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マウトの門

 黒曜の都についたのは、夜半に近いころだった。

 黒曜の都は中世によくある城壁都市で、街の周囲を高い壁に囲まれている

 真帆さんたちは街の正面にある大門には向かわず、城壁に沿って北へと向かった。


「街に入らないんですか?」


 途中で馬車から真帆さんの後ろに乗りかえさせられていた私は聞いた。

 せっかくだから早く入って街の姿が見たい。

 この世界もこの街も私が考えたものではあったけれど、知らないことが多すぎて早く街の様子が知りたかった。

 でも真帆さんは無情にも首を振った。


「私たちにあの表の門はくぐれないからな」


 答えの意味が分からず首を傾げていると、彼女は少しだけ笑った。


「『狩り』帰りの傭兵にはお似合いの門があるのさ」

「あ…」


 『狩り』という言葉に私はまた自分が書いた設定を思い出す。

 そうだこれも私が書いたんだった。


『黒曜の都

 金剛国の王都。街の周りをぐるりと塀がとりかこみ、周囲には13の門がある。

 そのうち12個は通常の門だが13番目の『マウトの門』だけは隠されていて、傭兵として戦地に向かう戦士たちが通る門となっている』


 その門に真帆さんたちは向かっているのだ。

 そして戦士たちは傭兵として派遣される戦いのことを『狩り』と隠語で呼ぶ。


「そっか、『狩り』だぁ。これも私の設定だったー」


 自分の設定のせいで面倒くさいことになったことにがっかりして、小声でつぶやきながら真帆さんの背によりかかる。


「どうした亜香里。疲れたのか?」

「大丈夫です~」


 いきなりもたれかかってきた私を心配する真帆さんに私は全く大丈夫じゃない声で答えた。

 戦士たちだって血まみれで帰ってくるわけじゃないんだから、普通に帰らせればいいじゃない。

 なんでわざわざ帰りを遅らせるような設定にしちゃったかな。


「ごめんなさい、真帆さん~」

「なんだ? 急に謝りだして変な奴だな」


 ヘロヘロな声で謝る私に真帆さんは肩をすくめた。

 その動きにあわせてもたれかかっている私も動く。

 あ、なれなれしいことしちゃった。

 真帆さんがまるで仲のいい友達みたいに親しくしてくれるからつい甘えてしまった。

 慌てて姿勢をもとに戻すと真帆さんはまた少し笑った。


「どうした、急に離れて」

「よりかかっちゃったから重かったでしょう?」

「亜香里は細いから全然重くないよ。むしろ背中があったかかったからそのままでよかったのに」


 そう言いながら喉の奥で笑う真帆さんは本当に格好よかった。

 うう、かっこいい。

 これで真帆さんが本当に男の子だったら惚れてたよ。10才も年下の子に恋するなんてしゃれにならないところだった。

 うん、女の子でよかった。

 自分で設定していながら真帆さんがあまりにも格好がよくてついため息が出てしまう。


 そうこしているうちに私たちは都市の北側の小さな森に入った。

 木々の間をぬって進んでいると、とある場所で真帆さんが馬を止めた。

 彼女が右手をあげると、それが何かの合図だったようで戦士たちはいっせいに馬から下りた。

 私も真帆さんに手伝ってもらって馬を降りる。


「少し頼む」


 高村さんに自分の馬の手綱をまかせて、真帆さんは城壁に向かって歩き出した。

 その姿を見ながらふいに自分がここにいていいのか不安になる。

 死の神の名前をつけられているマウトの門は傭兵たちだけが通ることのできる秘密の門なのに、その場所を一般人である私が知ってしまっていいのだろうか。


「あの、私は目をつぶっていたほうがいいですか?」

「何で?」


 私が小声で聞くと高村さんが小首を傾げた。


「だってマウトの門の場所を私が知ってしまったらまずいんじゃ…」

「ああ、それなら大丈夫。たとえ門の場所がわかったとしても、誰にもマウトの門は開けることはできないから」

「どういう意味ですか?」

「あれさ」


 高村さんが示した方を見ると、真帆さんが城壁の前に立って左手をかざしているところだった。


「…帰還せし勇者たちを受け入れよ」


 真帆さんが何か呪文のようなものをつぶやいたとたん、左手の中指につけていた指輪から一条の光が放たれた。


 ブウン!


 光が城壁にあたったとたん、さっきまで石の壁だったそこに黒塗りの門が現れる。

 そしてその門は、真帆さんが左手で触れると左右に開かれた。


「マウトの門を現し、開くことのできるのは四神将軍と十絶陣将、あとその副官と王と王子のみなんだ。たとえ誰かがあの指輪を真帆から奪い、あの呪文を唱えたとしても門は現れない」

「あの指輪と呪文のほかに何か資格がいるってことですね」

「その資格がどんなものかは俺も知らないけれどね」


 多分指輪を発動させる条件に持ち主の情報が必要になるんだろうな。

 指紋とか網膜とかかな。

 あとであの指輪見せてって言ったら見せてくれるかな。


 そんなことを考えている間に戦士たちは真帆さんが開いた門を声もなく抜けて行っていた。

 最後に残った高村さんに連れられて私も門の近くまで行く。

 真帆さんは手綱を受ける代わりに小さな麻袋を高村さんに渡した。


 チャリン。


 高村さんの手に落ちたその袋の中で、金属同士のぶつかるような音がする。

 多分、あの中には今回の戦いに対する報奨金が入っているんだろう。

 高村さんは素早くその袋を懐に入れ、真帆さんに頭を下げた。


「それでは俺もこれで」

「ああ、鍛錬は明後日からだから、明日はゆっくり休め。美幸によろしく」

「はい、おやすみなさい」


 夜目でもわかる白い歯を見せて笑い、高村さんは街へと消えていった。

 そして私も真帆さんと門をくぐる。

 その場所は何か大きな建物の裏手にあった。


 ブウン!


 真帆さんが左手を門から離すと扉が閉まる。

 次いでその手を一閃すると門は姿を消してしまった。


「すごい、魔法みたい」

「ああ、古の大魔導師ガーファンクルの魔法だ」

「はー、目くらましだけじゃなくて触ってもわからないなんてすごい」


 ぺたぺたとさっきまで門があった場所に触れてみたけれど、そこにあるのは硬い石の感触だけだった。

 確かにこれなら場所を知られていても開けることができない。

 感心していると真帆さんに軽く肩をたたかれる。


「亜香里、悪いんだけど家に帰る前に寄りたいところがあるんだ」

「ええと、じゃあ私はどこかで待っていた方がいいですか?」

「いや、迷惑じゃなければ一緒にきてほしい。亜香里に会わせたい奴もいるし」

「私に会わせたい人?」


 この世界に私の知り合いがいるはずがないから、会わせたがっている相手はきっと真帆さんの友達か知り合いなんだろう。

 私が『設定』している友人や知人は何人かいるけれど、それ以外の人なのかな。


「どんな人ですか」

「ラヴィ神の神官をやっている奴なんだけど。私と同じ年で、まあ親友だよ」

「……」


 真帆さんと同じ年で親友で神官。

 その設定には聞き覚えがあった。


「名前は結城貴子(ゆうきたかこ)っていうんだけどな。ちょっとお目にかかれない美少女なんだぜ」


 自慢するような調子で真帆さんが名前をあげたのは、やっぱり私が『設定』した登場人物だった。




【マウトの門】

 黒曜の都の13番目の門。

 門の名前は主神13神の1人で死を司るマウト神にちなんでいる。

 普段隠されているその門は、傭兵として派遣される戦士たちのみが通ることができる。

 出るときは敵に『死』を与える者として神の祝福を、そして帰ってきたときは『死』を乗り越えた者として賞賛を与えられると言われている。 


次回は『設定』のある主要人物その2:結城貴子が登場します。

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