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『私』の夢と太陽の広場

 私は夢を見ていた。

 夢の中の『私』は大きなテントの中で、机の上に置かれた知事を見ている。

 机の周りには鎧を着た10人ほどの人間がいる。

 その中には知った顔も知らない顔もいた。

 地図には赤色と黒色のコインのようなものが並べられていた。

 誰かが赤いコインのいくつかを手にすると


「…では、本隊が敵と交戦している間に、高村殿と渋沢殿がこの隊を率いて迂回し、敵の右翼から攻撃をしかけるというものでよろしいかな?」


 その誰かは手にした赤いコインを動かし、黒いコインの横に並べる。

 今の話からすると赤いコインがこちら側の陣営を示しているんだろう。


 なーん。


 すぐ近くで猫の鳴き声が聞こえて『私』は自分の膝を見下ろした。

 『私』の膝の上では子猫サイズの三毛猫が丸くなっていた。


 なーん。


 甘えた声で鳴く三毛猫を『私』はなだめるように撫でる。

 耳の後ろをこりこりと掻いてやると、三毛猫は心地よさそうにゴロゴロと喉を鳴らした。


「なあ、そっちの別同部隊、私が率いちゃだめか?」


 聞き覚えのある声に『私』は視線を隣に移す。

 そこには赤地に黒で模様の入った鎧を身に纏った真帆さんの姿があった。

 地烈陣陣将を示す鎧の胸には、ダイアモンドと剣が組み合わさった金剛国の印が刻まれている。

 ただ、その真帆さんの顔立ちは現在のものよりも少し大人びているようにも見えた。


「だめですよ」


 そんな真帆さんに向かって『私』はいさめるように言った。


「真帆さんは地烈陣陣将であり、この軍の要です。その真帆さんが本隊にいないとなると、敵はこの策にすぐ気づくでしょう」

「ちぇ、横っ腹からの強襲やりたかったのに」

「真帆さんは目立ちますからね。その分囮として正面で暴れてください」

「へーい」


 子供のように口をとがらせながらも、真帆さんはそれ以上私の意見に逆らおうとはしなかった。


「こういう隠密に動くようなのは地味な俺や渋沢に任せておけばいいんですよ」

「そうそう、なんせうちの姫さまは目立つからな」


 別同部隊を任せられる高村さんと渋沢さんはからかいまじりに真帆さんに言う。


「どうせ姫だなんて思っていないくせによく言うな」


 からかってくる渋沢さんに歯をむき出しにして威嚇をしてから、真帆さんは立ち上がった。

 それに合わせて『私』を含めた全員も立ち上がる。


「なあ、私の『参謀』よ」


 表情をあらためた真帆さんが『私』に聞いてくる。


「私は勝つか?」

「はい、真帆さんは負けません。あなたは強い」


 その問いに『私』は真摯に答えた。

 これは戦前の儀式、真帆さんや戦士たちを鼓舞するためのやりとり。


「私は知っています。わが主、岩敷真帆は無敗の戦姫。真帆さんの赴く戦に負けはありません。すなわち、この戦も勝利が約束されています」

「ああ、そうだな」

『私』が言葉を紡ぐたびに真帆さんの瞳に光が宿り、全身から闘気が沸き上がる。

「私は強い、私の戦いに敗北はない」


 すらりと、真帆さんは鬼切丸を抜き放った。

 彼女が歩き出すと、入口の幕が両側から開かれた。

 その先には、彼女の部下である戦士たちが武装して立ち並んでいた。

 その戦士たちに向かって真帆さんは刀を持った手を振りかざした。


「我らは強い!」

「我らは強い!」


 真帆さんの言葉に戦士たちが呼応する。


「我らが戦に敗北はない!」

「我らの戦に敗北はない!」


「王国に勝利を!」

「王国に勝利を!」


「我らが国土を侵さんとする蛮族どもに、地烈陣の恐ろしさを刻み付けてやろうぜ」


「わああああああああ!」


 真帆さんの言葉に鼓舞され、戦士たちはこぶしを突き上げ、足を踏み鳴らしながら鬨の声をあげた。


「さあ、参謀殿。勝ち戦にいこうか」


 彼らの声に手を振り、顔だけで振り返って真帆さんは『私』にわ笑いかけた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「んあ?」


 夢から現実へと引き上げられて、私は声をあげた。

 急に覚醒したせいか、体が動かないし頭もはっきりしない。


「んー、あー」


 ベッドの上で何度ものびをして、ようやく起き上がる。

 何か夢を見ていたような気がしたけど忘れてしまった。

 なんとなくいい夢のような、そうでもないような…。


「くあぁ。ま、いいか」


 いちどあくびをすると私は思い出せない夢のことは気にしないことにした。

 それに今日は黒曜の都を散策すると決めていたんだった。

 今日の予定を思い出した私は顔を洗いに洗面所に向かった。

 


 あれから私は真帆さんの秘書として真帆さんのお宅に住み込みで働かせてもらっている。

 私としては下働きとしてでも置いてもらえれば十分だったのだけれど、真帆さんがそれを許してくれなかった。

 むしろ参謀にさせたがるのを彼女個人の秘書になるということで納得させるまでが大変だった。

秘書というけれどやっているのは簡単なスケジュール管理と書類の整理、その他こまごまとしたことを手伝うくらいだ。

 これくらいの仕事で衣食住どこかお給料までいただくなんて申し訳なかったけれど、無一文の私には正直とてもありがたかった。

 しかもお給料三か月分前借させてくれる太っ腹。

 真帆さんには足を向けて眠れない。


 とりあえず真帆さんの部屋の方に両手を合わせてから、私は着替えをすませて出かけることにした。

 真帆さんの職場は本当にホワイトで週2日、きっちりとお休みがある。

 今日ははじめての休日なので街を散策する予定だった。あと買い物なんかもしたい。


「おはようございます、林さん」

「おはようございます。菊池さん」


 庭に出ると庭師の男性に声をかけられる。

 かなり高齢の彼は、真帆さんのおじいさんの代からずっと岩敷家の庭園を守っているのだそうだ。


「どちらかへおでかけですか?」

「ええ、せっかくの休日なので街を散策しようかと思ってます。あとちょっとほしいものもあるので」

「だったら今日は市が立っているので太陽の広場に行くといいですよ。あそこなら他国の珍しいものも売られていいますし、近くに雑貨屋もありますから」

「ありがとうございます。行ってみます」


 お店のことを教えてくれた菊池さんに礼を言い、私は岩敷家の正門から外に出た。

 その際に門番にもあいさつをされる。

 本当に真帆さんの実家・岩敷家の人々は拍子抜けするほどあっさりと私を迎え入れてくれた。

 いくら真帆つれてきたと言っても、こんな得体の知れない女なんか警戒されてもおかしくないと思うんだけどな。

 真帆さんの性格がああだからなのかもしれないけれど、使用人だけでなくご両親もお姉さま方も私に対して厭うようなことはなかった。


 まあ岩敷伯爵夫人は


「うちの娘たちの拾い癖は慣れていますから。今回はたおやかなお嬢さんなだけ数十倍ましです」


と、遠い目をしていたから、これまでの真帆さんの『拾いもの』が強烈すぎてあきらめの境地なのかもしれないけれど。


 そうこうしているうちにラヴィ神殿の前の広場――太陽の広場が見えてきた。

 そこに屋台のようなものがいくつも並び、陽気そうな音楽や楽し気な話し声が聞こえてきた。

 黒曜の街はラヴィ神殿の周囲を囲む太陽の広場を中心に放射線状に道がのびていて、それと交差する形で同心円状の道がある。

 区画がきちんと割り振られている道は単純で、数回真帆さんに連れ歩いてもらっただけでも覚えることができた。

 一応地図ももらっているけれど、それを広げてうろうろしてると旅行者と間違われてお店の人にぼられるからやめた方がいいというのは、屋敷の人に教えてもらった。


 そこはやっぱり日本とは違うんだな。

 ああ、でも市場ってなんかわくわくするよね。

 日本でもフリマとか蚤の市とかあるとついつい覗いて買いまくっていたから、こういう市場を見ると血が騒いでしまう。

 うん、おちついて、私。

 今日は散策とちょっと買い物するだけだからね。


「あれ、亜香里さん?」


 自分にそう言い聞かして市場に向かおうとした私は、ふいに声をかけられて振り返った。



【太陽の広場】

 黒曜の都の中心であるラヴィ神殿を取り囲む広場。

 毎月1と5のつく日には市がたつ。

 下町の市場は食料品などがメインに扱われているが、太陽の広場は雑貨などがメイン。

 賑わいがすごいので、音楽隊や食事の屋台なども並んでいる。



次回、亜香里は市場で人と出会います

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