2.意気揚々と、闇落ちします
昨日、儀式を執り行っていた女王の間――。
全体を見渡せる、広間の中心部分に立ち――身体が震える程に、わたしは感動をしていた。
前世を思い出した今、この場所はまさにアニメの聖地。
「なんで昨日まで、無感動でいられたのかしら。
こんなに毎日、聖地の中にいたなんて……。
それに――」
わたしの視線の先にあるのは……玉座の上に浮かぶ、黄色い大きなクリスタル。
このクリスタルには膨大な魔力が秘められている。
アニメ通りのストーリーであれば、敵の狙いは、このクリスタル。
「――前世を想いだせてよかったわ。
何があっても、クリスタルは死守しないと……」
このクリスタルが敵に奪われたら、死活問題となる。
アニメでは語られていなかったし、誰にも言えない秘密なのだけど……。
光の女王は、自らの魔力で国を治めないといけないのに――何故か、わたしには殆ど魔力が無い。
だから、周囲に気付かれないよう、こっそりこのクリスタルから魔力を借りて――さも自分の魔力を使っているかのように演技をして、何とか場を繋いできた。
クリスタルが奪われると、人生終わる。
何があっても、全力で守らないといけない。
敵がクリスタルを狙っている理由は、アニメを見ていても正直分からなかった。
でも、最終的に……ラスボス君はクリスタルを狙って、ここまで攻め込んで来る。
「それにしても……ふ……ふふふ。
……この場所に、実際に立てる日が来るなんて……」
今、わたしが立っている場所――女王の間の中心部分。
この場所こそ、愛しのラスボス君が、パロキョアンに返り討ちにあって息絶えた……ラスボス推し、最大の聖地だったりする。
◇◇◇
『ミラクル☆パロキョアン』、最終話。
ラスボス君は、この女王の間で、残念ながらパロキョアンに撃破される。
全ての戦いが終わり、満面の笑みで喜ぶパロキョアンの背後で……ラスボス君は、残された力を振り絞り、何かを掴むように手を伸ばす。
パロキョアンを見向きもせず――切なく、苦しそうな顔で、さらに手を伸ばそうとした所で……彼は驚いたように目を開く。
そして……何かに向かって、虚ろな瞳で微笑むと……涙を流し、ゆっくりと、目を閉じた。
悲しみに溢れたラスボス君のバッドエンドで、物語は幕を閉じる。
……視聴者全員、実はラスボス君が主人公だったのではと錯覚した。
最高に後味が悪く、意味が分からない……謎バッドエンドで終わった最終話。
その謎を解明しようと、様々な考察が発生し、関連本も発売されて、このアニメは社会現象までに発展した。
その後、公式からは何の発表もなく……未だに、その謎は解明されていない。
◇◇◇
わたしは、最終回のラスボス君に胸を貫かれ、一瞬でラスボス狂信者と化した。
「あの時、一体何を見たのかしら……」
きっとラスボス君は、ここで『何か』を見た。
それが何だったのか、聖地に立ってみれば分かる……と思ったのだけど。
――目の前には、クリスタルしかない。
クリスタルを眺めたまま、首を傾げる。
折角聖地にいるのに、何もわからない。
「うーん……どうしよう」
わたしは、光の女王だけど……同時に、ラスボス推しでもある。
ラスボス君は、闇の王――光の女王の敵だけど……。
できれば、バッドエンドの謎を解いて、バッドエンドは回避してあげたい。
あの虚ろな最期の笑顔を、幸せな笑顔に変えてあげたい。
少しでも、ここにそのヒントがあればよかったのだけど……。
「だめだわ……これ以上は、ここで考えてもわからないわ。
直接調べた方が早いわね」
こうして――ラスボス君を最高笑顔のハッピーエンドに導くため……闇落ちを、決意したのでした。
◇◇◇
一旦自分の部屋に戻り、鏡台の前に座る。
鏡の中には……おでこがペッカリと光った、金髪のツインテール。
ピンクのドレスが異様に似合う、子供じみた光の女王様がいる。
「この姿は、さすがにバレるわね……」
髪を下ろすと、ツインテール型になってしまっている癖毛を、ただひたすらブラッシングで解きほぐす。
大体ストレートになってきた所で……引き出しからハサミを取り出し、肩の下でバッサリ切った。
後ろは手が届かないから、変になっているだろうけど……目立たないから大丈夫。
最後に、前髪を作って整える。
……鏡の中には、もう子供っぽい女の子の姿はない。
自分の変身ぶりに、思わず笑いがこみ上げる。
「ふふふ。我ながら、大変身だわ」
ただ……この顔と髪型で、ピンクのドレスは痛い。
わたしのクローゼットにはピンクのドレスしかない……広間から戻って来る途中に、こっそりシスの私服を盗んでおいた。
ピンクのドレスを脱ぎ捨てて、シックなワンピースに袖を通す。
「すごいわね……これは、完全に別人だわ」
立ち上がり、その場でくるりと回転をする。
流石に側近のシスには、気付かれるだろうけど……シス以外には、きっとバレない。
最後に、走り書きでシスへ手紙をしたためる。
『少しの間、旅に出ます。いつか戻って来るので、絶対探さないでください。絶対よ。
わたしが不在の間は、女王代行お願いするわ』
◇◇◇
『光の国』と敵対する、『闇の国』。
『闇の国』の王である、ラスボス君がハッピーエンドになる、という事は……『光の国』が危険に晒されるかもしれない。
でも――わたしは前世の知識を持った、光の女王。
ある意味最強だし……全部まとめて、何とかしてみせる。
わたしが、この世界に転生した理由はよくわからない。
でも、折角与えられた、この機会……後悔せずに、精一杯やってみたい。
ラスボス君を、必ず最高笑顔のハッピーエンドに導いてみせる。
「では、行ってきます!」
こうして、意気揚々と……こっそり、誰にも見つからないように。
『光の国』を抜け出したのでした。