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月光 (3)


 どさりと、一ノ宮さんの身体が地面に落ちた。

 私の声が届いたのかどうかはわからない。

 けれど高村さんはぴたりとその動きを止めていた。

 その隙に真帆さんは田中さんと渋沢さんに指示をだす。


「今のうちに一ノ宮を」

「はい」


 田中さんと渋沢さんが力の抜けた一ノ宮さんをひきずり、その前に真帆さんが立ちふさがる。

 その間も高村さんは彫像のように固まったまま自分の左腕を見つめていた。

 真帆さんがつけた傷はかなり深かったはずなのに、月の光を浴びたところから、煙をあげて治癒していく。


「あ、アアア、あ」


 傷がふさがっていく様を見ていた高村さんは人と獣のそれが混ざったような声を上げた。


「マ…ま、ほサ…ん」

「高村?」


 獣の形になってしまった口からもれた言葉は、ひどく不明瞭な真帆さんの名前だった。

 高村さんは傷が癒えた左手から真帆さんへと視線を移し、苦しそうに言った。


「オ、れを…殺シ、てクダさ…い」

「何を言ってるんだ! 気をしっかり持て! それでも私の部下かっ!」


 一喝する真帆さんに高村さんはゆるゆると首を振った。


「モウ、衝動が…抑エキレ…ない。オレ…が、人間デ、ある…ウチに、殺シテ…」

「高村!」


 いつの間にか高村さんの左目は人間のものに戻っていた。

 そこから一筋の涙が流れ、月光を反射しながらこぼれていく。


「高村…」


 真帆さんは小さく高村さんの名前を呼び、ぎりりと歯を食いしばった。


「――わかった。私がお前を殺してやる」

「ありガ…とウ…」


 高村さんのお礼の言葉が終わるよりも前に、真帆さんは走り出した。


「真帆さんっ! やめてっ」


 こんなのひどい!

 真帆さんは高村さんも美幸さんも大切に思っているのに!

 でも、どうしたらいいかわからない。


「真帆さんっ!」


 どうしたら高村さんがもとに戻るのかわからないくせに、私は真帆さんを呼んだ。

 それでも真帆さんの歩みは止まることなく、止まったままの高村さんに飛び込んで行く。


「おおおおおお!」


 雄たけびをあげて、真帆さんは鬼切丸を高村さんの左胸に突き刺した。

 一ノ宮さんの攻撃は完全には刺さらなかったのに、真帆さんの一撃は高村さんの身体を通り、切っ先が背中から突き出る。


「あ、がとう…真帆さ…」

「高村…」


 お礼を言う高村さんと、刀を握る真帆さんはふたりとも涙を流していた。

 真帆さんが少しだけ刀を動かすと、高村さんの胸から血が噴き出す。

 その血が流れるたびに、高村さんの姿は人のそれへと戻っていく。


「やだ…」


 いやだ、高村さんが死ぬのも、真帆さんが高村さんを殺すのも嫌だ。

 どうしたらいいの。


 あおおおおーん。


 ただ泣くことしかできなかった私の耳に、狼の鳴き声のようなものが聞こえた。

 その瞬間、真帆さんの身体が吹き飛んだ。


「真帆さんっ⁉」

「陣将?」

「真帆っ」

「な、なんだっ?」


 とっさに渋沢さんが真帆さんをうけとめたけれど、彼女自身も何があったかわからない顔をしている。


「ぐ…アアアア!」


 胸から刀を生やしたままの姿で、高村さんが叫んでいた。


「アアああ、ダ…めだ…」

「あおおおーん」


 何かを振り払うようにやみくもに手を振り回していた高村さんだったけれど、再び遠吠えが響くとぴたりと動きを止めた。

 そして彼はまた月を見上げて吠え声をあげる。


「あおおおおおーん!」

「ああ…」


 その声に私は絶望のうめき声をあげた。

 月に向かって吠え続ける高村さんの姿は、狼人のものへとなってしまっていた。

 叫び終えた高村さんはおもむろに胸に刺さったままの鬼切丸を引き抜き、地面に投げ捨てる。


「くそっ! 高村!」

「ちくしょう!」

「目を覚ませ高村!」


 地裂陣の戦士たちはみんな、すぐに体勢を立て直して高村さんを取り囲んだ。

 真帆さんも鬼切丸を拾い上げてその輪の中に入っている。


「ぐるるるる」


 殺気立つ彼らを見回し、高村さんは牙をむき出しにして唸った。

 彼の目にはすでに人だった時の面影はなくて、ただ自分の周囲にいる人たちへの敵意しか見えなかった。

 戦士たちは高村さんがすでに正気ではないのがわかっているので、じりじりと包囲を狭めながら迫っていく。

 高村さんもまた、うかつに動くようなことはしないで彼らをうかがっていた。


「うおおおーん」

「あおおおーん」

「おおおおーん」


 複数の遠吠えが聞こえて、私は身を固くした。

 さっきまで気づかなかったけれど、街のあちこちから軍笛の音が響いている。

 もしかして、ほかの場所にも狼人が現れているの?


「あおおおおおーん」


 高村さんもそれらの声に応えるように叫び、いきなり走りだした。


「があああぁっ」

「うおっ」

「ぐあっ」


 切りかかってきた戦士二人の攻撃をうけながらも彼らをなぎ払い、第二撃がくるまえに高村さんは跳躍した。

 かるがると建物の上に着地すると、高村さんはそのまま走り始める。

「追えっ!」

 

 真帆さんは地裂陣の戦士たちに命じた後、一ノ宮さんたちを呼んだ。


「一ノ宮、渋沢、田中は残れ」

「はっ」

 

 地裂陣の戦士たちが去ると、急にあたりが静かになった。

 変わらず軍笛の音は聞こえるけれど、真帆さんと三人の戦士。そして私と御者の吉川さんだけがいるこの場所はひどく静かだと感じる。

 真帆さんは一ノ宮さんたちの前に立ち、静かにうつむいていた。


「真帆?」

「――ああ、わかってる」


 一ノ宮さんが声をかけると真帆さんは頷いた。


「高村が人間であるうちに殺せなかった。最後の最後で迷いが出たのは私のミスだ。だが…」


 ばん! 


 と、真帆さんは自分の左胸を拳で強く叩いた。


「同じミスは繰り返さない。高村は私が殺す」


 『殺す』なんて言葉を誰かが本気で口にするのを聞くのは初めてだった。

 そしてこの言葉がこんなにも悲しい響きでつぶやかれることがあるのだということを初めて知った。

 真帆さんは胸にかけられていたペンダントを強く握った。

ペンダントの中央にあしらわれた石が点滅をはじめると、真帆さんはそれに話しかける。


「こちら地烈陣陣将岩敷真帆。青龍将軍鬼頭秀一どのはいらっしゃるか?」

『鬼頭だ、どうした?』


 真帆さんのペンダントは通信機だったらしい。

 ペンダントから秀一さんの低い声が流れ出す。

 でも鬼頭さんの声はなぜか少し慌てているようだった。


「城下で何人かの狼人が暴れている」

『そっちもか、王宮でも三人の狼人が出現してるんだ』

「なんだと? 瑠璃姫たちは無事なのか?」

『幸い楔石城の方に狼人は出ていない。陛下たちには楔石城に避難してただき、魔導師たちに結界を強化させている。あとはこっちで対処する』

「そうか…」


 瑠璃姫たちに脅威はないと知って真帆さんはほっと息をついた。

 それから彼女は顔をあげて空を見上げた。

 満月の光を浴びながら、真帆さんは月を睨みつける。


「城下の狼人を退治するために、魔断剣の使用許可を」

『認めよう』

「真帆さん!」


 真帆さんの決定に私は声をあげた。

 だって魔断剣は魔獣を倒せる剣だから、狼人になった高村さんも切れてしまう。

 声をあげた私を見て、真帆さんは静かに首を振った。


「狼人はすべて切る」

『わかった。こちらの騒動が終わったら俺も行く』

「了解」


 真帆さんは秀一さんとの通信を切ると、もう一度通信機を握りなおした。


「孝明、聞こえるか?」

『真帆?』

「今どこにいる?」

『12番地区で狼人と交戦中』

「秀一から魔断剣の使用許可が出た、お前の方で魔断剣を使える者は何人いる」

『…僕を含めて5人だ』

「こっちは私を含めて4人。すぐ準備して持っていくから、少しの間もたせてくれ」

『了解』


 ふたたび通信をきり、真帆さんは一ノ宮さんたちに頷いてみせる。


「ラヴィ神殿に向かうぞ」

「真帆さん、待ってください!」


 背を向けて歩き出した真帆さんに声をかけるが、振り返ってはくれなかった。

 私に背を向けたまま、真帆さんは吉川さんに声をかける


「吉川は亜香里をつれて家に戻れ」

「わかりました。林さん、いきますよ」

「放してください! 一ノ宮さんっ、渋沢さんっ、田中さん! 真帆さんを止めて! 真帆さんに高村さんを切らせないでっ」


 馬車の方へと誘導する吉川さんの手を振り払い、私は必死で叫んだ。

 けれども真帆さんはおろか、一ノ宮さんも渋沢さんも振り返ろうとはしなかった。田中さんだけが私を見て、『何も言うな』と言わんばかりに首を振った。


「真帆さん! 真帆さん!」


 だめなのに、真帆さんに高村さんを殺させるなんて絶対だめなのに。私には彼女の足を止める術がなかった。


「真帆さ…。きゃあっ」


 真帆さんの名前を呼び続けていた私は、急に体が浮かびあがる感覚に悲鳴をあげた。


「馬車に乗ってください、亜香里さん」


 いつのまにそばにきていたのか、ボルグさんが私を抱き上げていた。


「ぼ、ボルグさん! 下ろして、下ろしてください」

「あなたがここにいても岩敷陣将たちの邪魔になるだけです」


 子供のように足をばたつかせる私の抵抗などものともせず、ボルグさんはそのまま私を馬車まで運んでいき、座席に下ろした。

 そして彼は自分は馬車をおり、扉を閉じるとついてきていた吉川さんに合図をする。


「出発しろ」

「ハイヨー」


 ぴしりと馬に鞭を充てる音がして、馬車は勢いよく走り出した。

 逃げる間もなかった私は慌てて窓から身を乗り出した。


「ボルグさん、何でっ」

「狼人たちは岩敷陣将たちが処分するでしょう。あなたは家でおとなしく迎えがくるまで待っていてください」


 そう言って大きく手を振るボルグさんの姿は、月の光によってくっきりとうかびあがっていた。



【通信機】

 特殊な魔法陣が彫られた宝石があしらわれたペンダントの形をしており、特定の人間が特定の握り方をすることで通信が可能になる。

 その通信はそれぞれ波長がことなり、傍受することは不可能に近い。

 しかし、大変貴重で高価な魔法具であるため、平時においては大臣、陣将や将軍しか持たされていない。


真帆は決断をしました。

亜香里はどんな決断をするのでしょう。

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