1.光の女王と、薄い本
「あなたに、『光の力』を授けましょう」
――神聖な、女王の間。
『光の国』の女王である、わたしの凛とした声が響き渡り……目の前で青髪の女の子が、跪き、恭しく一礼をする。
その後ろには、赤髪と、橙髪の女の子。
嬉しそうに目を輝かせる二人は、既に光の力を与えられている魔法戦士。
目の前の――青髪の子は、彼女達の推薦で、今から三人目の魔法戦士となる。
彼女達に向かって、片手を伸ばす。
「魔女っ娘戦士『パロキョアン』よ。
その聖なる力で、この国を――そして、地球を………………んんん?」
――あれ……。
この光景……どこかで見た事がある。
沸き起こる既視感に、胸がざわついた。
『すらりと伸びた、白く細い腕』
『跪く、赤・青・橙の……派手な髪色の女の子達』
『光の女王の片手越しに見る、パロキョアン三人組』
「……ぅっ」
――突如として、雷に打たれたような強い衝撃と、猛烈な嘔吐感に襲われた。
でも……今は、神聖な儀式の途中。
光の女王であるわたしが、体調を崩すわけにはいかない。
吐き気を押さえ、凛とした姿勢で三人を見据え直す。
幸いな事に、三人ともわたしの異変には、気づいていない。
しっかりしないと……。
――わたしの意志とは関係なく……。
どこからともなく、魂の根幹を揺さぶるような――軽快な音楽が、脳内に膨れ上がる。
『パロっパロっ パロっパロキョアンっ♪』
一度聴いたら忘れられない。
むしろ、うっかりと口ずさんでしまうような。
中毒性が高く、計算され尽くした電波的メロディ。
毎週日曜の朝というパワーワードを彷彿とさせる、このメロディ……。
……魂に染みついているのだけど、何の音楽か想い出せない。
『魔女っ娘☆戦士っ♪(ふぉう) ミラクル☆パロキョア~ンっ♪』
「…………ぶふっ」
……危なっ、噴き出す所だった。
全身から、嫌な汗が滲み出た。
吐き気と絶叫したい気持ちを抑えて――女王スマイルを崩さずに。
さっさと儀式を終わらせると、彼女達を『地球』へと戻す。
ぐるりと辺りを見渡し、誰も居ない事を確認すると……全力で息を吸い込んで――。
「うわぁぁぁっ!?
なんで……『ミラクル☆パロキョアン』の世界に――!?」
絶叫すると、その場で意識を失ったのでした。
◇◇◇
『ミラクル☆パロキョアン』
毎週日曜朝に放映されていた、幼女向けアニメシリーズ。
社会現象を巻き起こした、超人気アニメ、とも言う。
そのストーリーは、単純明快。
普通の女の子が、別世界『光の国』の女王から力を与えられ、『パロキョアン』という魔女っ娘戦士に変身し、悪の敵に立ち向かう――。
その『ミラクル☆パロキョアン』の広告ポスターに使われていた有名なカットが、今の『光の女王の片手越しに見る、パロキョアン三人組』だった。
――そう。わたしは……日本で働く、普通の社会人。
通勤ラッシュを抜けて、改札口へ向かうエスカレーターで、『ミラクル☆パロキョアン』のポスターを、毎朝、横目で眺めていた。
この子達みたいに、特別な力が欲しい。働きたくない、と。
そのポスターに何度も願ったから、あのシーンはよく覚えている。
(今……夢で、わたしが光の女王になっていた……?
でも、どちらかと言うと……)
――この話には、残念な続きがある。
ポスターが気になって、アニメを見始めたのだけど……わたしは速攻で、悪役四天王BLの沼に落ちた。
……長年封印していた、同人活動も再開させた。
アニメの最終回では、ラスボス君を中心とした社会現象が巻き起こり……わたしも、その影響で、ラスボス君推しに心変わりをしたのだけど――。
結局、同人活動は悪役四天王カプで続けた。
(だから……夢を見るとしても、悪役側なのよね)
仕事が繁忙期を迎える中、寝る時間を惜しんで『薄い本』をひたすら描いていた。
参考図書として、通販サイトで生々しいハードな写真集も購入した。
その写真集を片手に、盛り上がりシーンを、夜な夜な描いて………………。
(……あれ、その後どうした……?)
瞬間、ゾクリ、とした。
その先の、記憶がない。
もしかして……。
(まさか、あのシーンを描いている途中に……死んだ……?)
様子を見に来た、職場の同僚。
鍵を開けに来た、大家さん。
検分にきた、警察の人。
呼び出された、家族。
やばい写真集を片手に、とんでもないシーンを描いている途中の、わたしが発見された――。
◇◇◇
「やめてぁぁあああああっ!?」
生まれて初めて、自分の叫び声に驚いて目が覚めた。
寝汗も動悸も息切れもすごいけど、何より自分の最新状況を確認したい。
上半身を起こし、周囲をぐるりと見渡した。
白いレースが美しい、天蓋付きのベッド。
雲を切り取ったかのような、ふわふわの布団。
日本の都会で社会人が暮らす、狭苦しいワンルームには見えない。
……ここは『光の国』。
光の女王の、寝室。
「ふふ。よかった……今のが、夢なのね?」
いや……絶対違う。
どう考えても、ここは『ミラクル☆パロキョアン』の世界。
おそらく、あれは、夢ではない。
ハードな写真集を片手に、『薄い本』を描きながら、孤独に息絶えた女が……わたしの前世。
下手したら、ニュースサイトで紹介されて、一躍有名人になったかも。
通販サイトで、あのハードな写真集がバカ売れしていたらどうしよう。
……終わった。
転生しているから、死んだという事なのだろうけど。
できる事なら、もう一度死にたい。
今すぐ、甦った全ての記憶を抹消したい。
「――カンナ様!大丈夫ですか!?」
青褪めた顔で……息を切らして寝室に飛び込んで来たのは、わたしの忠実な側近。
名前を、シスという。
紫色の長い髪を頭上でお団子にまとめて、すらりと身長の高い彼女は、切れ長の瞳がとても印象深い。
シスは将来『パロキョアン・パープル』として、その力に目覚める事になる。
最後に仲間になるキャラだから、パロキョアンの中では一番戦闘能力も高い。
「昨日も、儀式直後に倒れられて……もしや、どこか体調でも……?」
シスの顔に、『不吉な前兆ではないか』という不安が浮かんで見える。
……大丈夫。わたしの前世以上に、不吉な事はない。
「心配ないわ。わたしはこの通り元気よ。
大丈夫……下がりなさい」
落ち着いた様子で笑顔を見せると……シスは安堵したように一礼をして、部屋から出て行った。
「あぶな……前世の記憶、厄介だわ……」
シスはお姉様キャラで、目つきが悪い事もあり、子供ウケが悪かった。
グッズの大半は、半額シールが貼られてワゴンに並んでいた。
前世の記憶があるというのは、難しい。
きっとこの先、わたしはシスを見る度に、半額シールを思い出す……。
◇◇◇
シスの気配が消えた事を確認して……。
姿見の前に移動して、自分の姿を確認してみる。
鏡の中に現れたのは、ボサボサ頭の日本人ではない。
金髪ツインテールに、碧の瞳の、気が強そうな女の子。
……怖っ。
寝起きなのに、髪型がしっかりツインテールなんですけど。
冷静に考えると、これは恐怖だわ。
鏡にそっと触れると、わたしの動きに併せて、鏡の中のツインテールも動く。
この姿が、今のわたし。
光の国の女王、カンナ。
近い将来、わたしも『パロキョアン・イエロー』として、その力に目覚める事になる。
――パロキョアンは、赤・橙・青・黄・紫の、五人組。
今はまだ、『赤・橙・青』が揃った所で、ストーリー上だと、超序盤。
この先、話が進むと、わたしとシスが、イエローとパープルとして、その力に目覚めていくのだけど……。
変身とか魔法のステッキとか、ちょっと恥ずかしい。
神様、できれば……聖女か悪役令嬢に生まれ変わりたかったです。
気軽に楽しく読んでいただければと思います!
全34話予定、よろしくお願いします!