エーテルの魔法使い
テンプレ要素てんこ盛りの王道ファンタジーです。
大学入試の朝、私はどうにも苦手な有機化学の内容を確認するために参考書を読んでいた。それも歩きながら。ご存知二宮金次郎状態だ。
そんな状態で入試の会場へ向かっていたせいだろう。赤信号に気付かずにトラックに轢かれ、私は息を引き取った。
ああ、なんて馬鹿な死に方なんだろう。そういえば、轢かれる直前に見ていたページにあった
RーOーR'
ってなんていう結合だっけ……。
「何と哀れな少女だ。勤勉ゆえに死んでしまうとはあまりに理不尽なことよ。」
え、誰ですか?女性とも男性ともとれる声が脳内に響いてきた。
「私はおぬしらが言うところの神だ。」
かかか、神様⁉︎
「うむ。さていきなりだが本題に移ってもよいかな?私も忙しいのでね。」
は、はいどうぞ。これはあれだろうか?天国行きが地獄行きかってやつだろうか。
「本来ならそうするんだがな。今回はちょっと変わった措置をとることにした。」
変わった措置?
「そうだ。君は大学入試を受ける前に死んでしまったね?」
はい。参考書読んでたせいでトラックに気付かず。
「実はな、あそこで死なずに無事入試を受けていたら君は第一志望に合格していたんだ。」
えええええええっ⁉︎ウソでしょ⁉︎偏差値的に滑り止めも覚悟してたのに。でも今更聞いたところでただただ悔しいな……。
「そうだな。私としても君のような努力を怠らない人間をこんな早くに失うのは勿体ない。そこで提案なんだが……」
提案?
「君にこれまでの18年の記憶を持たせたまま、生まれ変わらせようと思う。」
うう、生まれ変わり⁉︎
「その通り。だが君の元いた世界に生まれ変わらせることはできない。そこで、元いた世界とは違う世界に生まれ変わらせようと思う。」
違う世界?それって……異世界転生⁉︎
「君たちの世界ではそう呼ばれているようだね。その通り。異世界転生だ。」
とてもじゃないけど信じられない。ラノベみたいなことが本当に起きるなんて。
「君が承諾すればすぐにでもできるように準備は整えてある。どうする?」
ま、待ってください!まず説明を……
「ああそうだね。いかんいかん。では説明を始めよう。君がこれから行く異世界には魔法が存在する。」
魔法ですか……ますます異世界ですね。
「その世界の人々は能力の差こそあれど、誰でも当たり前に魔法を使うことができる。身分制度も存在しており、君は平民階級に生まれる予定だ。あと君には特別に魔法の才能を多く与えよう。努力次第ではトップクラスの魔法使いになれるよ。」
所謂チートってやつですね。努力次第ですけど。
「その通り。才能に溺れないように気をつけたまえ。他に要望はあるかな?」
うーんそうですね……あ、1つだけ。
「何だね?」
私、この1年間いや3年間、受験のために頑張ってきたんです。
「そうだね。よく知っているよ。」
魔法の才能は嬉しいし欲しいです。けどできれば、この3年間の努力も無駄にしたくないんです。だからどうか、私が勉強してきた知識を活かせるようにしてください!
「……分かった。君の熱意に応えよう。」
……!ありがとうございます!
「特に死の直前、苦手な有機化学に逃げずに取り組んでいた君の姿はとても良いものだった。その努力が報われるようにしよう。」
流石にここまで評価されてしまうと少し恥ずかしいものだ。
「ではそろそろ時間だ。転生を始めよう。」
神様のその声と同時に、私の体(そもそも体があるかどうか謎だけど)はふわりと浮き始めた。
「ではでは、よい人生を。」
その声と共に、私の意識は暗転した。
「マリー、もう朝よ。早く準備なさい。」
「はーい!」
マリー、それが今の私の名前だ。今年でというか今日をもって12歳の女の子である。
「ついにマリーも能力の儀を受けるのかぁ。俺にはまだ赤ん坊だったのが昨日のようだぜ。」
「そうね、よちよち歩きの頃がつい最近のことみたいだわ。」
この人たちは私の両親。神様の説明どおり一般的な平民階級だ。かといってこれといった不自由があるわけではないが。
取り敢えずこの世界についてもう一度説明しておこう。神様も言っていたが、この世界には当たり前に魔法が存在する。魔法には大きく分けて2種類あり、勉強と努力次第で誰でも使える「一般魔法」と自分だけが生まれつき使える「特殊魔法」だ。
魔法はエーテルというこの世界を満たす不思議なエネルギーを消費して使われる。
そしてこの世界の人々は12歳になったら教会で「能力の儀」という儀式を受ける。特殊魔法の内容をしるためだ。そして私は今日が12歳の誕生日だ。
「じゃあ行きましょうか。」
「うん!」
教会には何人か私と同じ年の子供たちが何人か集まっていた。司祭と思わしき人物が前に出て話し始める。
「これより能力の儀を行う!名前を呼ばれた者は前に出よ!まず1人目、アレス!」
名前を呼ばれた男の子が司祭の元まで歩いていく。その床には魔法陣が刻まれていた。
「神に祈りを捧げよ。さすれば力は授けられる。」
「はい。」
アレスが跪き、両手を組んで祈りを始める。すると床の魔法陣が光り始め、数秒で収まった。
「アレスに与えられし特殊魔法は……『爆炎』!」
「「「うおおお!」」」
「すっげー!いきなり強力な攻撃魔法だ!」
「今年は豊作かもな。」
「次の者!」
そうして他の子たちも同じように儀式を終えていく。どうやら今年は皆強力な特殊魔法を与えられたようだ。
「では次の者、マリー!」
「あ、はい!」
最後に私の番となった。
「神に祈りを捧げよ。」
私も他の子たちと同じように神に祈る。まあ神様とあんな約束をしているが、かといって感謝の意を示さないのは傲慢というやつだ。
魔法陣が光り始める。そして私に与えられた特殊魔法を司祭が宣言する。
「マリーに与えられし特殊魔法は……『エーテル操作』!」
「……!」
「……ぷぷっ」
誰かの笑い声が聞こえてきた。
「『エーテル操作』って誰でもできることじゃねえか。」
「特殊魔法の意味ねえー。」
「魔法を使うためにはエーテルを操作できて当たり前なのに、わざわざ特殊魔法使うなんて……あははっ!」
「マリー、あんまり気にしちゃだめよ?」
「そうだぞ。特殊魔法がだめでも一般魔法を頑張ればいいんだからな?」
「うん、母さんも父さんもありがとう。」
両親が私を励まそうとしてくれている。その優しさは嬉しいことこのうえないのだが、残念ながら私は全く悲しんでいない。
みんな、それはエーテル違いだよ。
3年後、私は15歳になった。
「それじゃあ母さん、父さん、行ってきます。」
「気をつけてな。」
「マリーなら絶対合格できるわ!」
両親の声援を受けながら、私はある場所へと向かっていた。
王立魔法学園。身分を問わず魔法の才能に秀でた者たちを集め育成する魔法使い養成機関だ。前世からの性格もあり魔法をもっと勉強したいと思った私はこの学園を受験することにしたのだ。前世のリベンジも兼ねて。
学園には3年前の能力の儀とは比べ物にならないほどの人がごった返していた。入り口で手続きを済ませて会場へ向かう。
「おい邪魔だ平民!どけ!」
「きゃっ!」
何事?
「この僕が歩いていて気づかないとは。僕はあのアスタリスク家の長男だぞ!」
「ごご、ごめんなさい!」
私と同じような服装の女の子が派手な格好の少年に怒鳴られていた。ここは身分問わない実力主義のはずなんだが……
「そこの人」
「ああん?」
堪らず話しかけてしまった。
「この学園は身分差なしの実力主義ですよ。そうやって家柄自慢してても恥をかくだけかと。」
「ふん!これだから平民は。貴族である僕が平民に魔法で負けるわけが無いだろう。」
「ええ……」
「まあどのみち間もなく試験が始まる。僕の力に恐れ慄くがいい。」
そういって少年は去ってしまった。厄介な人種もいたものだ。
「ねえ、大丈夫?」
私の後ろに隠れて怯えていた女の子に話しかける。
「は、はい!ありがとうございました。」
「別にいいよ。大したことはしてないから。また何かあったら言って。試験がんばろ。私はマリー。」
「、、、、、!はい!私、リーナっていいます。マリーさん、頑張りましょう!」
リーナと別れて私は会場に向かった。
「これより試験を始める!始めに学園長アリス=ノイマンよりお話がある。心して聞くように。」
闘技場のような場所に集まった私たちへ30代ほどの女性が話を始める。
アリス=ノイマン。史上最年少で学園長に就任した王国屈指の天才魔法使いだ。
「諸君、魔法を極めようという高い志をもってこの場に集まってくれたことに感謝する!諸君らも知っての通り、魔法の力を磨き上げるのは絶え間ない努力だ。我が学園で学びたくば、その努力の成果を私たちに示してみろ!」
「「「おーーーーー!」」」
すごい歓声だな。さすがは人気者だ。
「試験は2人1組による真っ向勝負。相手の降参か我々が続行不能と判断した時点で勝負は決する。全力を尽くすように!」
さて、3年間で培ってきた私の力がどこまで通用するだろうか。
勝てる気しかしない。
「よう平民。僕が相手とは運が悪かったな。」
よりにもよってあの貴族のボンボンが相手とは。
「マリーさん、負けないで!」
後ろの方でリーナが応援してくれているのがわかった。負けられないな。ちなみにリーナは先程対戦を終えている。圧勝だった。
「では試合、始め!」
「さて、2度と息ができないように叩きのめしてやろう!」
死んでんじゃん。殺生はあかんて。
「大地よ、その大いなる力で我が敵を切り裂きたまえ。特殊魔法『怒れる大地の剛剣』!」
瞬間、彼の周りの土が浮き上がり、一瞬で1本の巨大な剣となった。
「ふはははは!これが僕の特殊魔法『怒れる大地の剛剣』。我が剣の前にひれ伏すがいい!」
なるほど、確かに強力な魔法だ。だが無意味だ。
「残念だけど、それじゃあ私には勝てないよ。」
リーナの前で負けたくないし。
「特殊魔法『エーテル操作』!」
私が詠唱をさくっと済ませるとボンボンが笑い出した。
「『エーテル操作』?それが貴様の特殊魔法か。あははははははは!こいつは傑作だ!平民は特殊魔法まで使わないとエーテルの操作も碌にできないとは。それで魔法使いになれるわけないだろ!」
「笑ってるとこ悪いけど、エーテル違いだから。」
「は?」
そのとき、私の周りに無色透明の液体が出現し、目にも留まらぬ速さでボンボンの体に巻き付いた。
「な、何だこれは⁉︎」
「いやだからエーテルだよ。」
「戯言はいらん!これはなんだと……」
「どうでもいいでしょそんなこと。そろそろチェックメイトよ。」
念のためあいつの周りにも気化したやつばらまいとくか。
「炎よ、我らが前へ進む力をその存在をもって示したまえ。炎魔法『点火』」
どうってことない。最も初歩的な一般魔法の一種だ。それだけでいい。
「終わりだよ。」
「な⁉︎」
大爆発が起きた。『怒れる大地の剛剣』は粉々に砕け散り、爆心地には黒こげになったボンボンが倒れていた。息はしているから大丈夫だろう。学園の職員が治すだろうし。
「そ……そこまでーーーー!勝者マリー!」
「きゃーーーー!マリーさんかっこいいーーーー!」
リーナの黄色い歓声が聞こえて来る。やめてよ恥ずかしいって。満更でもないけど。
私が生み出した無色透明の液体の正体はジエチルエーテルだ。引火しやすいことで知られるエーテルの一種。それをあいつの周りに大量に生み出して点火すればそりゃああなる。
私の特殊魔法は有機物の「エーテル」を自在に操る力だったのだ。
試験を終えた私は会場を後にする。この後、無事試験に合格した。
これが私の、後に「エーテルの魔法使い」と呼ばれる私の物語の始まりだった。
「グフフフフ……ガァッハッハッハッハ!」
「いい、いかがなさいました魔王様?」
「人間界に中々面白そうな奴が現れたようだ。」
「なんと⁉︎」
廃墟のようなおどろおどろしい城の一室で20代ほどの見た目の男が笑っていた。
強大な力で人類を脅かす存在、魔王である。
「さてさて、吾輩の特殊魔法『アルコール操作』を打ち破れるかどうか楽しみに待っているとしよう。」
「ーOH」と書かれたTシャツを着た魔王は不敵な笑みを浮かべた。