休暇の終わり、仕事の始まり
理想は毎日投稿、されど現実は悲しいもので二日ほど開いてしまいました......またここからペースを戻していきます。
歩く銀行、もとい蓼蜜の部屋から出て自分の部屋に戻った数時間後の話である。
長期休暇の課題をし、一息つく為、ベッドに腰をかけそのまま身体を仰向けに倒し仮眠......と、思っていたまさにその時。
ピリリ、と携帯電話が静かに、バイブレーションとともに音を鳴らす。
通常の着信音ではない。司令部からの着信音である。
そしてこちらに司令部からの着信がある、ということはそういうことである。
着信音が鳴り止む前に携帯を手に取る。
「もしもし、こちら空。深夜三時の朝早くからなんですか」
「なんですか、は無いだろう。君だってこれがかかってきた意味くらいは分かるはずだ」
「まあ、分かりますけど。って三上さん......?いつもの根室さんは?」
司令部というのは捕獲者数人に1人配属されており、滅多なことではそれは変わらない。
捕獲者側の希望で司令部が変わることは稀にあるが、特段現担当のはずの根室さんから変えるように頼んだ覚えもない。
「あぁ、彼女ね。ちょっとこっちで色々あって別配属になってる。というわけで今回の任務中は司令部は僕だが、まぁ君はいつも通り頑張ってくれ」
「色々、な......焦らした言い方をしてくれるなぁ、どいつもこいつも」
「どいつもこいつも?」
軽口を叩きながら、着替え、携帯電話からイアホンに切り替える。
黒のパーカー、黒のジーパン、黒のスニーカー、狐の仮面に加え。
今回は戦闘任務ということで愛用装備、ランクI異常物体No.3017、もとい『無』を太もも付近のホルダーに携帯する。
異常物体にはランク付けがされており、A〜Iまでの9段階で危険度の評価されている。
Iはその中でも最も低いランク、つまりは比較的安全異常物体であるため発見者に一時的な貸与を箱庭からされたのである。
ランクE以下からが研究の後に発見者、又は獲得者に貸与される。
因みにランクと番号で異常物体は識別されるため、名前は俺がつけた。
見た目的には刃渡り10cmほどのナイフのような形状のただのナイフに見えるが、れっきとした異常性を持つ異常物体である。
「なんでもない。さて、着替え終わったし案内頼むよ三上さん」
「通信上で本名を呼ぶのはやめてくれないかな......ちゃんと僕にもコードネームがあるんだから」
「はいはい、筋肉が脳さん。これでいいかい?」
「やっぱり少し恥ずかしいかもしれない」
「面倒くせえ......」
「冗句だってば、んじゃ案内と行きたいところなんだけど」
「まずはそこから出ないといけないよねえ」
「あー入り口は確か一つだったな」
「それで、近くに過去こっちの異常体質者が付けたポイントマーカーがついてるのがいる。恐らくは、別団体」
深刻そうな声で早速敵とのエンカウント、という様な口調で知らせてくるが数時間前に会った。ポインターではなく、生身で。
「あぁ、それね。歩く銀行」
「......彼も出てくるか。ん?待て、なんで君がそれを?」
「なんと同宿だ」
「..................え?」
「待って、敵組織と同宿になっちゃったの?」
「そう、しかも向こうが先客」
「あちゃー......香奈がいる前で戦ったりしてないだろうね?」
「するわけないだろ、適当に話して終わったよ」
「それなら良かったんだけど......」
「というか無駄話してていいのか?多分だが歩く銀行はもうこの宿から出るぞ」
「それもそうだね。それじゃあって君がそこから出てくれないと僕も案内のしようが無いんだけど」
会話を交わしながら、部屋を出る。
足音を立てずに、長い廊下を駆け抜けていく。
月明かりが夜闇に浮かび、黒ずくめの不審者とスーツ姿のサラリーマンを入り口付近で映し出す。
「......」
「......」
邂逅、イアホンの接続を切断する。
「死ぬなよ」
「そちらこそ」
敵同士でなく、かつての同僚、かつての友としての言葉を交わしてから同時に外に出る。
もっとも、敵組織の人間への対応としては箱庭的にバツなのでイアホンを外してから。
数百メートル離れたところで再接続。
「あー、あー、こちら空。接続不良に陥っていたものの無事復旧」
「あ、復活した。いきなり接続が切れたから何事かと思ったよ」
「もう大丈夫だ。道案内頼む」
狐面の不審者が夜の森に佇む。
「了解、じゃまずは森から離れて、市街地付近の路地裏に行ってくれ」
「オーケー、少し飛ばす」
約12km先の路地裏まで木の上を走る、枝から枝へ跳ねる、など忍者のような挙動を繰り返しながら約十分で街付近の路地裏へと辿り着く。
回り道をしなければもう少し早めに着いたが通り道の森付近にガラの悪そうなTHE★不良がいたので回り道をせざるを得なかった。無念。
「到着、ここから?」
「えっと、そこの近くから多分『石垣工務店』っていう看板が見えると思うんだけど」
「あー、ちょっと待てよ......あった、あれか」
「見つかった?そしたら、石垣工務店の屋上に多分これ見よがしな『穴』があるはず」
「屋上か......見つからずに行くってのも難易度高いよなぁ、この明るさで」
暗闇での隠密を考えたこの服装は明るい場所で活動するのに向いておらず、街灯どころか看板や大型モニターなどの明かりが照らされているこの市街に於いて道路を挟んだ向かい側の建物の屋上に入るというのはなかなかに至難の技である。
「まぁ、無理なわけじゃないが」
人という生き物は、基本的には上を見ながら行動をしていない。視界に映るものが全てである上、車の運転や歩行、および自転車に乗っている人間は基本的に地上を見ている。
空を無意味に見上げるもの、視界に写っている者もいるが、地上がいくら明るかろうと上空は月明かりしか無い。
まぁ、つまりはそういうことである。
「見られてたら運が悪い日、一瞬だけだから撮影はない......と思いたい」
「無茶するよねえ、君も。後で怒られても知らないよ?」
「問題ない」
ぽん、と少しの音を立てて一気に壁を駆け上がる。
狐面の黒尽くめの不審者が、少し高めのビルの上に佇む。
そして屋上のフェンスの上に立ったかと思うと......大きく、上へ、上へ、飛んだ。
そして、偶然にも、幸運なことにもそれを見る人はおらず。
夜の月に、兎でなく狐が跳ねる。
着地点を穴へ見据え、着陸の姿勢を取り———
大型任務が、幕を開けた。
『穴』は本来箱庭用語における異常空間への入り口、とかそういうのに近い意味なんですが今回の穴というのはもう落とし穴が如き穴って感じの穴だと思ってもらって大丈夫です。




