6.酒乱歓迎会と、四天王の秘密(前)
――王宮にある台所の片隅で、繰り広げられる小宴会。
仕事中の料理人達から、冷たい視線が突き刺さっているのに、それを全く気にしない酒乱メンタルはすごい。
一刻も早くこの場から逃げたいのだけど……残念ながら、わたしはラナに捕縛されていて動けそうもない。
◇◇◇
あの後――。
わたしとフェブとラナは『神奈ちゃん歓迎会』と称して、小さなダイニングルームで、しんみり飲み始めた。
未成年で素面のわたしを置き去りに、ラナとフェブが「おかわりが遅い」と文句を言い始めた頃から、徐々に様子はおかしくなる。
――おかわりは遅くない。
ペースが、異様に速いのよ。
二人が「文句を言ってくる」と言い残して台所に向かった後、いつまで経っても戻って来なかった。
不安になって台所まで様子を見に行くと……台所の片隅で、二次会が開催されていた。
歓迎会の主役を放置して、二次会突入。
ここの酔っ払いは、存在が恐怖すぎる。
関わったら、負ける。
そっとしておこう……と踵を返した所を、運悪くラナに見つかってしまった。
わたしの体は桃色の靄に絡み取られて宙に浮き――強制的にラナの膝の上に座らされて、今に至る――。
◇◇◇
――わたしは観念して、ラナの膝の上でミルクを飲み始めていた。
ラナは、左腕でわたしを固定したまま、慣れた手つきでワインを手酌する。
「……うふふ。神奈ちゃんはぁ、カイ様が好きなんですのねぇ?」
『光の国』だと、そんな発言咎められてしまうけど……この国は異様にゆるい。
きっと堅苦しい返答なんて、必要ない。
「カイ様は、好きどころか、大好きよ?
小さくして、部屋に飾りたいもの」
前世では、部屋中にカイのフィギュアを飾っていた。
できる事なら、この世界に持ちこみたい。
ラナは、わたしの首元に顔を埋めて、上機嫌に笑う。
「やぁん、分かりますわぁ。
わたくしも、カイ様を部屋に引きずり込みたいですもの。うふふ」
気持ちは分かるし、やってみたいけど……。
それだと、一線を超えた変質者。
フェブもワイングラスを回して、大きく頷く。
「僕も……前王には仕方なく仕えていましたけど……。
カイ様は、結構気に入っていますね」
「ん……フェブって前王の時代から、ここにいるの?」
前王とは、数十年前に即位していたと言われる、闇の王。
フェブの年齢は二十代後半かと思っていたけど……実際はもっと上なのか。
フェブは急に渋い顔で、ワイングラスを覗き込むように俯いた。
前王の事が、あまり好きではないみたい。
一旦、フェブから、話を逸らした方がいいかも。
「……ラナも、前王時代からここに?」
ラナは、わたしの肩に顎を乗せて、フルフルと首を振る。
角が、頬に食い込んで……痛い。
「いいえ。わたくしが来た時は、カイ様がいましたわね。
前王に仕えていたのは……フェブ君だけ、ですわよねぇ?」
失敗……流れがフェブに戻った。
フェブはにっこりと笑うと――ワイングラスを握り潰す。
尋常ならない様子に、わたしの顔がヒクリと引き攣った。
「ええ……あの忌々しい前王に仕えていたのは、僕だけでしたよ。
前王が消息不明になってくれて……清々しましたね」
「は、はは……え、あれ、消息不明……?」
『ミラクル☆パロキョアン』では、前王に触れていないし、『光の国』には前王に関する文献が無い。
存在を知っているくらいで、その人物像も、歴史も聞いた事はない。
フェブはグラスの破片を床にパラパラ落とすと、デカンタからワインを直接口に運ぶ。
「ええ、何があったかは知りませんけど、消息不明です。
僕、前王が出かけている間、王宮の留守番を任されていたんですが……結局、未だに戻って来てないですね。
部屋に引き籠っている間に……気が付いたら王宮も、カイ様に占拠されていましたし」
「あらあらあら。フェブ君ったら、留守番もできない、役立たずでしたのねぇ?」
「そうなんですよ!
久しぶりに外に出たら、闇の王としてカイ様がいて、『誰っ!?』ってなりました」
ラナとフェブが、同時に手を叩いて爆笑する。
フェブにデカンタを丸ごと取られてしまったので、ラナも自分用のデカンタをオーダーしていた。
二人の酒量は、おかしい。
「その時、カイ様の世話役をしていたのが、グラス爺です。
爺さんだけなんて大変でしょう……って近づいたら、即採用されました。ちょろいです。アハハ」
……この国、ゆるい。ゆるすぎる。
何もかも真面目にやってきた『光の国』が、馬鹿らしくなってきた。
「ラナさんが、ふらりと現れたのは、その後でしたね?」
「うふふ。そうですわよぉ。
わたくしは、採用……というよりは、勝手に住み着いているだけですけど」
……わたしより、ラナの方が不審者だった。
「それなら……最後にジュンが来て、四天王が揃ったのね?」
突然、フェブがケラケラと笑う。
ラナも、わたしの肩に頬を乗せてプルプルと震えている。
「……うふふふ。あれも、ちょうどこの場所でしたわね。
折角なら、もう一人集めて『四天王』を作りましょうって、フェブ君と盛り上がりましたのよ」
「ええ。何より『四天王』は響きがいいですしね。
その時、ここにカイ様もいたのですけど……」
ラナとフェブが、顔を見合わせて噴き出した。
――悪役四天王は、酒乱の悪ノリで結成された。
ここは『闇の国』じゃなくて、『酒の国』か。
もう一人集められたのが、ジュン。
ジュンはいい子そうだし、誘拐された一般人だったらこっそり逃がしてあげよう。
「その翌日でしたわね。
カイ様が、『四天王捕まえた』……って。
タヌキを拾って来たんですのよぉ。うっふふ!」
「四天王にって、タヌキの赤ちゃんですよ!?
カイ様、くっそ可愛いでしょう?」
フェブが興奮して、小さなテーブルをバシバシ叩く。
反動でテーブルが大きく傾き、倒れかけたデカンタを慌てて手に取った。
「カイ様、実は『四天王』がよく分かっていなかったんですよ。
僕もラナさんも、震える子タヌキをそっと受け取って……笑いを堪えて泣きましたね。
いや本当に、ジュンが無事に育ってくれて、良かったですよ。あはは」
ラナとフェブが、涙を流して爆笑する。
酒乱どものテンションは高い。
ジュンの正体は、一般人どころか……タヌキ。
フェブ×ジュン推しとしては、かなりの衝撃的事実。
「ジュンがタヌキなら……フェブはキツネだったりするの?」
見た目だけなら、フェブはキツネっぽい。
キツネ×タヌキなら、なくもない。
フェブが、目を細めて笑う。
「ふふふ……当たらずとも遠からずですねぇ」
「あら、フェブ君、違いますの?」
ラナもフェブの正体は知らないらしい。
というか、やっぱりフェブも人外……。
フェブはおぼつかない足取りで立ち上がると、その場でくるりと回り、一礼をする。
「ふふふ。では、お嬢様方。僕の正体を当ててみてください。
当たらなかったら……僕の熱いキスをプレゼントです」
「あらあら、それは当てないといけませんわねぇ~」
「それは……嫌だわ」
現世のファーストキスが、酔っ払いに奪われたら立ち直れない。
この宴会、もう切り上げたいのだけど……長い夜は、まだ続く。
この後、続いて後編も登録します。