6.酒乱歓迎会と、四天王の秘密(後)
フェブの思いつきで突然始まった、セクハラゲーム。
思いつく限りの生き物を口にしてみたけど……結局、全てハズレ。
フェブが楽しそうに、パンと手を叩く。
「残念、時間切れですね!
お二人には、熱いキスをプレゼントしましょう」
フェブは上機嫌にくるくると踊り、ラナの横に立った。
ラナが体を少し傾けると、フェブは片膝をついて、ラナの角へキスをする。
「うふふ。残念ですわ。
今日もまた、フェブ君に襲われてしまいましたわね」
ラナは、嫌がる素振りもなく、くすぐったそうに身を竦めて笑う。
……その微笑ましい光景に、ほっとする。
フェブにファーストキスを奪われたらどうしよう、なんて身構えたけど……これは、自意識過剰だったわね。
こんな軽いキス、許容範囲だわ。
「さぁ。次は、神奈さんですよ。ふふふ」
フェブは、わたしの真正面に移動すると……不適な笑みを浮かべて、わたしを見下ろした。
……ラナの時と、微妙に雰囲気が違う。
フェブは深く一礼をして体を屈め――片手でわたしの顎を掴むと……グイと持ち上げる。
「……ん、フェ、フェブ?」
わたしとフェブの、視線が絡み合う。
この姿勢に、この角度……。
フェブの狙いは……まさかの、唇。
「…………なにぃっ!?」
目を見開くわたしに、フェブがニンマリと笑う。
ラナの腕が、しっかりとわたしを固定する。
……はめられた。
これは、ダメな大人達に、はめられた。
「ふふふ。神奈さん……今、油断しましたね?」
「ええ、したわよっ!くそぅぅっ……させるかぁっ!」
フェブの顔面を鷲掴みにして、わたしから引き離そうとすると――フェブはわたしの手を軽々外す。
背中で、ラナがコロコロ笑っている。
なんということ……こいつら、やっぱりグルか。
――その時。
軋んだ音と共に、台所の扉が開かれた。
フェブが、ふと扉を見る。
わたしも釣られて見ると、扉の向こうにジュンとカイがいた。
台所で飲んでいた事に驚く様子もないので、この場所での宴会は通常運行らしい。
さらにジュンは、一瞬でわたしの状態を察してくれる。
「ああもう……フェブ、ラナ。神奈は来たばかりだし、程々にしてあげてよ」
助けが来た……と思ったのも、束の間。
ジュンが、台所に足を踏み入れた瞬間――
「……って、うわっ、臭ぁっ!俺、無理無理!
神奈、もう少し頑張って」
ジュンは、台所中を漂う酒臭さに耐え切れず、後ろに反り返った。
涙目で鼻を覆うと、小走りで台所の窓を開けて回り始める。
よし……助けは、まだ来ない。
「……フェブ」
カイの声が聞こえた気がした――。
扉を見ると、カイが不機嫌そうな様子で佇んでいる。
――もしかして、今のわたし達の姿……子供には刺激的すぎるのでは。
これは、カイの教育に悪い。
「ふふふ、神奈さん。余所見をするなんて……余裕ですね?」
「ぐぅっ……しまった!?」
泥酔状態のフェブは、カイに気付いていない。
フェブは、わたしの両手首を器用に片手で掴み、締め付けるように頭上へ持ち上げる。
「ふふふ。もうこれで、抵抗もできませんね」
「フェブ、一旦……ストップ!
カイ様の教育に悪いっ!」
カイをちらりと見ると、眉間に皺を寄せて、近づいて来ていた。
見るからに、不機嫌……というより、怒っているかも。
カイが、フェブの横で立ち止まる。
「……フェブ」
もう一度カイに名前を呼ばれて……やっとフェブが、カイに気付く。
「おやぁ、我がカイ様。どうされましたか?」
フェブはその瞬間、わたしへの興味を失った。
わたしの手を放り投げると、カイを高く抱き上げて、その場でくるくると踊りだす。
フェブは、カイに頬ずりをすると……流れるような仕草で、キスをする。
頬に、おでこに、唇に。
あぁ……カイが、青褪めている。
――感情を失った闇の王は、どこに消えてしまったのだろう。
窓が開いて涼しくなると、ラナがすぐに寝息を立て始めた。
やっとラナから解放されて膝から降りると、窓を開け終わったジュンが合流する。
「おぉ、愛しいジュン!待っていましたよぉ!」
「フェブ、嘘だろ……もう、そんなに酔ったの?」
フェブは、カイを放り投げるようにわたしに渡し、ジュンに飛び掛かる。
闇の王のはずなのに、カイの扱いが、雑。
慌ててカイを両手で受け止めた。
それにしても、このセクハラ酒乱……移り気が激しい。
ジュンは、飛び掛かるフェブをひらりと躱すと、その背中を床に押し込んだ。
フェブは顔から床に倒れ込み……そのまま、寝息を立て始める。
見事なフェブ捌き。
わたしはフェブを担ぐジュンへ全力で称賛の拍手を送った。
「来た早々でごめんね。
今日はもうフェブを連れて戻るから、神奈はラナ連れて戻りなよ。
これ以上二人が飲むと……地獄が始まる……」
「ありがとう。むしろ地獄を見なくて助かるわ」
ジュンが謝る理由はない。
全力でお礼を言うと、ジュンは苦笑いをして台所から姿を消した。
◇◇◇
静かになった所で、カイを床に降ろす。
気が付くと、夜も更けて料理人も全員消えていた。
カイは、まだ青褪めて呆然としていた。
刺激的な情景を見せられた挙句、フェブに襲われるとは……可哀想に。
目線が合うように、カイの前にしゃがんでみる。
「カイ様……大丈夫ですか?」
カイが動かないので、頭を撫でてみると――はっと正気を取り戻したように、わたしを見た。
「神奈……」
「はい、カイ様。神奈ですよ?」
奴らの変態仲間だと思われて、嫌われていませんように……。
心の中では、ダラダラと汗が流れている。
カイが、小さな声で呟く。
「神奈は……ああいうの、平気なのか?」
「……カイ様?」
まさか……嫌われるどころか、酒乱に絡まれたことを心配してくれるなんて。
闇の王、実はいい子なのか。
――わたしには、前世で社会の荒波にもまれた記憶がある。
酒乱の先輩を相手にするのは、別に嫌ではない。
それに光の女王は、騒ぐ事を禁じられていた。
こんなに騒げて……どちらかというと、楽しかった。
わたしは、カイに安心してもらえるように、にっこりと笑う。
「ご心配ありがとうございます。
今日は楽しかったぐらいですから、全然平気ですよ?」
「は……何だよ、それ……」
安心してもらえるかと思いきや……。
カイは拗ねて、頬を膨らませた。
何を拗ねたのかは、よくわからないけど……。
――その姿、可愛すぎてやばすぎだわ。
泣いたり、間抜け顔にされたり、意地悪だったり……。
カイは、闇の王だけど……思っていたより、年相応の男の子みたい。
……その姿は、前世の弟を彷彿とさせる。
生意気でよく喧嘩をしたけど、年が離れていた事もあって、とても可愛がっていた。
もう、カイが弟にすら見えてきた。
カイの膨らんだ頬を指で掴んで、ぐいと横に引っ張ってやる。
今度は、カイが間抜け顔になった。
驚くカイに、わたしはニィと笑う。
「ふふふ。さっきの仕返しですよ。
さっきはよくも、やってくれましたね。ざまあみろ、です」
……光の姉さまを、舐めるんじゃなくてよ。
やり返せて、スッキリした……と、わたしが勝ち誇ると――。
カイが、噴き出して笑う。
「ふ……はははっ。お前……本当に、何なの?」
カイは、頬を引っ張るわたしの手を握ると――嬉しそうに微笑んだ。
……あまりの可愛さに、心臓が口から飛び出すかと思った。
何、その楽しそうな顔。
感情が無くて、絶望の底にいるはずのラスボス君は……一体どこに行ったのよ。
カイは目を閉じると――わたしの手の甲に、そっと口づけをする。
どういうこと。
これ、どういうこと。
「あ……の……カイ様?」
混乱するわたしの声に、カイは目を細めて、くつくつと笑う。
カイは、わたしの手を離すと……。
わたしの首にするりと手を回し、顔を近づけて――。
……強引に、唇へキスをした。
時間が止まってしまったかのように――わたしの思考回路も止まる。
カイが唇を離して……、耳元で囁く。
「さらに仕返し……ざまあみろ、だな」
腰が抜けて、ペタンと尻餅をついた。
顔が爆発したように熱くなって、心臓もバクバクする。
今、全身から、湯気が出ているかもしれない。
カイは、わたしからゆっくり腕を外すと――。
「くくっ……神奈、こういうの、平気なんだろ?
……嫌なら、少しは警戒しろよ?」
悪戯っぽく笑い、踵を返してその場を後にした。
「何これ…………夢?」
思い切り自分の頬っぺたをつねってみて……その痛さに、悶絶した。
読んでいただきましてありがとうございます!