希望
「全員下がれっ!」
飛び出した真帆さんと同時に孝明さんは戦士たちに命令した。
彼らはまるで決められていたかのような動きで左右に分かれ、噴水への道を作る。
全速力でその道を駆け抜けた真帆さんは、噴水のふちを足場にして飛び上がった。
「ガウッ」
「ガッ」
少し低いあたりにいた狼人たちがすかさず真帆さんに飛びかかろうとしたけれど、孝明さんの投げたナイフがその手を貫いていく。
そしてそのうちの一本は高村さんにも向かっていた。
「があっ!」
一瞬だけ、高村さんの意識が飛んでくるナイフに向けられる。
「高村ぁ!」
高村さんがナイフを叩き落すのと、真帆さんが大上段に振りかぶった鬼切丸で切りかかるのはほぼ同時だった。
「がああああ」
ばしゃーん!
バランスを崩した高村さんごと真帆さんが落下し、派手な水しぶきがあがる。
「真帆さんっ!」
いつの間にか私は、両手を胸の前で握りしめていた。
鬼切丸の刃が狼人と化していた高村さんの左肩から右わき腹までを切り裂くのが見えた。
どうか、どうか高村さんの狼だけが切られていて…。
どれほどの時間がたったのか。
多分ほんのわずかだったと思うけれど、私にはとてつもなく長い時間に感じられた。
水しぶきが消えた噴水の中、真帆さんが立ち上がった。
「おい、高村。大丈夫か?」
彼女の右手に握られていたのは人の腕だった。
真帆さんのそれよりはずっと太いけれど、さっきまでの剛毛など少しも見えない人間の腕。
そしてその手首には赤糸と黒糸で作られた幅広のミサンガがあった。
「ごふっ」
その腕の持ち主が苦しそうに咳をした。
その口からは赤いものが混じった水が吐き出される。
「高村?」
おそるおそる呼びかける真帆さんの声に、彼は目を開いた。
「真帆さん…」
「高村、私がわかるか?」
「あ…あ。ああ、俺…。戻った?」
高村さんはもとに戻った自分の身体と、真帆さんの顔を何度も見返していた。
「よ…よかった」
私はいつの間にか止めてしまっていた息を吐いた。
高村さんは人間の姿に戻っていた。真帆さんが切ったはずの傷はなく、噴水に落ちたときにできたらしい打ち身があるだけだった。
「戻ったんだな、高村っ」
「高村っ」
「高村ぁ」
真帆さんの声に、周囲で狼人と戦っていた地裂陣の面々から歓声が上がった。
彼らは他の狼人と切り結びながら高村さんの生還を喜んでいた。
「やったな、真帆陣将!」
「高村。この野郎、世話かけやがって」
いや、地裂陣だけじゃない。おそらく同僚の何人かが狼人と化してしまっているらしい風吼陣の戦士たちも戦いながら喜びの声を上げていた。
「岩敷陣将万歳っ」
「岩敷陣将っ! お願いします、各務の奴も助けてください!」
そんな中でも孝明さんは冷静だった。
彼は真帆さんに襲いかかろうとした狼人をいなし、噴水から蹴り落とす。
「気を抜くな、真帆っ」
「分かってる!」
「がぁぅう!」
再び襲いかかってきた狼人の攻撃を、孝明さんは正面から受け止めた。
その背後には鬼切丸を拾った真帆さんがいた。
「ガアアアアッ!」
孝明さんが狼人の動きを止めた瞬間を逃さず、真帆さんは彼のわきから手をのばし狼人の心臓をひと突きにする。
ばしゃーん!
また水しぶきとともに狼人は倒れ、そして水面に顔を出したときには人へと戻っていた。
その姿を見て、戦士たちからは再び歓声があがる。
彼女を称える声には答えず、真帆さんは叫んだ。
「地裂陣! 狼人は私が全部切る! それまで持ちこたえろっ!」
「風吼陣、我らは真帆のサポートにあたる。狼人を足止めさせろ! この場からひとりたりとも逃がすな」
「了解しました!」
「伝令っ! 城へ報告を!」
緊迫した場面であることに変わりはなかったけれど。その場の戦士たちの声には希望があふれていた。
【鬼切丸の力】
瑠璃姫の『奇跡』を得た鬼切丸は「魔」のみを切ることができるようになった。
しかし元々の殺傷力も維持されており、「魔」のみを切るのか、命を刈り取るのか、「魔」と命の両方をとるのかは持ち主である岩敷真帆の意思による。
この力は真帆が振るうときにのみ有効となる。
戦士たちに希望がみえました。




