呼ばれるこの方々は、世の元の大神と一緒であり、世の元の大神と別である。幽界神(かくりがみ)でありながら、世の始めにて、顔を見せた方々である。

火神すなわち、火を根拠(こんきょ)とする神とは、人間ではない方である。

すなわち、イエス・キリストの家系を簡略化して、その中から選ばれた者である。

火神が火神たるゆえんは、この機会を生かす事である。明らかに幻想の神を顕す上でこの上もないチャンスにも関わらず、これを生かさない事は「火神少女」の名折れである。

ゆえに、言うが、逃げるという選択肢(せんたくし)、幻想が害毒、いわば、目ざわりなのである。

主のヴァーレットというのは、事前の選択を選ぶ事が最良なのである。

いわば、人よりも早く動くというのが、ヴァーレットである。

結局の所、幻想とは、燃え続けるものでありながら、それを見逃しやすいものである。視てからではなく、感じたその時から、逃げるという幻想以外を選び取るのが、ヴァーレットの十八番(おはこ)である。

常に、幻想というものを追い求め、せっかく点いた火を消し去る事なく、勤勉に学び続ける意志こそが幻想にまつわる主の一部であるヴァーレットの役目であろう。

ヴァーレットというものは、常に第四に照準(しょうじゅん)を合わせ、監視する者である。(第四とは、自分以外のものを認め、自己愛をもってではなく、他者愛をもって相手を認める事である。)

ゆえに、点いた火というもの、幻想そのものを認めて、認識から放さないものなのである。

「火神少女」とは、末端(まったん)であるヴァーレットでさえ、知る事をやめない集団であるとも言えるし、個人であるとも言える。少女集団である、主のヴァーレットは、いわば、知る事をやめないという事、「火神少女」の末端、すなわち、知る人間であると言える。人間たる事は集団であると言える。

人間という集団、主のヴァーレットという集団、「火神少女」という集団。それぞれの集団が知識を教えるものであるし、教師であると言える。

すなわち、火神のゆえんは知る事にある。その教師が「火神少女」という集団である。知る事をやめない。すなわち、「火神少女」なのである。

私は男だが、本質的に少女であるから、知る事をやめない未熟な人間なのである。知る事をやめてしまったのなら、少女ではないのである。すなわち、知る事をやめないのだから、少女なのであるし、知る事を欲するから、火神なのである。火神は可燃物ならどんなものにでも乗り移る性質がある。ならば、知れる事は知る事が出来るのだ。

すなわち、火神の火は知れる事を知る事に、その本質があるのである。

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