高校生、1人旅行を計画する
ジリリリリリリリ、というアラームの音が耳元で鳴り響く。
「あう......あー?」
ガシャン、という音と共にアラームは鳴ることを辞め、同時に朧げながらも意識が覚醒する。
「ん......もうこんな時間か、せっかくいい夢を見てたのに」
曖昧な意識のまま、お湯を沸かし、カップ麺の用意を整えながら着替える。
ピーッ
お湯が沸き、やかんがけたたましい音を鳴らす。
お湯を注ぎ、3分タイマーをセット。
その間に携帯を手に取り、メールを確認する。
新着メールがひとつ。
件名『今日9時に呼び出したの、忘れてると思うから』
宛先:袋小路 雲海
差出人:三上 祐司
本文:本部ビル二階司令室9時まで。私服でいいよ!
軽い文体が送られてくる。
このメールが他団体にハッキングされることへの一切の配慮なく本名の方で送ってくるのは嫌がらせか何かだろうか。
現在の時刻は8:30。
ここから本部ビルまでが三キロないことを考えれば、食事をしてからでも十分間に合うだろう。
ピピピ、ピピピ
タイマーが鳴り、お湯を流す。
お湯を沸かす時間と合わせて約8分で出来る最強朝ごはんである。
ソースをかけ、ふりかけをかけ、混ぜ合わせて食べる。
栄養素などかけらも考えられていないであろうチープな味が口いっぱいに広がり、多幸感に包まれる。
やはりカップ焼きそばは人類の叡智が生み出した天才的なアイテムである。
食事を終えて、8:45。
歯磨きをして、支度を整えて8:50。
ここから本部ビルまで約2.7キロ。
間に合うだろう、という予測で来たがひとつ盛大な誤算を犯していたことにここで気がつく。
今は夜じゃない
即ち、先日の異常空間での様な動きを街中ですることは出来ない。もしやったとして、UMAか何かだと噂されて上からどやされる未来が目に見える。
「遠回りするか......」
裏路地を通り、人目のつかない所を通りながら大幅な遠回りをする。
8:58本部到着。
ウィン、とビルに入り、案内板の通りに進むとその先には司令室。
8:59司令室入室。
「......おぉ、無事間に合った。残念、初めて君の遅刻が見れると思ったのに」
「俺は三上さんの遅刻なら幾度となく見てるけどな」
「おや、随分と今日は無愛想じゃないか。休日の仕事の呼び出しにご立腹かい?」
「正解。今日は15時まで寝る予定だったのに......」
「そりゃあ残念だったね。まぁ僕も君に司令を渡すのと書類仕事をさせられるためだけに日曜朝に呼び出しを食らった訳なんだけど」
「呼び出しが呼び出しを生む......これが負の連鎖か......」
「そう、つまりは次は君が誰かを呼び出す番だ」
「呼び出す理由も相手もいないが」
「まぁそんな話は置いておいて」
「自分から話を振っておいて区切るとか許せねえ......」
軽口を叩きあう目の前にいる男は三上祐司。
俺の同僚の1人にして、捕獲者から司令部に転属された珍しい男だ。
そもそも捕獲者が一名を除き異常体質者、つまりは異常体質者によって構成されているのだが。
この男の異常体質は捕獲活動に向いていないのである。
そういった者は最初から司令部に回されるはずなのだが、おそらくこの筋骨隆々とした見た目が原因だろう。
そういう訳で1年程同僚だった相手から司令を出される様になるというのはなんだか不思議な感覚である。
そして、もう幾度となく見たが未だにこの筋骨隆々とした優しげな顔の男がパッツパツの白衣を着ているのを見ると面白くて仕方がない。彼なりのギャグなのだろうか。
「......ぉーい、おーい?聞いてる?」
「んあ、考え事してた。なんて?」
「司令を無視して考え事とは......なんのために呼び出されたのやら」
「それで、なんの話だっけ」
「うーん、まぁいいか。本題入るよ」
「ん」
「君の学校って明日の学校終わったら夏休みだよね?」
「え?そうだっけ......うわ、ほんとだ。明日から夏休みじゃん」
スマホを見て確認する。確かにカレンダーの上では明日から夏休みということになっている。
任務のことに気を取られて夏休み入りに気がつかなかった......
「なんで本学生たる君が覚えてないのか僕にはよく分からないんだけど、明日の午後から君は夏休みな訳ですよ」
「で、長期の任務が入りました」
「お、珍しい。学生にはなかなか回ってこないからなー」
「おめでとう、君は無事二十泊二十一日の大阪旅行が当選した」
「......ん?」
夏休みの日程を確認する。
7/27〜8/20。合計で24日。
「もしかしてなんだけどさ」
「なんだい?」
「俺の夏休みって3日?」
「ご名答」
「嘘だろ......華の高校一年生の夏休みが3日って正気か?」
「でも君友達いないじゃん」
「ヴッ」
正解。そして同時に俺の心が大幅に抉られる。
友達がいない訳ではない。クラスで話す人間もいない訳ではないし、ハブられている訳でもぼっちという訳でもない。
しかし、『友人と遊ぶ』という経験をした事もない。
現に夏休みの予定は今入った仕事を除き真っ白ですらある。
「まぁ旅行もたまには悪くないけど......そもそもなんで大阪?大阪にも支部あるだろ、俺が行く理由は何だ?」
「質問はひとつひとつしてくれよ、僕は聖徳太子じゃないんだぞ」
「ん、じゃあまずひとつ。なんで大阪?」
「箱庭の情報班がとある情報を獲得してきた。これは社内機密だから徹底して宜しく」
「もちろん。そもそも箱庭自体が機密みたいなもんだろ」
「それもそうだね。なんで大阪なのかといえば、大阪で巨大な異常空間が発生するから。規模でいえば街ひとつ分」
異常空間。
本来存在し得ない空間にして、特別な入り口から入らなければ入ることも叶わない空間である。
そして異常空間の発生と同時に内部に多少なりとも異常物体が発生する。
それを回収するのが箱庭の捕獲者たちの仕事である。
しかし。
「街ひとつ分!?そんな異常空間が発生するのか......」
「あぁ、僕が知る限りだと多分過去の件を見てもこれより大きいのは一軒だけかな」
街ひとつ分の大きさ、というのはこの界隈に来て俺も一度きりしか出会っていない。
その一度、というのも大災害に繋がりかけた、というか一部地方では災害として影響が残ったほどの異常空間である。
その時に比べれば、と考えれば小さい方かもしれないが、大概が公園サイズから学校ひとつサイズの物であることを考えればこの規模の異常空間が未知数の脅威であることは把握できる。
「そりゃ他団体も黙っちゃいないだろうな......」
「そうだろうね、で君がした2つ目の質問の答えもここにある」
「支部人員だけでは足りない?」
「惜しい、半分正解。今大阪支部の捕獲者は不足しているというのが原因の一つ。二つ目は実力不足だ」
「箱庭が育成を怠ったのか?」
「いや?そもそも大阪はここ二年間一度も異常空間が出ていなかったんだ」
「それで実践投入が出来なかった、と」
「そういうこと。実力不足の支部に任せるに任せられないし、向こうから救援要請も来たから本部からも数人抜擢されたわけだ」
「その中の1人が俺、と。一応メンバーだけ聞いてもいいか?」
「巨人、速水、鉄、不可逆性の加虐性と君、空の5人」
「全員戦闘特化かよ......速水と鉄はいいにしても巨人と不可逆性の加虐性はチーム行動出来るタイプじゃないだろ、なんでそこ派遣した?」
「そりゃ上に聞いてくれ。僕にはよく分からない。あぁ、けど」
「けど?」
「基本的には全員単独行動らしいから。出会ったらチーム組むくらいの感覚でもいいんじゃない?」
「なんだその投げやり派遣は......仮にもこんな規模だってのに」
「仕方ないでしょ、別件でこっちにも人数残さないとなんだから」
「ふぅん......いやまぁ仕方ないか。まぁ聞きたいことは聞いたし、後はいいかな」
「あ、そうそう。宿泊場所に困るだろうと思ってって上が僕に用意しろって頼んできたからさ」
「多分他に良いところも無いだろうしここに泊まってね♪」
一枚の紙を渡される。
そこには大阪府内の住所が書かれていた。
「なんだ、気が効くんだな。気味が悪い」
「気味が悪いってなんだよ。君のことを思って僕が手配してあげたんだから、しっかり使ってよね」
「ん、じゃあまた」
「それじゃ。また元気な君と会えるように願っておくよ」
司令室を出て、ビルから出る。
「大阪旅行かぁ......」
あまりにも長すぎる大阪旅行が、始まる。
少し注釈的な何かをば
『箱庭』
国家研究機関。異常物体及び異常体質者の【収集・研究・実用化・秘匿】を理念に掲げている。
異常物体をストレンジ、異常体質者のことをストレンジャーと呼称しており危険度ランクが存在する。
A〜Iまであり、Aが最も危険でIが最も安全とされている。
ランクE以降のストレンジに関しては研究が一定数終わるとそれを獲得した捕獲者に所有権が移るが、本質的には『箱庭』の所有物である。
また、他団体というのは異常物体について知っている団体のことで、それぞれが各々の理念に従って異常物体を確保しようと動いています。
※11/23大幅改変しました




