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太陽神ラヴィの神殿と射干玉の髪の美少女(後)

「おかえりなさい。真帆さん」


 もう夜半近くだったのに、貴子さんは特に眠そうな様子も見せずに真帆さんを迎え入れた。

 それを真帆さんは当然のように受け止めて、貴子さんと抱擁を交わす。


「ただいま、貴子。やっぱり起きて待っていてくれたんだな」

「ええ、『狩り』が終了したとはお伺いしていましたので。…ところでこちらの方は?」


 一度だけ真帆さんの体を抱きしめてから、貴子さんはこっちに顔を向けた。

 うわーこんな美人に見つめられると照れちゃうな。

 どんな表情をしていいのかわからなくて、あいまいに微笑みながら頭を下げると、貴子さんも軽く会釈してくれる。

 その仕草がめちゃくちゃ優雅で、なんだかいい香りまでしてきた。

 すごい、美少女って空気まで変えるんだ。

 絶世の美少女って設定にしていたけれど、貴子さんてこんな顔をしていたんだ。

 貴子さんの美少女っぷりに感動して声をだすことができない私に代わって、真帆さんが名乗ってくれる。


「彼女は林亜香里。森でひろった」

「真帆さん、その言い方はあまりにも…」

「でも森の中で拾ったとしか言いようがないんだよなぁ」

「仕方のない方ですね」


 口では呆れるような言葉を言っていたけれど、貴子さんの表情はふんわりと緩んでいた。

 貴子さんの美貌は真面目な表情をすると一見とっつきにくくて冷たそうに見えてしまうものだったけれど、真帆さん相手に微笑む姿はものすごくかわいかった。

 そして貴子さんが真帆さんのことを本当に好きなのがわかる。

 その笑みのまま顔を向けられて、関係のない私までどきどきしてしまう。


「本当に森で真帆さんに拾われたんですか?」

「ええ…まあ、そうですね」


 本当にその通りなので何とも言えず頷く私に、貴子さんは少しだけ心配そうな顔をした。

 眉をきゅっとよせただけなのに、憂いの影が増してまたそのイメージが変わる。

 美人はどんなになっても美人なんだね。

 つい見とれてしまう私の手を、貴子さんは両手でそっと握ってくれた。


「何か事情がおありのようなのでこれ以上はお聞きしない方がよろしいですね」


 いえ、それなりに事情はあるのですが本当に森で拾われたんです。

 とは言えず軽く頷くと貴子さんは愁眉をといた。


「申し遅れましたが私は結城貴子と申します。ラヴィ神の神官見習いをさせていただいております」


 ああそうか、真帆さんも『副将』だから貴子さんも『神官見習い』なんだ。


「林亜香里です。よろしくお願いします」


 私があいさつすると貴子さんは軽く手を握ってから離してくれた。

 たったそれだけなのに体から疲れが抜けたような気がして、さっきまで握られていた手を見つめてしまう。


「見習いって言っても貴子はもう神官の資格は十分あるんだ。だから貴子は回復の魔法が使えるんだ。今、貴子に触られただけで疲れがとれただろう?」

「なるほど…って、すごいですね」


 疑問に答えてくれた真帆さんに頷きかけて、それから遅ればせながらに驚いた。

 回復の魔法と真帆さんは当たり前のように言ったけれど、貴子さんはただ手を握ってくれただけにすぎなかった。

 魔法のことなんてよく知らないけれど、呪文も魔法陣も使わないで人を癒せるって、本当にすごいことなんじゃないだろうか。


「だろう? 貴子はそこらの神官ごとき目じゃないくらいの力を持っているんだぜ。本当に神官を名乗れないのはただ、成人の儀を行ってないからってだけなんだ」

「それは真帆さんも一緒でしょう? 無敗の戦姫の名は他国でも有名だと聞きますよ」

「戦いに出るのに資格もへったくれもないだろ。私はただ強くなりたくて地烈陣に入っただけだからさ。勉強も修行も努力した貴子とは違うよ」

「真帆さんらしいですね」


 自分の努力は評価しない真帆さんにまた微笑み、貴子さんは私たちを室内のソファに勧めてくれる。


「どうぞ、お座りください。今お茶でもお淹れします」


 白い服の裾をなびかせてお茶と簡単なお菓子を準備してくれる貴子さんの仕草が優雅で、我慢できずについ口にしてしまった。


「貴子さんて、本当にお綺麗ですよね」

「…ありがとうございます」

「?」


 ティーカップを置きながら礼を言う貴子さんの表情が微妙で、首を傾げる。

 もしかして、この国では綺麗って褒めるのは不作法なんだろうか?

 わぁ、どうしよう。

 助けを求めるように真帆さんを見ると、彼女はにやにやしながらクッキーを口にしていた。


 さくさくさく。


 とクッキーを咀嚼し、紅茶をひとくち飲んでから真帆さんはようやく口を開いた。


「貴子は自分のこと美人だと思ったことないんだよな」

「えええええ?」


 あまりのことにびっくりして叫んだ私に、真帆さんはたまらず吹き出した。


「やっぱりびっくりするだろ? でも本当なんだよ」


 生まれてからずっとこんな顔してると、見慣れちゃって自分のこと美人だと思わなくなるのかな。

 まじまじと貴子さんの顔を見てしまう。

 そんな私の視線をうけて、貴子さんはわずかに頬を染めた。


「実は私、生まれてから12才くらいまであまり人と接したことがないまま育ったもので…」

「ええと、巫女さんだったからですか?」

「はい」


 よかった、貴子さんが巫女設定だったのは周囲に知られている事実だった。

 秘密のことだったら怪しまれるところだった。

 内心で冷や汗をかく私に気づかないまま、貴子さんは話を続ける。


「巫女というのは外界とほとんど接触しないで過ごします。そのため私の周りにいたのは年老いた神官や身の回りの世話をしてくれる老女たちばかりだったので、自分が綺麗だと言われてもぴんとこなくて」

「じゃあ失礼をしてしまって…」

 やっぱり失礼なこと言っていた。


 湿原に恥じ入る私に、貴子さんは軽く首を振った。


「いいえ、褒めていただくのはうれしいです。それにこの顔は真帆さんにも褒めていただいたものですし」

「はじめて会ったときは顔が気に入ったんだけど、今は貴子の全部を好きだよ」

「私も真帆さんの全部が好きです」


 私は何を見せられているんだろう…。

 なんのてらいもなくお互いを好きだと言いあうふたりに、私の方がいたたまれなくなく。


「ええと、お二人はいつごろからのお付き合いなんですか?」


 友達としての付き合いを聞いたはずなんだけど、ラブラブな恋人同士のなれそめを聞いているような気持になるのはなんでだろうな…。


「もう四年ほど前になりますけど。私が巫女を辞してすぐのことなんです」


 私の質問に貴子さんは嬉しそうに語り始めた。


「巫女を辞して神官になるための勉強を始めた私は、とてつもなく世間知らずでした。父が年相応な友人をつくるべきだと言って紹介していただいた貴族の子女の方々ともお話があわなくて、孤独でした」

「いじめられてたってわけじゃないんだけど、遠巻きにされてたよな」

「ええ。私が皆さんの話題についていけなくて…。あの時は申し訳ないことをしました」


 真帆さんと貴子さんの出会いはとある貴族の館で行われたお茶会だったそうだ。

 10才から14才くらいの貴族の子女を集めたお茶会で、所在なさそうに壁際に立ち尽くす貴子さんに真帆さんが話しかけたのがふたりのなれそめだったそうだ。

 親しい友達もいない状態で多人数の中に送り出すなんて貴子さんのお父さんもなかなか酷なことするなぁ。

 私も若干人見知りの気があるのでそんなところに放り込まれたら壁の花…いや壁の草になる自信がある。

 そんなときに気さくに話しかけてきてくれた人がいたら嬉しいだろうな。


「そのときの真帆さんがかけてくださった言葉はいまだに忘れられません。飲み物を片手に近寄ってきたと思ったら『よっ』って笑ってくれたんです。そして続けて『あんたすげぇ美人だな』って」


 その時の真帆さんの様子を貴子さんはうっとりと語る。


 『よっ』って、貴族の子女の第一声としてはどうなの?

 あと、言葉づかい悪くない?

 疑問に思っているのは私だけのようで、貴子さんそれを当たり前のようにとらえたようだ。

 そうかー、これが世間知らずだったところかー。


「その時私には真帆さんが輝いて見えたんです」

「実際は『狩り』帰りで体中傷だらけだったし、声とかも枯れてかすかすだったんだけどな」

「真帆さんの魂は、いつだって輝いていますよ」


 ええとそれは、貴子さんには人の生命力とかが輝いて見えるってことかな? 

 比喩かな?

 神官という貴子さんの特殊性から判断がつきかねて、小首をかしげながら話を聞く。


「そして真帆さんは私の世間知らずなところもまったく気になさらないでお話をしてくださったんです。それ以来ずっと仲良くさせていただいています」

「それを言うなら貴子もさ、傷だらけの私に引かないどころか『狩り』から持ち帰ってしまった穢れまで払ってくれたんだぜ」

「その時の私にできるのはそれくらいでしたから」


 ふふと笑って貴子さんは流れる黒髪を耳にかけた。


「本当に何でもない一声だったのですが、私はその一声で救われたんです。だから、私は真帆さんの『親友』でありたいと思うんです」



【成人の儀】

 その年に16才になる貴族の子女が王宮に集められ、国王に謁見したのち国王主催の宴に参加する。

 謁見と一晩中続く宴に参加してはじめて子女たちは成人と認められる。

 その後は王宮への出仕や社交界への参加、正式な仕事についたり、婚姻を結んだりすることが許される。


次回は真帆の『運命の三女性』についてです。

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