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運命の3人と創造の女神

「『親友』でありたい?」


 貴子さんの親友という言葉の響きに私はさらに首を傾げた。

 親友って互いに思えば親友になれるものじゃなかったっけ?

 そして何より互いを大切に思っている二人はちゃんと親友に見える。

 貴子さんはふと微笑み、ティーカップに口をつけた。

 紅茶で喉をうるおしてから、彼女は話をつづけた。


「真帆さんには3人の『運命の女性』がいるんだそうですよ」

「運命の?」

「ええ、真帆さんが生まれたときにとある占い師に言われたそうです。真帆さんはその人生にかかわる3人の女性に出会うと」


 その3人の女性とは

『生涯の忠誠を捧げる女性』

『生涯の親友となる女性』

『生涯の参謀となる女性』

ということらしい。


「自分でもおかしいと思うけど、この言葉が忘れられないんだ。それにもう『忠誠』と『親友』にはもう出会ってしまったからか、どうしても『参謀』とも会いたいと思ってしまうんだ」


 真帆さんは自分で自分に呆れたような顔で言った。

 参謀かぁ。

 参謀って確か、主を支えてあれこれ策略とか計略をたてる人だっけ?

 なんとなく控えめで頭のいい人のイメージだよね。

 って言うか、『忠誠を捧げる』と『生涯の親友』は設定した心当たりがあるんだけど、『生涯の参謀』なんて設定したキャラクターなんていたっけ?

 密かに悩んでいる私に貴子さんが爆弾発言を投下してきた。


「真帆さんの『参謀』は亜香里さんなのではないですか?」

「はぁ? 滅相もない」

「でも、真帆さんが出会ったばかりの方を私に会わせたいと思うなんて初めてのことですし…」

「ああ、それは自分でもちょっと思った」

「思わないでください」


 貴子さんの極論に同意する真帆さんについ強めに返してしまう。

 参謀なんて絶対無理。

 計画も策略も絶対無理だからね。

 そもそも私はこの世界の人間じゃないから、真帆さんの運命にかかわるはずがない。


「本当に勘違いです」

「そうかなぁ」


 本気で否定する私をからかうように真帆さんは言った。


「森で会った時から、直感的に亜香里を離しちゃいけないって思ったんだよな。運命ってそんなもんじゃないのか?」

「あら、それは少し妬けますね」

「でも『親友』は貴子だけどな」

「ええ、その座は誰にも渡しません」


 …なんで正妻と側室を持つ旦那の会話みたくなってるんだろう。

 とりあえず話がずれたことに安堵して私も会話に参加してみる。


「私から見てもおふたりは『親友』だと思いますよ」

「初めてお会いした亜香里さんからもそう見えますか?」


 なぜか少しだけ心配そうに聞いてくる貴子さんに、私は自信満々に頷いた。

 岩敷真帆の『親友』は結城貴子。

 それだけは言い切れる。

 だって私がそう『設定』したんだもん。

 作者最強!


「おふたりは『親友』ですよ」

「うれしい」


 頬をそめて喜ぶ貴子さんは女の私でもくらくらするほどに魅力的だった。

 そんな貴子さんを微笑んでみる真帆さんも魅力的で、ふたりとも本当にお似合いだった。

 でも『親友』ってこんなだったっけ?

 現世では親友と呼べるほど親しかった友人がいなかった私にはいまいち判断がつかない。

 でも多分きっと凡そ概ね違うんじゃないかなー。

 ちょっと怖くて否定できないけど。


「ところで貴子、あいつらを返してもらっていいか?」

「はい、いまお持ちします」


 真帆さんが言うと、貴子さんは壁際の棚へと向かった。

 そこで何か呪文を唱えてから扉をあけ、布に包まれた細長いものを両手に抱えて戻ってくる。


「お返しいたします」


 包みからでてきたのは、大小二振りの日本刀だった。


「ああ、預かっていてくれてありがとう」


 貴子さんが捧げ持つその刀を受け取り、真帆さんは無造作に腰に差した。

 その差し方は侍がするように二本とも左側に差すのではなく、長い刀は左側に、短い方は右のやや背中側に差すというものだった。


 この日本刀――この世界で刀のことを日本刀というのかはわからないけれど――は真帆さんの愛刀で長い方を鬼切丸(おにきりまる)、短い方を焔丸(ほむらまる)という。

 真帆さんは日本刀を愛用しているという設定にしていたのに、ここに戻るまではずっと彼女は両刃の剣を使っていたから内心不思議に思っていた。

 剣をつかう真帆さんもかっこよかったけれど、やっぱりこうして刀を差す姿は別格だなぁ。

 そんな私の内心を代弁するように貴子さんが言った。


「やっぱり真帆さんにはその二振りが似合いますね」

「さすがに『狩り』のときにこいつらを使うと目立つからな」

「金剛の戦姫の愛刀は有名ですからね」

「ああ、一発でばれちまう」


 あ、なるほど。

 『狩り』は他国からの要請で赴く傭兵としての戦いだから、万が一のときに国に迷惑がかからないように個人がばれるようなものは置いていくんだ。

 そしてその大切な愛刀を真帆さんは親友の貴子さんに預けていくんだ。

 真帆さんは貴子さんを信じて預けるし、貴子さんも真帆さんが必ず帰ると信じて預かる。

 それはものすごく『親友』っぽい。


「じゃあ、そろそろ帰ろうか」

「は、はい」


 慌てて立ち上がった私はふっと壁にかざられた一枚の絵に目を奪われた。

 描かれていたのは緑豊かな大地と、数人の男女。

 ひとり髪の長い女性だけが立ち、その前に4人の男女が跪いている。

 多分何かの神話の一場面なんだろう。

 緑を基調として描かれたその世界観が気に入ってしまって、私はその絵から目が離せなくなってしまう。


「気に入られましたか?」


 絵に見入る私に、貴子さんがささやくような声で聞いてくる。

 その声がやさしくて、没頭していた私は驚かずにすんだ。


「すみません、あの。この絵は?」

「これは創造の女神ルーシーンと原始4神のお姿です。立っているのが女神ルーシーン。そして4神は女神に近い方から太陽神ラヴィ、ラヴィ神の妻で空の神アッカーシ。ラヴィ神の妹で大地の神プリッスビー、プリッスビー神の夫で海の神サムードゥル」


 貴子さんは優雅な仕草で絵を示しながらこの場面の話をしてくれる。


 この世界は当初、光も闇も、山も海もなく色もない、ただ白いだけの平面が広がっていた。

 ある日、その世界に女神ルーシーンが降り立ち、上空には太陽と空を、地上には大地と海を作った。

 そして長い時間をかけてルーシーンは世界をつくりあげた。

 それから女神は無数の人間をつくり、緑豊かな大地に放った。

 人間たちは世界に広がり、順調にその数を増やしていったが彼らはまだ『(ことわり)』というものを持たなかった。

 そこで女神は原始の4神を生み出し、神々に人間を導き、見守るように命じた。

 神々はその数を増やしつつ人間に人としての『理』を教え、人間をただの獣から知性のある存在へ導いていった。

 こうして世界が形を成したことに満足した女神ルーシーンは、神々たちに世界を任せて次の世界へと旅立っていった。


 貴子さんの部屋に飾られているこの絵は、女神ルーシーンが原始の4神に人間を導くように指示している場面だった。


「壮大なお話ですね」


 神官として学んできているからだろう、貴子さんの語る神話は詳細で、そしてとても面白かった。

 本当のところ、神々の名前や役割などは私が設定していたものだけれど、天地創造などは考えていなかった。

 きっとこの世界が発展するにあたって、誰かが考えたものなんだろう。

 神々が生まれてから人間が生まれるのではなく。人間が生まれたからこそ神々が作られたというのはすごくユニークで面白い。

 テンペ神族の宗教を考え出した人はきっと独創性があって頭のいい人だったんだろうな。


「この女神ルーシーンのお姿は東の大聖堂にある女神像を参考に描かれているそうなのですが、少し亜香里さんに似ていますね」

「ああ、本当だ」


 貴子さんの言葉に真帆さんも私と絵を交互に見ながら同意する。


「いや、似てるのなんて性別くらいですよ」


 女神さまに似ているなんておこがましい。

 肯定したら罰があたりそうでつい否定してしまったけれど、確かに髪型とか背格好は似ているかもしれない。

 何で原始の4神は肉感的な体格の西洋人風に描かれているのに、創造の女神だけはやせっぽちのモンゴロイド風味なんだろう。

 そういう伝承でも残っているんだろうか。


「さて、もういいか?」


 貴子さんに質問をしようとしていた私は、真帆さんの言葉にそれを止めた。

 確かに夜も大分更けているから、これ以上の長いは迷惑になるよね。


「そうですか、ではまた」


 貴子さんもそれ以上引き止めずに私たちを送り出してくれた。




鬼切丸(おにきりまる)焔丸(ほむらまる)

 真帆の愛刀。

 鬼切丸は反りの浅めの日本刀。藤の花をあしらった鍔がつけられている。柄の拵えは黒。

 焔丸は脇差ではなく短刀。拵えは赤。刀身に焔の文字が入っている。

 切れ味はその気になれば岩でも切れると言われている。

 とある名工から直接真帆に与えられたもの。


次回は亜香里の夢と都の話

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