5.悪役四天王、勢ぞろい(後)
もし、ラナが助けてくれなかったら、わたしの採用はグラス爺に握りつぶされていた。
「うぅ、ラナのおかげだわっ、ありがとうっ!」
嬉しさと感動を抑えきれずに、ラナに飛びついた。
弾力性の高い胸に弾かれそうになったけど、咄嗟にラナもわたしを抱きしめてくれる。
「うふふ。女の子が増えるなんて、わたくしも嬉しいですわ。
神奈ちゃん、これからよろしくお願いしますわね」
ジュンとフェブも駆け寄って、一緒に喜んでくれた。
「良かったな。グラス爺が来た時は、もうダメだと思った」
「これからは同僚ですね。よろしくお願いします」
なるほど……わたしはこれから、フェブ×ジュンの同僚。
なんという、夢のような職場。
カイは静かに席を立つと、思い出したようにラナの横で立ち止まる。
「ラナ。神奈に、王宮を案内してやれ。あと、お前の隣部屋が空いていただろう」
「うふふ。わかりましたわ。おまかせください」
「…………っ!」
カイが……わたしの名前を口にした。
それに、部屋まで与えてくれるなんて。
これは……相当嬉しい、泣きそう。
神様、わたし転生してよかったです。
「カイ様、ありがとうございます!嬉しいです!」
「……っ」
湧き上がる感情を、抑える事はできず――。
わたしは、カイを抱きしめて、ぐりぐりと頬ずりをした。
ひんやりモチモチの頬っぺたが気持ちいい。
アニメのカイは冷酷無慈悲だったけど……本物は、少し違う。
きっとこの先、カイが失った感情を取り戻して、最高笑顔になる日は来る。
絶望からも憎しみからも解放されて、幸せなハッピーエンドを迎えて欲しい。
この国に来て、カイの配下になれて……その片鱗が見られただけでも、本当に良かった。
はた、と――カイを抱きしめたまま、我に変える。
『カイの配下』。
しまった……わたしは、闇の王の配下。
主に抱き着いて、まして頬ずりなんて……普通なら、不敬罪で国外追放。
慌ててカイから離れると――。
「え……ひぃっ……カイ様!?」
全身から、血の気が引いた。
ラナ達を見ると、既に全員、青褪めて言葉を失っている。
確認のためにもう一度、カイを見て……動揺して手が震える。
カイは、怒ることもなく無表情のままだったけど……。
――涙を、流していた。
最高笑顔にしたかったのに……泣かせてしまった。
突然知らない人に抱き着かれて、怖かったのかもしれない。
「カイ様……す、すみません」
わたしは急いでしゃがみ、覗き込むようにカイの頬を拭く。
カイがゆっくりと、わたしの顔を見た。
無表情だから、何を考えているのかはわからない。
「すみません、怖かったですか?……ごめんなさい」
折角採用されたのに、速攻で国外追放は避けたい……。
カイが、そっと手を伸ばす。
その冷たい指が、恐る恐る、わたしの頬に触れた。
……何それ、超可愛い。
小動物みたいなその仕草、ぐっとくるんですけど。
思っていたより、カイは可愛い子供なのかもしれない。
「ふふ、触ってもいいですよ。
ほら、大丈夫です。わたし、怖くないですよ?」
わたしも、カイを安心させるために……その頬を、両手でふんわり挟み込む。
カイの表情が、少し和らいだ気がした。
涙も止まったようで、ほっと安堵した直後――。
カイが……わたしの頬を掴み、ぐい、と横に引っ張った。
「ぐへっ」
反動で、変な声が漏れる。
頬が引っ張られて、きっと今、わたしは間抜け顔になっている。
待った……どういうこと?
「かいさま……いたいれす」
カイが、わたしを覗き込むように顔を近づけ、おでこがコンとくっつく。
「ふ……くくっ……だろうな」
「へ?」
角度的に、わたししか分からなかっただろうけど……。
今……カイが笑ったような気がした。
さらに、カイは頬からぱっと手を離し、わたしの耳元に顔を寄せる――。
「オレが、お前を怖がるなんて……ありえないよね?」
わたしにだけ聞こえるように……小さく囁いた。
その楽しそうな声は……一体、誰。
カイは何事も無かったように、ラナ達に向かう。
その顔には、やっぱり表情も、感情もない……。
「……大丈夫だ。何でもない」
そう言い残して、カイは静かに広間から出て行った。
まさか……カイは、隠しているだけで、感情を失っていない――?
わたしを含めて、全員がカイの後ろ姿を呆然と眺めていたけど。
その姿が見えなくなったところで、慌ててジュンがその後を追う。
◇◇◇
――ジュンの姿も見えなくなった後。
再び流れていた沈黙を破るように。
ぽつり、とフェブが呟く。
「神奈さん、すごいですね。
初日に……カイ様に抱き着いた挙句に、泣かしましたね。
……カイ様の涙なんて、初めてみましたよ」
「ええ、わたくしも、初めて見ましたわ……。
カイ様にも、涙腺は存在していましたのね」
闇の王に抱き着いて、頬ずりをした挙句、泣かせた不審人物。
不敬罪で、四天王から、制裁を受けてもおかしくはない。
「うぐぐ……わたし、国外追放?」
怯えるわたしの頭を、ラナが優しく撫でる。
「うふふ。あれくらい、誰も気にしませんわよ」
お咎めが無さそうで、ほっと安心した。
薄々感じていたけど……この国、ゆるい。
「そうですね。ラナさんなんて、酔うと誰彼構わず抱き着きますから。
今ので国外追放なら、ラナさんは、既に次元追放ですね」
「あらあら。嫌ですわ、人聞きの悪い。
フェブ君だって、酔うと誰彼構わずキスをしますでしょう。時空追放ですわね」
ラナとフェブが、同時に私の腕を、がしりと掴む。
「さて。今日は、神奈ちゃんの歓迎会ですわね?」
「ええ。しっかり歓迎しなくてはいけませんね」
仲良く乾杯のジェスチャーをして、ニンマリと笑う、二人。
これは……何だか嫌な予感がしてまいりました。
カイ君の謎は、もう少し後のカイ君目線でわかってきます。
読んでいただきありがとうございます!