太陽神ラヴィの神殿と射干玉の髪の美少女(前)
黒曜の都は中世ヨーロッパなどに多く見られる、石造りの街だった。
四角く切った石が並べられた道の両側には家々が立ち並んでいる。
もうだいぶ遅い時間だからだろうか、道にはほとんど人気がなかった。
そして電気が発明されていないから当たり前だけれど、電柱のない街というのは日本人である私にはとても新鮮だった。
でも、街灯もないのにどうしてこんなに道がよく見えるんだろう。
空を見上げても細い月が見えるだけで、そんなに明るくないように思える。
「あんまり暗くないんですね」
「ああ、そうか。亜香里は知らなかったな。黒曜の都の道や建物には畜光石の粉が塗られているんだ。だから夜になるとぼんやり光るんだ」
「へぇ、夜の外出も安心ですね」
「まあ黒曜の都は他の都市に比べると安全な方だけど、女がひとりで夜歩くのはやめた方がいいな」
真帆さんの言い方が自分は女の子じゃないみたいでちょっとおかしい。
でも彼女は金剛国で5本の指に入る強者だから、ひとりで外出しても大抵の者には負けないよね。
金剛国はわりと平和な国な『設定』にしたけど、そこはやっぱり現代日本とは違うんだな。
そこからまたしばらく行くと空間が開け、正面に大きな建物が見えてきた。
広場のようなその場所はそれまでの道に使われていた石とはまた違う白い石が敷き詰められていた。
真帆さんは広場を抜けて建物へと向かっていく。
建物はそれまでの家々とは様相が違っていた。
白い石の柱が立ち並び、その向こうには先が見えないほど大きな塔もある。
その前で真帆さんは馬を止めた。
「ここが目的の場所、太陽神ラヴィの神殿だ」
「じゃあここが都の中心なんですね」
「ああ、よく知っているな」
街並みや道のことを知らないのに、ラヴィ神殿の位置を知っている私に真帆さんは首を傾げる。
うん、それはそこだけ私が『設定』したからね。
あいまいに笑ってごまかしていると、真帆さんは軽く肩をすくめて神殿へと続く階段を上り始めた。
それに続きながら私は感慨深く神殿を見上げる。
これが太陽神ラヴィの神殿。
黒曜の都の中心地。
私のつくった『設定』はこうだ。
『太陽神ラヴィの神殿
テンペの神々の主神である太陽神ラヴィの神殿。
黒曜の都の中心に位置し、そのシンボルである高い塔は都の外からも見ることができる。
太陽の塔は円錐型で窓のないつくりをしている。
その塔がどうやって作られたのかを知るのはラヴィ神の最高神官のみである』
夜なので太陽の塔の全容は見えないけれど、明日になったら太陽光に輝く塔が見れるんだ。
子供みたいにわくわくしながら真帆さんの後を歩いていると、急に入口のところで衛兵に止められた。
銀色の鎧を着た兵たちは、真帆さんの顔の前で槍を交差させた。
「止まれ!」
「こんな時間に神殿に何の用だ!」
「神殿はどんな時間でも出入り自由じゃなかったのか」
真帆さんは顔ぎりぎりに突き出された槍にも、恫喝するような男たちにひるむ様子もなく聞いた。
「確かに祈る者や真理を得に来た者たちを拒むことはしない」
「だがお前たちはそのどちらにも見えない」
「そりゃそうだ」
衛兵たちのもっともな言い分に、真帆さんは両手を軽く開いた。
その姿のどこにも気負うところがないのは、たとえ乱闘になっても彼ら程度の相手には負けないという自負があるからだろう。
それから真帆さんは左手を上げてそこにつけている指輪を衛兵たちに見せた。
「私は地裂陣副将・岩敷真帆。結城貴子どのに面会にきた」
「し、失礼しました」
真帆さんが身分を明かすと、衛兵たちは慌てて槍を引く。
「し、しかしこのような時間に…」
「まあ普通なら人を訪ねる時間じゃないがな。貴子どのからはいつ会いに来てもかまわないという許可は得ている」
「は、はぁ」
「通るぞ」
有無を言わせない調子で言い切ると、真帆さんは神殿の中へと歩を進めた。
「あの、こちらの女性は?」
真帆さんについて行こうとする私を、衛兵がうさん臭そうに見てくる。
いやその、得体は知れないかもしれませんが悪人ではありませんよ。
という思いを込めて笑顔を作って見せたけれど、衛兵のまなざしはさらに厳しくなっただけだった。
…ごまかされなかったか。ちょっと悲しい。
しょぼんとしていると真帆さんが手をひいてくれる。
「彼女は私の連れで大切な人だ。心配無用だ」
さすがに貴族の子女でかつ戦士として名を成す真帆さんに言い切られては衛兵たちもそれ以上反論することはできなかったらしい。
黙って頭を下げる彼らに背を向けて私たちは歩き出した。
「あれが《無敗の戦姫》か」
「確か岩敷真帆って岩敷伯爵家の姫さんだろ」
「いや、あれどう見ても男じゃん」
「ああ、姫って感じじゃないよな」
「醸し出す殺気もすごかったしな」
「戦姫じゃなくて戦鬼の方が合うんじゃないか」
衛兵たちのしのび笑いの声が静かな神殿に響く。
まだ私たち数歩しか歩いていないのに話し出すからまる聞こえですよ。
って言うかそれ悪口ですよー。
あとでどうなっても知らないからね。
そう思っていると真帆さんが小声でささやいてきた。
「聞こえてるんだがな~」
「あはははは…」
「ったく、誰が最初に戦姫なんてあだ名つけやがったんだ」
苦虫をかみつぶしたような真帆さんに私は乾いた笑いをするしかなかった。
そのあだ名つけたの、私です。
って言ったら怒るだろうな。
中二当時はかっこいいと思ったんだけどなー。
真帆さんの設定を戦士に能力ふりすぎたかな。
ぽりぽりと頬をかいていると真帆さんは廊下のつきあたりを右に曲がった。
そこにあったのは人がひとり通れるくらいのらせん階段。
すごく嫌な予感がする…。
「これを少し昇るよ」
「ちなみにどれくらい?」
「だいたい8階分くらいかな」
「それは少しって言いません」
私としては十分エレベーターの距離。
かなり本気で言ったのだけれど、真帆さんは私が冗談を言ったのだと思ったらしい。
楽しそうに笑いながら歩き出されてしまった。
真帆さんに手をひかれながら階段を昇ること数分。
私たちはようやく目的の階まであがることができた。
そしてその時の私は息も絶え絶えだった。
「亜香里、本当に体力ないな」
「運動…不足は、その通りですけど…真帆さんが体力ありすぎるんだと思います」
「そうかなぁ。貴子平気でこれくらい昇るぞ?」
「若い子といっしょにしないでください」
あきれた真帆さんについ強い調子で言ってしまう。
調子にのってしまったかと言った瞬間に慌てたけれど、真帆さんは気にした様子もなく笑っている。
この子、本当に心が広い。
「じゃあ今度、亜香里のために鍛錬のプログラムを作ってやるよ」
…心は広いけど鬼だった。
私は運動音痴のインドア派なのよー。
心の叫びが顔に出てしまった私に盛大に吹き出しながら、真帆さんは目的の部屋のドアをノックした。
「おかえりなさい、真帆さん」
柔らかな声とともに開かれたドアの向こうには、長い黒髪の超絶美少女が待っていた。
「び…じん」
微笑んで私たちを迎えてくれた真帆さんの親友を目にした瞬間、私はつい声をあげていた。
まず目を奪われるのは腰まである癖のない黒髪。つやつやしたその髪が彼女が動くたびにさらさらと流れる様は圧巻だった。
よく和歌とかで射干玉の髪とか表現があるけど、まさにこういう髪のことを言うんだろう。
そして長いまつ毛に縁どられた切れ長の瞳に通った鼻筋、ピンク色の小さな唇。
肌も真っ白で、黒髪がさらに映える。
非のうちどころのない美少女、それが結城貴子だった。
【結城貴子】
身長160センチくらい。くせのない長い黒髪と黒い瞳の美少女。
真帆と同じ年で親友。
テンペ神族の主神で太陽神ラヴィの高位神官。父はラヴィ神の最高神官。
幼いころはラヴィ神の巫女として神殿から一歩も出ずに育った。
巫女でなくなってから真帆と出会い、その明るさに救われる。
神官のため、武器の聖別や治癒魔法、結界魔法などが使える。
超絶美少女登場。
次回は貴子と真帆のなれそめの話がでてきます。