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信じる力


 真帆さんたちが戦っていたのは、太陽の塔の南西にある小さな広場だった。

 円形の広場の中央にある噴水の上には、何人かの狼人がいて、その周囲を地裂陣と風吼陣の戦士が取り囲んでいた。

 そしてその円の外側に黒地に赤の模様が入ったマントをつけた細身な姿が見える。

 少し離れた場所で加羅から下り、私はその人物へ駆け寄った。


「真帆さん!」

「亜香里?! どうしてここにいるんだ?」


 岩敷伯爵邸へもどっているはずの私がいきなり現れて、真帆さんは大きな目を丸くした。

 そして瞬時にその目がひそめられ、眉間に皺がよる。

 怒られる前に私は慌てて抱えていた刀たちを差し出した。


「お説教はあとでききます。それよりこれを使ってください!」

「鬼切丸?」

「鬼切丸に姫の『奇跡』が付与されています」

「『奇跡』だと?」


 この言葉だけで真帆さんは私が何をしたのか分かったようだった。


「亜香里が貴子と姫を説得したのか?」

「説得なんてしていません」


 私がしたのは説得なんてものじゃない。ただ、お願いしただけ。

 鬼切丸を私に預け、奇跡を付与してくれたのはふたりが真帆さんを信じたからだ。


「貴子さんも瑠璃姫も、真帆さんを愛して、信じていますから」

「私を?」

「真帆さんが、鬼切丸で狼人の中の狼だけを切ることを。もちろん私も、真帆さんにはそれができると信じています」

「亜香里…」


 あえて言葉に出して言えば、真帆さんは小さく息を飲んだ。

 けれど彼女はまだ躊躇するように胸の前で手を握りしめている。

 ぐっと奥歯をかみしめる真帆さんの瞳には、いくつもの感情が浮かんでは消えて行った。

 高村さんを助けられるかもしれないという希望。もし失敗したらという不安。

 失敗すれば、真帆さん自身の命だけでなく部下たちの命すら危険にさらすことになる。

 たったひとりの命と複数の者の命。

 命に優劣はないと言うけれど、命令を下す者は時に命の選別をしなければならない。

 でも、心配しないで。


「戦場での真帆さんの選択は決して間違えません。だって、あなたはこの世界の主役だから」

「何を言ってるんだ?」


 私のバカみたいな言葉に、真帆さんは怪訝な顔をした。

 私は手をのばして、真帆さんの胸の前で握られた手に触れる。


「信じてください。真帆さんはどんな敵にも負けません。真帆さんには絶対ハッピーエンドしかありえないんです。だって私がそう『設定』したから」

「亜香里?」


 力のゆるんだ手を開かせて指をからめた。

 意識して微笑みながら、からめた指に力をいれる。


「もし私が信じられないと言うのなら貴子さんの祈りと姫の『奇跡』を信じてください。それだけで真帆さんは強くなれるでしょう?」


 真帆さんは私に大人の余裕があると言ってくれた。

 本当はそんなことは全然ない、中身は10代のころから全く成長していない私だけど。

 今だけはこの笑みが落ち着いて見えていてほしい。どうか真帆さんに落ち着きを与えられますように。

 そう祈るように思っていると真帆さんは一度目を閉じた。


「ああ――」


 吐息のような声をあげて下を向き、次の瞬間には顔をあげる。


「そうだな、私は強い」


 するりと、からめられていた指が離れた。

 そしてその手はしっかりと鬼切丸と焔丸をつかんでいた。


「なあ、亜香里。私は負けないんだよな?」

「はい、真帆さんは決して負けません!」

「フッ…」


 真帆さんは即答する私に不敵な笑みを返してくれた。彼女の瞳には、もう迷いは見えなかった。

 真帆さんは腰に差していた魔断剣をはずすと、鬼切丸と焔丸をいつものように差し込んだ。


「行ってくる」

「気を付けて」

「ああ。亜香里はすこし離れたところで見ていてくれ」


 ひらりと右手をひるがえし、真帆さんは私に背を向けた。


「道を開けろ」


 真帆さんが低い声でそう言っただけで噴水を囲んでいた戦士たちは左右に分かれた。


「真帆、魔断剣をどこにやった!」


 真帆さんが狼人を囲む円の最前線に立つと、鎧に身を包んだ孝明さんが聞いてきた。


「魔断剣は置いてきた。だが、高村は私が切る」

「真帆! 鬼切丸で狼人は切れない」

「大丈夫だ」


 落ち着いた様子で真帆さんは鬼切丸を鞘から抜いた。

 冴え冴えとした刀身は白銀色の光を纏っていた。

 月光の反射だけではないその光に、孝明さんは目を見開く。


「それは…」

「奇跡をいただいたんだ」


 何かを確認するように柄を握りなおし、真帆さんは刀を掲げた。


「この刃は狼だけを切る。高村の中の狼を切り捨ててみせるから、私に行かせろ」


 言い切った真帆さんに孝明さんは首を縦には振らなかった。

 彼は逆隣りに立つ戦士に向かって声をかける。


「誰か魔断剣を真帆に」

「孝明!」


 そんな孝明さんの態度に真帆さんは彼の腕をつかんだ。


「仮にその『奇跡』が真実だとしても。そんな危険にお前を向かわせるわけにはいかない」

「わかってる。でも私がやらなきゃいけないんだ」

「真帆」


 見下ろしてくる孝明さんを真帆さんは正面から見つめた。


「私を信じろ」


 たった一言。それだけで孝明さんは何かを悟ったようだった。

 ふぅ。と、小さく息を吐き、孝明さんは真帆さんから視線を外した。


「わかった。ただし一度だけだ。もし一撃で彼の中の狼を…『魔』を切り捨てられなかったら、僕が彼を殺す」

「ああ。感謝する」


 つかんでいた孝明さんの腕を離し、真帆さんは噴水の上に立つ狼人へ視線を向けた。

 ちょうど噴水の頂上に立つのが、高村さんのようだった。


「地烈陣、全員構えろ! 私が出たあとは孝明の命令に従え」

「風吼陣、真帆を通す! 合図に備えろ」


 互いの陣へ命令し、ふたりは噴水の正面へ移動した。

 真帆さんたちの強さが分かるのだろう、狼人たちは彼らが移動するだけで唸り声をあげて威嚇してくる。


「五秒後に隙をつくる。準備しておけ」

「わかった」


 孝明さんに短く返事をして、真帆さんは刀を水平に構えた。

 その真後ろに立つ孝明さんもいつの間にか両手に4本ずつのナイフを構えていた。


「五」


 孝明さんがカウントを始めると真帆さんはすっと姿勢を落とした。


「四」


 後ろに引かれた右足に力が入る。


「三」


 大きく息を吸い、止めた。


「二」


 静かに瞼を閉じる。


「一」


 目を開き、地面を蹴る。

 真帆さんは高村さんに向かって走り出した。




【噴水】

 水の都でもある黒曜の都ではいくつかの路地か交差した場所に広場を設け、噴水が設置されている。

 広場は町内会の集まりなどに利用され、親しまれている。

 そのため、噴水も町内を象徴するようなデザインとなっており、旅行者たちのお目当てのひとつとなっている。


いよいよ真帆たちの反転攻勢がはじまります

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