3.尊すぎる、ラスボス君
『闇の国』にある、闇の王宮の広間らしき場所――。
わたしはそこで、腕と足首をがっちりと縄で縛られて、芋虫のように転がっていた。
……別の言い方をすると、『捕まった』。
「失敗したわね……まさか早々に捕まるなんて」
「ちょっと待って、なんで捕まるって思わなかったの!?」
恐ろしい化物を見るような目で、わたしを見下ろしているのは――ふんわりとした茶髪に、ジャラりと揺れるピアスが特徴的な男の子。
彼は悪役四天王の一人、名前はジュン。
わたしの『薄い本』における主人公でもあり、俗に受け側ともいう。
前世のわたしは、ジュンのジュンを精緻に描いている時に息絶えた。
だから、出会った瞬間に、他人とは思えなかったのが……主な敗因だった。
◇◇◇
――数時間前。
わたしは、『光の国』から抜け出した後、『地球』で有名なアイス屋さんの前にいた。
ラスボス君がいるのは、『闇の国』。
そもそも行き方を知らないので、誰かに連れて行ってもらう必要がある。
アニメでは、悪役四天王の一人、ジュンがこのアイスを好んでよく食べていた。
ここにいたら、ジュンにバッタリ会って『闇の国』まで連れて行ってもらえたりして……。
という、半分冗談の軽い気持ちで待っていたら、本当にジュンは現れた。
変装をしているけど、腐女子の目は誤魔化せない。
初めて見る、本物のジュンに興奮して……わたしは、正直、我を忘れた。
ジュンに駆け寄ると、全力でその両手を握りしめて――。
「ジュン、会いたかったわ!お願い、わたしを『闇の国』へ連れて行って!」
と、叫んだ――。
……冷静に考えると。初対面で、それはダメだわ。
完全なる不審者ね。
突然の事に驚いたジュンは、わたしの口を慌てて塞ぎ――闇の王宮まで連れ帰ると、縄でぐるぐると縛りあげて――今に至る。
◇◇◇
まぁ……『闇の国』に入れたし、結果良かったのかもしれない。
とりあえず、ジュンに、わたしの話を聞いてもらいたいのだけど……。
「ねぇ……ジュン。わたし、敵じゃないし、逃げないわよ。
縛っておく必要は無いと思わない?」
「待って、待って。怖いよ……。
……なんでその状況で、そんなに冷静なの!?」
ジュンはわたしから見えないように、柱の陰に隠れてしまった。
四天王のくせに、気の弱い小動物みたい……。
「……困ったなぁ」
わたしがジュンとの会話を諦めて、ごろんと床に寝転がった――その時だった。
「……ジュン?何を騒いでいる」
声変わり前の、甲高い――子供の声が、広間に響き渡る。
その声に……心臓が跳ね上がる。
何度も繰返し再生をした、大好きな声。
聴き間違えるはずが、ない。
どくどくと、自分の心臓の音がうるさい。
ゆっくりと……その声の方向へ視線を這わせる――。
「…………っ!」
広間の入口に立っているのは――等身大のラスボス君フィギュア……ではない。
動いているし、生きている。
うぐぐぐぐぅっ。
本物の、ラスボス君!
……後光が見える……尊すぎる。
ジュンは柱からチラリと顔を覗かせて、ラスボス君――カイに、助けを求める。
「カイ様……地球で変な女に絡まれて……」
「……変な女?」
最悪だわ……ジュンに、不審者として紹介されてしまった。
カイが、わたしを一瞥する。
ラスボス君……その名は、カイ。
今のわたしよりも年下で、黒髪がよく似合う、色白の男の子。
彼こそが『ミラクル☆パロキョアン』のラスボスであり、この『闇の国』の支配者であり、闇の王。
公式サイトには「この世に絶望をして、感情を失い、全てを憎んでいる少年」と、書いてあった。
――実物は、二次元を遥かに超えて、尊い。
感情の無い顔。
それでも、不審者を侮蔑する、冷たい瞳。
そのバランス、何もかも完璧で、美しくて素晴らしい。
もっと……近くで、見たい。
湧き上がる興奮が抑えられない。
わたしは芋虫状態のまま、無理やり立ち上がると、飛び跳ねてカイの近くへ移動する。
近づいても、横から見ても、斜め後ろからでも……どの角度でも、カイの可愛さが崩壊しない。
前世で部屋に飾っていたフィギュアとは、格が違う。
柔らかくて冷たそうな、ぷっくりとした幼い頬っぺたが、愛くるしい。
頬に触ってみたい……頬ずりしたい…。
カイの顔を至近距離で覗き込んでいたら……カイがわたしの顔を押さえて遠ざけた。
「近い……何者だ」
「うぅ……カイ様に……話し掛けられてしまった。もう死ねます」
今日は、『カイに初めて話し掛けられた記念日』にしよう。
わたしはピシリと起立をして、綺麗なお辞儀を披露する。
……ここで必要なのは、お上品なカテーシーではない。
前世の採用面接練習で身体に叩きこまれた、角度45度の立派なお辞儀。
「わたし、カン……神奈と申します。
是非、カイ様の配下に採用してください」
光の女王カンナの名前は、きっとこの国でも知られている。
何か偽名を……と思った矢先、咄嗟に前世の名前が口をついた。
実は、前世も今も、殆ど名前は変わらない。
カイは、わたしを無視するように……目を細めて、ジュンを見た。
「ジュン……この女は、本当に何者だ」
……しまった。
無表情だから気付かなかったけど……カイも、わたしに警戒していた。
ジュンが、困ったように首を振る。
不審者として一度『闇の国』から追放されたら、再び戻って来るのは至難の業。
何とかここで食らいつきたい……。
一体どうすれば……と、ぐるぐる考えていた時――。
広間に、別の声が響き渡る。
「まぁまぁ……カイ様も、ジュンも落ち着いて。
彼女が何者でも、いいではありませんか?」
声は聞こえるけど、その姿は見当たらない。
わたしがきょろきょろと辺りを見渡していると……突然身体を縛っていた縄が、はらりと解かれ、地面に落ちる。
「え、あれ……縄が……?」
状況が読み込めず、自由になった手を見つめていると……耳元で、囁き声が聞こえた。
「初めまして。えっと、神奈……さん?」
「ひゃぁっ!?」
その声にゾワリと驚いて、飛び跳ねるように振り返ると――さっきまで誰もいなかったはずの場所に、執事服の青年が立っていた。
青年は、落ちた縄を拾い上げると、ジュンを見て微笑む。
「ジュン、女性にこんな事をしてはいけませんよ?」
長身に銀髪。細い目を光らせるようにニンマリと笑う、執事服姿の青年。
名前は、フェブ。
彼も四天王の一人で、わたしの『薄い本』に登場する、もう一人の主人公でもある。
……つまり、攻め側。
縄を握って、ジュンと見つめ合う、その姿……破壊力抜群。
鼻血が抜けそうになるのを、必死で堪える。
フェブはわたしを庇うように――カイとわたしの間に立つと、カイに深く一礼をした。
「カイ様。神奈さんにも、配下となる機会を与えてはどうでしょうか?」
ジュンは青褪めた顔で柱の陰から姿を現すと、わたしから引き剥がすように、フェブの腕にしがみ付く。
「フェブ、待って!この女、会う前から、俺の名前を知っていたんだよ。
怪しすぎじゃない!?」
「んなふぅっ……!?」
その光景に我慢ができず、口から妙な声が漏れる。
ジュンがフェブの腕にしがみついている姿……本物のフェブ×ジュン。
これもまた、破壊力が半端ない。
ここは天国か……。
……ここで涎を垂らすと、本物の不審者となる。
顔をぐっと真面目に引き締める。
フェブが優しい瞳で――ジュンの頭に、ポンと手を置いた。
さらに、わたしは下唇を噛んで、顔をぐぐっと引き締める。
「ふふ。それだけ、ジュンが有名になったという事でしょう?
カイ様、如何でしょうか?」
ジュンは、不満そうにしながらも、フェブから手を離す。
カイは、もうわたしから興味を失ったのか――。
「フェブに任せる……戦力は多い方がいい。
それだけの力があるなら、考える」
淡々と言うと、広間から姿を消した。
◇◇◇
フェブのおかげで、即追放は免れた。
戦力が多い方が良いというのであれば、カイにわたしの戦力を認めてもらう必要がある。
その証明にはどうするか……。
パロキョアンと戦うとか、わかりやすくていいかもしれない。
カイを追って、ジュンが広間から逃げようとしたので――ジュンの腕をガシリと掴む。
「わたしの戦力が認められればいいのよね?
フェブ、ジュン、一緒に来て?」
「はい、いいですよ」
フェブはにっこりと笑って、大きく一礼をする。
「ま、待ってよ、俺も行くの?」
「当たり前でしょう。ジュンがわたしを連れてきたのよ?」
ジュンは、嫌そうな顔をしながらも、わたしの手を振り払うわけでもない。
悪役四天王のくせに、実はいい奴という疑惑が出てきた……。
目下の目標は、打倒パロキョアン!
シスにバレたら怒られるかしら……。